第31話 飛蝗
命を貰おうか。
その言葉を口にした瞬間、俺自身でも驚いた。前世で領主だった時に頻繁に口にした言葉だ。俺は人の上に立ったとき、優秀な人材を集めて、今より良い世界を築こうとした。それが俺の手の届く範囲だとしても、俺たちの天国を地上に築きたかった。それが人間にとって悪の帝国でも、俺たちだって世界から存在することを認められている。
この世界は、この世界に生きている全てのものだ。
人間だけの物ではない。
国を作る夢が内臓から膨れ上がるようだった。
俺はここまで旅をしてきて、この世界の醜さを知った。それは前世での世界と変わらない、歴史に残す価値の無い人間の汚物だった。光と闇が共存できず、闇が光に淘汰されるなら、俺は闇の王国を築きたかった。魔王の国バルティカがあるが、俺の考えとは違うかもしれない、俺と考えが合わないなら足を揃えることはできない。
自分の夢を他人に託すことは出来なかった。だが、その夢の叶え方は分からなかった。ただ、なにをするにも力が必要なのは知っている。夢に届かなくても、強く生きるには力が必要だった。俺は毒女と人狼の力を認めているし、欲しかった。
「命ですか? それは死ねと」
「いや、俺が必要とするときに、お前たちの人生を任せてくれれば良い」
「……ギルはどのような返事をするか分かりませんが、私は貴方に従います」
リンは自家中毒で血色が悪いが、薄幸の美女といった雰囲気だ。人狼のギルは良い伴侶を持ったようだ。人生を売ってまで助けてくれようとする女は、なかなかお目にかかれない。
「その決意、確かに受け取った」
闇雲にギルの救出をするには危険だったので、下調べをしてから事に及ぶつもりだった。ギルは教団の連中に捕まっているので、下手に救出へ向えば、こちらが負けてしまう。次の日以降、日中はギルが捕まっている場所の下調べをして、夕方近くになったらユーリの所へ来るようになった。ユーリの敷地は、俺の指示で竹製の囲いをしてある。と言うのも、コンクリートの材料が足りなかったためだ。バロンは再び火山口まで行って、材料を取りに行っていた。レッドは学校なので、ユーリと顔を布で覆ったリンが作っていた。
土地の際に、6尺ごとに木の杭を打って、杭と杭の間を細めの竹を縦方向に揃えていく、ある程度揃えたら、太目の竹を横方向に三段、表と裏から挟むようにして、縄で固定をしていた。敷地を囲うことで、建物が無くても場所を作ることができた。気持ちの問題だけど、壁があるだけで、自分の物に思えるものだ。
そして建てる場所以外で、商売をできるようにした。ここは主な街道ではないけど、ある程度の旅人が通る場所だ。この前作った綺麗な水を売るだけでも、それなりの資金になるはずだった。
「首尾はどうでしょうか?」
顔を隠しているとはいえ、指名手配されているので、リンは目立たないように手伝っていた。色々な経験をしていたようで、ユーリより手早く作業をしている。
「建物の配置も、人の数も、一日の動きも分かってきた。今日にでも行動するよ」
数日に渡る夜の監視も無駄ではなかった。時計を見て、監視員が交代するタイミングを狙って、闇夜にまぎれて接近した。頚動脈を締め上げて、瞬時に気絶させて、草むらに体を隠した。監視小屋まで夜警が三人いたが、闇の生物である吸血鬼の眼力は指先の動きまで見通すことが出来た。一人は石を投げて、気絶させて、服で縛り上げて隠した。もう一人は、欠伸をしていたので頭を飛び蹴りした。最後の監視は扉の前にいたので、石を投げて音を出して注意をそらしてから、地面に投げて気絶させた。扉の鍵を盗んで開錠して、野生の動物を捕まえる檻の中で死んだように寝ているギルを見つけた。
「おい」
俺は檻の鍵を開けて、ギルの脈を確認した。正常だけど、顔色は悪いので、酷い目にあってきたようだ。全身に鞭の痕があり、ミミズに貪り食われているように腫れていた。
「お前は」
「助けに来たぞ」
俺は手錠の鍵も外して、音を立てないように床に置いた。
「リンに感謝しろ」
俺は外へ出て、真っ直ぐ敷地を横切ろうとした。だが、ギルは口惜しそうに、建物を振り返って、今にも突進しそうな唸り声をあげていた。
「止めろよ」
「分かっているが」
ギルが腹立つのもわかるが、勝機は無かった。
闇を破るのは、羽音だった。一匹の蝗が俺の目の前を通り、服に飛びついて食い千切った。俺は蝗を掴んで握り潰して、羽音を眼で追った。空から蝗の大群は降り注いできた。俺はギルの背中を押して、吸血鬼の眼で周囲を見渡した。
一人、物陰に隠れていた。
ヘドウィッグが建物の影からこちらを窺っていた。
「まさか、蝗を操るのか?」
ギルは食い千切られながらも走って逃げた。俺は地面に滑り込みながら、石をいくつか掴んで、体を反転させて、石を投げた。建物の外壁を砕き、ヘドウィッグにめり込んだが、驚いたことに石を素手で掴まれていた。人間の目では見切れないと思ったが、問題にしなかった。
俺たちが敷地の外へ出ても、蝗は追ってきた。だから、なりふり構っていられなかった。俺は着火装置に枯れ草を入れて火を出して、森を焼いた。蝗は焼け死に、俺たちは逃れることができたが、森の一角は焼けてしまった。
ギルを助けたあとに、俺はすぐに旅立たせた。俺は一通りのものを揃えてあげて、路銀も用意したので、リンとギルは再会を喜ぶまもなく、旅装に着替えた。
「必ず、借りは返す」」
ギルはそう言ったが、リンには泣いて抱きつかれそうになったので、毒が怖かったので遠慮した。
「命を預けるのは良いが、どうやって再会すれば良いんだ?」
「そのうち、名を上げる。その時に尋ねてくれ」
俺たちは言葉少なに別れた。




