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第200話 魔人転生

前話で評価してくれた方、ありがとうございます。

書くモチベーションが下がっているので、励みになります。

 見渡す限り真っ白だった。地平線も水平線も分からない、天も地も判別が付かなかった。限りなく真っ白に近くて、透き通っていた。その奥には何も無い。何も無いから、白しか感じることができなかった。白くて、透明で、また白くて、それは――。

 空虚だ。

 世界には存在しない映像……。

 これは俺の精神世界の映像だろう。

 下を見ても俺の身体は無かった。魂が肉体の頚木くびきから逃れたのだろうか、指先の感覚すらなかった。まぶたも閉じられない、眩しいとは感じないが、瞼を削ぎ落とされる拷問を思い出した。この白い世界を拒否する権限が俺には無いようだ。

 数秒……もしかしたら数年間経っただろうか。

 時間の感覚がなくなっていた。

 時を超越するということは時間に関心が無くなることでもあるのだろう。

 ――突然それは来た。

 どくんっと心臓が脈打ち――硝子ガラスヒビが入るように四方八方に真紅が走った。白の世界に巨大な赤蛇がのた打ち回っている。シャラシャンカの血が俺に侵食して、暴れまわっているようだ。

 俺の中の何かが抗おうとしていた。

 俺が何かで塗り潰されようとしていて、書き換えられようとしていた。

 人間だった頃、吸血鬼を選ぶか、人間を選ぶかの選択肢を突きつけられた時の事を思い出した。……あの時の感覚だ。俺は不老不死になる選択肢を渡されて、自ら決断して選んだのだ。自らの決断だったからここまで正気を保っていられた。ここで人間に戻れば呪いから解放されるだろう。救われることの無い無間地獄から解放される。不老不死の業から逃れることができるのだ。一緒に老いることも無く、一緒に朽ちることもできない、愛したものがことごとく俺より先に消滅する無間地獄から解放されるのだ。愛する者達の形見を持ち歩いても、いつかは必ず壊れてしまった。思い出の品が無くなった時、俺は愛する者の名を思い出すことができなかったことが何度でもあった。血涙となって流れても誰も同情はしてくれない、不老不死を敬われて、嫉妬され、最後にはどうにか奪い取ろうとしてきた。何度……信じてきた者たちを殺してきただろう。吸血鬼の眷属になるには資格がいる。誰も彼もが吸血鬼への転生に耐えられるものではない、転生の衝撃に粉々になり無間地獄に堕ちる者もいる。無限とも思える時間に気が狂った者もいた。気が狂ったまま何世紀も生き続け、廃人のまま彷徨さまよう者もいた。精神が磨耗し続けて、平常だった所も異常となった。異常は徐々に侵食していき、正常を崩壊させて行く、瀬戸際で正常を保っていても一見すれば狂気だ。異常は正常とは相容れない、狂気は孕んでいるだけで周囲を争いに巻き込む、吸血鬼は存在するだけで悪なのだ。

 俺は善でありたいと願っていた。

 だが悪である吸血鬼には馬鹿げた願望だ。

 透明な両手に無数の願望が降りてくるように感じた。

 シャラシャンカの鮮血が暴れ回り殺到してきた。

 俺は期待していたのだろう。シャラシャンカの祝福という能力を知ってから、この瞬間を期待していたのだ。俺という悪を書き換える最後の手段として魔王に肉薄しようとしていたのだ。

 人間に……。

 やっと人間に……。

 善と悪のどちらの可能性もある人間に……。

 その未来を選べ……。

 選べ……。

 俺の意思よ……選んでくれ。

 怖い、怖い、怖い……死にたくない、死にたくない、また死にたくないと思っている。精神と肉体がそれぞれ別のことを考えている。言い訳を考えようとしている。そうだ。俺はシャラシャンカを殺したばかりだ。王を取ってしまえば戦いは集結に向かうが、俺もまた王の一つだ。最後の足掻きが来る。意識を漂白の中に飛ばしているこの時も、死の危険が肉薄しようとしているのだ。俺が死んだら他の連中はどうなる? 死ぬかもしれない。俺は救われるが、他の不老不死たちはまた無間地獄へと落ち込んでしまう。今、不老不死を止める訳にはいかない、それこそ自殺のようなものだ。だが、これを逃してしまったら次の機会があるのだろうか? ここで死んで終わらせてしまえば、もうそれで良いのではないか? この世に生きる意味なんて無い……そう言い切っても良いが、本当にそれで良いのか? いや、それさえもただの言い訳で、ただ俺は絶対無敵の不老不死を止めるのを嫌なのかもしれない、今回の戦いで俺は確かに傷ついた。何十年と苦しむ傷も受けた。

 だが俺は負けなかった。

 尊敬できるような強者達もいたが、俺は歯向かう者を破壊した。

 不老不死という狂気に貶める境遇から、俺を救ってくれた物の一因に戦闘はあった。弱者を殺すのは意味の無い虐殺だが、強者を殺すのは甘露だった。甘い、甘い蜜。それが俺をあと一歩の所で押し止めてくれた。

「人間に戻るのを止めるのか?」

 誰かの声が響いた。シャラシャンカのようにも聞こえたが、俺自身の声のようでもあった。

「ここで死ぬ訳にはいかない……こんなに早く未亡人にする訳にもいかない」

 俺は別の未来を握り締めた。

「この勝負、お前の負けだ。後悔をし続けてまた苦しめ」




 天地が轟き、断末魔の叫び声が聞こえた。その断末魔は精神が死ぬときの音だった。シャラシャンカ隊達は殆どが放心していた。東方王の無慈悲な横薙ぎがシャラシャンカの首を落としたのだ。血の噴出した勢いで頭は飛び上がり、緩やかな弧を描いた。

