第21話 賭博
俺は次の日、仕事をクビになった。
「誰かー、労基署呼んでー!」と叫びたかったけど、この世界には存在しなかった。
俺と山賊の大立ち回りを聞いた工事関係者が、俺を人間ではないものと判定したようだ。馬との熱き戦闘を傍目から見たら、化物同士の乱闘に見えただろう。
当たっているから、俺はクビを甘んじて受け入れた。
侠客などの仲介者の口利きがあれば、交渉の余地があったかもしれないが、あえなくクビになり表面上仲良くなった老人と別れの言葉をかわして、朝に置いていったレッドの所へ戻ろうとして、カフェで食事をしている男に見つかった。
ダルシャン――魔王の王子が手招きしていた。悪い男の代表の手招きに応じておかなければ後が怖そうだったので行ってみた。
「おう、また会ったな」
「会いたくなかったけどね」
「そう言うなよ」
「そう言いますよ」
どういう力か分からないが、不思議な眼術を持つ男だ。猫をかぶっても仕方が無いので、ズケズケと物を言うことにした。
ダルシャンの向かいには汗を流して、トランプカードを握る男がいて、その隣には成人する前くらいの女が座っていた。男と女は顔が似ているので血が繋がっているのだろうけど、男の顔は蒼白で汗を流し過ぎて死んでしまいそうだった。
「この店には昨日の夜からいて、俺は寝ていない」
「家に帰って寝ればいいじゃん」
ダルシャンは汗をかく男を睨んだ。
「この男は昨日酒をたらふく飲んで、ご法度の賭け事で色んな連中と遊び続けた。最初は金、次に物、最後に俺に喧嘩をふっかけて娘を賭けた。そして、最後にカードの手を見せる段階になり、だんまりを決め込んでいる。俺の手札はすでに見せている。サイは投げられたのに、いつまでも固まっていても仕方ないぞ」
テーブルには五枚のカードが開かれているが、汗をかく男のカードは手に握られたままで、汗で湿って使い物になりそうにも無かった。
「俺は言った。ヨセと――だが、お前は賭けた。俺も一人の人間に見合う対価は賭けた。俺の命だ。心臓だ。それは覚えているな? それは約束だ。俺は約束を必ず守るし、必ず守らせる。早く手札を出してしまえよ。楽になるぜ」
男は返事をせずに、荒い息をした。
「テメエの娘には興味は無い。だが、約束は守れ」
「店員さん、ミルクと地元のチーズをください」
「この店の卵料理は上手いぞ」
ダルシャンの手元には水で割った葡萄酒と卵とレタスのサンドウィッチが置かれている。
「俺は乳製品が好きなの」
説明するのが面倒だったのでサンドウィッチは注文しなかった。
サンドウィッチはレッドを連れてきたときに食わせてあげようかな。
俺が食事を終えても、汗かきの男はまったく動かなかった。
「どう思う?」
「自ら好きで堕ちた者に同情はしない。だが、娘さんの気持ちは聞いておきたいな」
俺が促すと黙っていた女が喋り始めた。
「私は」女が父親の手をテーブルへ押し付けた。役は無く、ダルシャンの完全勝利だった。「この人に貰われた方が、まだマシだわ」
ダルシャンは口笛を吹いた。
「良く言った」
俺がレッドの所へ行くと休み時間だった。広場を駆け回り、近い年齢の子どもたちと遊んでいて楽しそうだった。俺も年齢は近いけど、昔からの記憶があるので保護者に近い気持ちになっているので、純粋に遊び回ることはできなかった。どうやら、鬼ごっこをしているようだ。
「おーい」
「あっ」
レッドは鬼ごっこを止めて、俺の所まで走ってきた。
「どうしたの?」
俺が経緯を説明すると、「正体を隠すように注意しなさい」と言われた。
反論ができませんね。
「めーんご」
「反省の色が無いね」
「ゆるしてちょんまげ」
暇だったので鬼ごっこに参加して、鬼役をしたが、子ども達は何故か怖がったので早々に止めた。鬼の迫真の演技は、子どもたちにとってはトラウマにしかならなかったようだ。牙をむき出しにして、樹から樹へと飛び移る姿は子どもたちの網膜に永久に刻み込まれただろう。
「じゃあ、授業に戻るからね」
「夕方に迎えに来るから」
楽しそうに戻るレッドを見たら、自分が情けなくなった。
仕事を探しに色んなところを回っていき、あるボロ小屋の前で足を止めてしまった。そこは冒険者ギルドの出張所で、建物の外に出ている貼り紙が眼に飛び込んだ。それは俺を襲った毒女と人狼の似顔絵だった。写真が無い時代なので絵の上手い人がいなければ、身体の特徴や黒子の位置などで人相を知らせるが、今回はその必要が無かったようだ。冒険者ギルドが冒険者を指名手配するなら、似顔絵を作るのは簡単なことだろう。
毒女の名前は、リン・パンクハースト。
人狼の名前は、ギル・ガルデ。
鏡男の似顔絵が無いのは気になったが、おそらく俺が再起不能なほどに負傷させたので捕まったのだろう。
何故こうなったかは分からないが――。
似顔絵は最悪だ。
顔さえ知られていなければ、逃げられる可能性はいくらでもある。ルイ十六世のヴァレンヌ逃亡事件の時も、国の第一人者であったルイ十六世の顔を誰も知らなくて、危うく逃亡されるところだった。国王ですらそうなのだから、一般人は顔さえ知られていなければ逃げるのは難しいことではないのだ。
「ボウヤ、その二人を知っているのか?」
冒険者ギルドの人が話しかけてきた。
「ううん。ただ見ていただけ」
「ここに来ている可能性があるから、見たら教えてくれ」
ここに――来ているのか。
「そうなの……どうして?」
「手配書には無いが、そいつらの仲間がもう一人いるんだ。教団に捕まえられたけどね。そいつを監獄へ護送するのに、この場所から船で渡すそうだ。だから来ていると噂されているよ」
「この人たちは何をしたの?」
「冒険者ギルドの支部を燃やしたんだよ。それに能力者だということを隠していたからね。能力者は魔女裁判の対象だ」
俺のやったことが、三人の責任にされている。
何故だろうか。
少しだけ考えて、推測をしてみた。
冒険者ギルドに教団と通じている者がいると考えてみた。
そう考えれば、何となく話しに筋を通すことができる。
冒険者ギルドは俺と手打ちをした。だが、それを教団に密告されてしまい、教団から圧力をかけられた。国家権力に守られたギルドが焼かれて、泣き寝入りをしたからだ。それを知られてしまえば、国王の権力を脅かされたことになるし、教団にも負の影響がある。
だから、手近にいた灰色領域の連中を人柱とした。
どれだけ貢献したか分からない連中を売るなんて、酷いことをするもんだ。
だが、同情ばかりしていられない。
俺がきっかけを作った。
なら、俺は再びコイツらと対面しなくてはいけないだろう。
暗い未来に溜息が出た。




