第28話 乱闘
初夏の陽射しも竹林の中までは届かなかった。地面が腐葉土で柔らかく歩きづらかった。地面から突き出された筍を抜き取り、今日の分だけ収穫した。ユーリの奥さんに渡して、しばらく仕事をしていると、昼ごはんは筍ご飯だった。釜で炊かれたご飯は釜肌と中心部が均等になるように混ぜられて、木製のひつに移されて、布巾をかぶせられた。しばらく待つと、蒸気を布巾が吸収して焚き上がりよりも美味しくなるそうだ。
「俺は偏食なので」
「せっかく作ったのにね」
「駄目なヤツなんですよ」
レッドが生意気なことを言ったので、思いっきりカンチョーしてやった。
「ひやー」
「くくくっ。一日中、尻の痛みに苦しむが良い」
「食事中に遊んでいないで食べて」
木製のお椀にご飯が入り、香ばしい匂いが漂ってきた。
俺はレッドが食べるのを、チーズを食べながら見た。
「なあ」
「なに?」
「どんなもんか、言葉にしてくれないか?」
「食べているのを?」
「そうだよ」
俺は普通の食事の味を思い出せずにいた。
「えーとね」レッドはご飯を食べた。「美味しいよ」
「……馬鹿にしているのか?」
「えっ! 違うよ!」
レッドは慌てて、言葉にしようとした。
「まずは、木製のお椀の温もりがいいね。唇をつけると、冷たさが無くて、良い肌触りだよ。ご飯は芯まで熱が通っていてホクホクだし、筍は歯ざわりが変わるから、二重の楽しみがあるよ」
「ほう……」
人間だった時の記憶が蘇りそうだった。そして、筍ご飯が凄く美味しく思えたので、お椀に指を突っ込んで食べてみた。
「まじい」
「人の作ったものを!」
ユーリの奥さんに怒られた。
コンクリートの材料は、セメントに水に砂利に砂だ。コンクリートを作るとなると、セメントが必要になるのだけど、セメントは石灰岩から作られて、焼成するなどしてセメントへと変わる。焼成するような設備は無いので、俺はセメントを販売しているところを探した。セメントが無ければ、石の基礎でも良いけど、三階の建物なので頑丈にしたかった。
今日は学校が休みだったので、レッドも連れて色んな場所を歩いていた。橋の工事現場は再開されていたが、今日は様子が違っていた。襖のような大きさのものに黒い幕がかけられていて、周囲に剣を持った男たちが囲んでいた。
「なんだろうね。あれ」
「さあ」
ただ、穏やかでは無い印象だ。俺は人だかりに入り、色んな人の話しに耳を傾けた。ひとつの結論が出た。あれは俺が倒した鏡男だそうだ。あの幕の中には大鏡があり、大河に沈めようとしていた。お金などの貴重品を井戸や泉に投げてお願い事をするのは各地で残っている風習だ。イタリアのトレヴィの泉が有名だけど、日本でも同じようなことをしていて、現代になってある神社から無数の鏡が発掘されたことがある。
鏡男は鏡に封じ込められて、大河に沈められようとしている。それは人柱であり、橋の建設の幸運の祈りであり、公開処刑だった。そして、二人の指名手配犯を探す意味もあるのだろう。冒険者の間から、アルルを殺した義母のミナとヘドウィッグが並んで現れて、後ろには俺とレッドと同じ背丈の母親がいた。
これはチャンスだ……。
俺の母親には俺の村を焼いた報いを受けさせる。だが、平然とミナが母親についていくのも気に入らなかった。なにか理由があるのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
俺も、ダルシャンも、毒女と人狼も戦う理由があり、この機会を逃すべきではなかった。
「どうしたの?」
「……レッド、洞穴で待っていろ」
俺は隠していた金を出して、道を歩いていた冒険者から剣を買い取った。大河を見下ろせる位置に、ダルシャンも毒女も人狼もいるだろう。これはおびき寄せるための見せしめなので、安直な場所はすでに捜査の手が伸びているはずだ。俺とダルシャンはそのぶん有利だった。俺たちが襲ってくることは、相手には分かっていなかった。
大河に沿うように生えていた木々は燃え始めた。だが、あそこからでは大鏡までの距離はあった。陽動作戦だろうか。いや、それだけではなかった。大河は風を運ぶ、あの木々には毒を含んでおり、毒煙が大鏡を守る連中を燻した。
人狼が人ごみの中で変形して、大鏡へと突進して行った。ダルシャンらしき男は布で顔を隠していて、処刑場を囲っていた木の柵を蹴り飛ばして、ヘドウィッグへ一直線に走った。
俺もダルシャンに習って顔に布を巻きつけて、走り出そうとして迷った。
母と義母に問い質したかった。
だが、真実を知ったから、どうだと言うのだろうか。
何を迷っている。
祖が話しかけてきた。
そのためにここまで来たのだろ?
俺の両足は強制的に動かされた。
同い年の姿をしたのが、母親だと言うなら、気になるじゃないか。
俺は剣を持って、ダルシャンが倒した柵の上を通った。人狼は大鏡を奪おうとして、ダルシャンはヘドウィッグと剣を交えていた。それを加勢しようとミナと母親が駆けようとしていた。
「来ていたのか。ボーヤ」
俺の剣を母親は軽く避けて、飛び上がり、頭に踵落としをくらった。村で会った時よりも自由自在に動いて、俺を翻弄してきた。
「ミナ……」
ミナは俺を見て、苦しそうな表情を浮かべた。
「やはり来ていたのね」
「ミナ、知っていたのか」
母親はミナを睨みつけて、唾を吐きかけそうな剣幕をしていた。
「まあ、良い。この状況は面白い」母親は周囲を見渡してから、俺を睨んだ。
「名乗るのを忘れていたな。私の名前は、シェリダン・ヴォルデンブルグだ。私を殺してみろよ、ボーヤ」