 光砲スピノザは不発に終わった。皇帝を殺したときには普通に使えたが、おそらくシャラシャンカが祝福をした時に、故人の意思が花火を放つ魔具へと変化させてしまったのだ。自分の愚かさが信じられない、これではまるで道化ではないか……この戦い私達の負けだ。王が死に、私達の精神は崩壊してしまった。ここから立ち直るには私達は老い過ぎている。シャラシャンカが私達だったのだ。彼が皆を引っ張ってくれた。

 私は光砲スピノザを撫でた。

 最後の戦いに参加して、最後の最後に武を示さなかった。

 今後はその花火で人々を楽しませるだろう。

「さらば愛しき人」

 シャラシャンカの頭が落ちている。

 私は塔から落ち、塔の壁を蹴って頭へと飛んだ。

 天と地が逆転した。

 シャラシャンカ隊たちが空にいるように見えて、シャラシャンカはそこへ昇っていくように見えた。頭部を抱きしめると山ほど血を浴びた。

「正気を取り戻せ! まだ戦いは終わっていない」

 その時、四方八方から矢が飛んできた。私の一括で正気を取り戻した者もいたが、いとも容易く負傷した者もいた。馬鹿馬鹿しい一撃だ。シャラシャンカが死んでいなかったら、こんな一撃を食らうことも無かった。

「私の馬を持って来い」

 命令を下したが、それよりも早くにリュカは私の元へきた。

 そして私は指揮を取ろうとしたが……。 

 シャラシャンカの身体目掛けて影が飛び交った。機械弓の達人と剣聖、そして何人かの姿が見えた。ゆっくりと落ちて来るシャラシャンカの首無し死体、それぞれが受け止めると同時に引っ張りあった。四肢は分裂、それぞれが遺体の一部を持っていた。さらに飛び上がったのは剣聖だった。同じシャラシャンカ隊の誰かを足蹴にして、呆然としている東方王に向かった。機械弓の達人は瞬時に機械弓を分解して、自らの手で弦を引いた。機械の力に頼らない渾身の矢を放った。

 世界は一変した。

 私の視界が鮮明になった。

 剣聖の髪と肌は若返り、とんでもない速さで東方王へ飛んで行った。祝福の効果だった。剣聖はダルシャンと師弟の関係で結ばれていた。その恨みが頭部へと振り下ろされた。

 異変が起きたのは機械弓の達人もだった。悲鳴を上げると同時に、禍々しい八重歯が生えた。口の端にある血から連想されたが、それは吸血鬼のようだった。

 私の身体も力が漲っている。

「シャラシャンカ様……」

 誰かが私を見てそう言った。

 憧れ続けた相手だ。もしかしたら私は理想としていたシャラシャンカとなったのかもしれない。

「血路を開く」私は東方王との決着を二人に任せて指揮を取った。「全軍突撃! 私達の国へ帰る」




 矢が飛んできた。

 恐ろしい速度だ。

 避けきれない――頭を動かした。

 駄目だ。

 左目に矢が刺さった――左瞼を力任せに閉じた。

 矢が止まった。

 まだ来る――弾丸のように男が飛んできた。

 剣を腰の脇に構えて突っ込んでくる。

 これも速い。

 神速の勢いで剣が振り上げられた。

 軽くなった

 左腕に付け根から切り上げられていた。

 俺は歯を使って男の鼻を噛んだ。

 俺自身が壊れても良い――力を入れすぎて右腕の筋繊維が千切れたが、そのまま振り下ろした。骨が砕け散る音がして、男は地面へと落ちた。俺は左目に刺さった矢を取り口に咥えた。矢を投げた。弓を放った男の喉に突き刺さり、そのままの勢いで地面へと落ちた。

 眼球をそのまま飲み込んだ。

 気持ち悪い喉越しと共に、不味い味がした。

「久し振りの味覚が俺自身の眼球とはな」

 シャラシャンカ隊が波を引いたように粛々と帰って行った。

 冷静な判断だった。

 ここで暴れまわっても勝機はあるかも知れないが、戦う意味をなくしてしまった。戦意は戦争に必要なものだ。俺は俺の身体を探った。激痛が全身を走っていた。

 俺は何になったのだろうか。

 味がした――おそらく吸血鬼ではなくなったのだろう。

 だが全身から禍々しい気が漂っていた。

 俺は人間ではない……あえて言うなら魔人となっていた。

 こんな禍々しい気は人間に放つことはできない。

 飛んだ左腕をくっつけてみたが、吸血鬼の超回復は起きなかった。

 服を破いて左腕の止血をした。

 魔人か……。

 吸血鬼だった頃は、まだ血族がいた。

 だが今では誰もいない、俺はただ一人になったように感じた。

 意識が遠のいている。俺は多くの強者を殺してきたが、名前を覚えていないものが殆どだった。彼らはどのように生きたのだろうか、そしてどのように死んだのだろうか、他国の者たちなので調べようとしても調べきれないかもしれない、だが調べてみたかった。調べたら文章として生かしてあげよう。死に様を知っているのは俺だけだ。俺ならば書くことができる。他国の勇者達を尊重してどうなると言われるかもしれないが、俺はそれがしたかった。

 俺が意識を無くしたとき、この戦争は終わった。



 英雄伝説 完

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