第20話 山賊
「さーて、どうするかな」
「どうするの?」
色々な選択肢があったけど、俺は大河を渡る橋を作る工事現場で働こうと思っていた。他の場所へ行って渡河するのも考えたけど、工事現場の近くに託児所兼学校のようなところがあったので橋ができるまで住むことを決めた。レッドは数学など基本的な教育をしていなかったようで、後々のことも考えて勉強させたかった。
「幼女を育てるは、男の嗜み」
「私は少女だ」
「俺にとっては幼女も同然」
光源氏も紫の上を育てたもんね。
ここまで仲良く旅をしてきた仲間なので、レッドにはすくすく育ってもらって、良い男を捕まえて、育ての親を楽にさせて貰いたかった。親は俺である。待てよ、そうなると源氏物語より竹取物語かな? まあ、どうでもいいや。
俺が言いたいのは、勉強しろと言う事だ。
仕事はできるけど、勉強をしてこなかったばかりに上にいけない人間は五万といる。後悔しないために若いうちにやれることはやって置いたほうがいい。
「勉強嫌い」
「楽しくなるように、自分を変えなさい。クソ教師の授業も心構えで面白くなるよ。多分」
「……嫌だなー」
さて俺たちの寝泊りする場所は、良い所が見つかるまで山の洞穴とした。と言うのも、工事現場は男たちばかりなので、安宿だと娼婦やガラの悪い連中が多くて、余計なことに巻き込まれそうだったからだ。特に嫁入り前のレッドが襲われたりしたら、俺は怒りのあまり皆殺しにしてしまいそうなのでやめた。
俺は洞穴の近くの丘にある二番目に大きな木の下に、しばらく使わない金目の物を埋めた。銀行が無い時代は保管する場所が無かったので、埋めるのはよくあったことだ。その結果、何百年も経った後に掘り起こされて博物館に入っているものもある。
「ここが我が家かー」
「良い所が見つかるまではこの方が良い」
「しばらくは二人っきりだね」
「しばらくも何も、ほとんど二人っきりだけどな」
「襲わないでよ」
「ここでお前を襲うとしたら、熊か狼だけだよ」
「いやー! 別の場所へ行こうよ」
「まあ、待て。考えがある」
俺は洞穴の周りに、ゆるやかに縄を張った。縄は採取した熊の糞を塗りこめて、臭い付きのものだ。寝ていても気配は察知できるけど念のために、野生の動物は入ってこないように熊の領域をつくった。食える木の実や茸、山菜を採取して、洞穴の奥に隠しているので、俺たちが居ない時に盗まれる心配も無いだろう。
「くさーい」
「ウンコだからな。当たり前のことを言うな!」
「がーん」
俺はレッドを学校に置いて工事現場へ向った。工事現場の作業員を集めているのは、この土地の侠客が集めている。だが、給料の天引きが酷いので、直接工事の人と交渉して仕事を貰った。俺は橋ではなくて、作業員たちの住居造りの手伝いをすることになった。基礎を作る前の地盤を均す仕事で、締め固めも指示された。すでに地面を掘ってあったので、砕石を運ぶのが最初の仕事だった。遥かに離れた場所から、非効率的に人力で運んだ。馬車などの動物はまだ来ていないようなので、砕石を運ぶだけで午前中は終わった。本当だったら吸血鬼の力を使って、簡単に運ぶこともできたのだが、周りの人間に合わせて疲れたフリをしながら運んだ。
「いやぁ、疲れるなぁ」
「疲れますね」
「仕事終わりの酒だけが、俺の幸せだ」
「幸せですか」
「あとは、女か! はっはっはっ!」
「はっはっはっ」
俺は会話の後ろの部分を繰り返すと言う荒業を使って、老人と弾む会話をした。学校の先生が教職の授業で教えられる下等テクニックだそうだ。俺は適当に会話をしながら、着々と仕事をした。担当した家の地盤は良かったけど、他の場所を見ると泥の部分を取らずに家を建てているところもあり、短期間とはいえ不安になる仕事だった。俺は木槌と鋤簾で砕石を鳴らして、敷き固めた。基礎の部分の大きな石を運ぼうとしたところで、本日の仕事は終わった。
仕事終わりに給料を手渡しで貰った。銀貨十枚だ。色んな顔が書かれていて、歴代の国王の顔だろう。表面が磨り減っているのが多かったので、貰った時にゴネると銅貨を追加された。使い続けていると磨耗するのを利用して、表面を削り取って、集めて金にする悪い奴等がいる。貨幣一枚の値段を盲目的に信じる人は馬鹿を見る。
「酒を……」
「女を買いに……」
侠客が集めただけあり脛に傷を持つ連中も多いが、生活をするために働いているので金の使い道に文句は言えない、娼婦だって生きるために働いているのだから仕方が無い、人類皆平等の精神を大事にして帰宅した。
夕方の道を汗臭さが充満していたが、闇が臭いを吹き飛ばそうとしていた。
俺の耳に馬の足音が届く、それは工事現場には無かった音だ。
悲鳴が起きて、モーセが海を割ったように人が分かれた。道を馬が疾走して、人々を蹴散らしながら走っていた。
「山賊だ」
「また邪魔しにきやがったか」
「また?」
俺が聞くと逃げていた男が答えてくれた。
「上流から樹を流して、工事の邪魔をしやがるんだ」
作業員たちは道から逃げて行き、馬に騎乗している山賊たちを避けた。だけど、俺は道の真ん中に立って、一番先頭に来る馬を睨んだ。
「おい、ボウズ! 危ないぞ」
一番先頭に来る馬が、見たこと無いくらいに早かった。捕まえて売れば、さぞかし良い値段で売れるだろう。それくらいの名馬だった。
「駄目だ」
「蹴り飛ばされる」
一番前を走るのが山賊の親分だろう。俺は渡河しなければ、首都に行くことができないので山賊は敵だ。頭を潰せば、組織は死ぬ。
俺のために、死ぬが良い。
俺は馬へ走って行き、飛んだ。左手で馬の額を掴んで、右手で騎乗している男を殺すつもりだった。
俺の左手は空を切った。
理由は分かる。
馬は眼に止まらない速度で、飛び上がったからだ。蹄が俺の眼前に飛び込んできたが、手を伸ばしてもう片方の足を掴み、馬体の下を身体を捻って通り抜けた。尻の下に来たときに、尻尾を掴んだ。
人馬一体という言葉がある。それは騎手の実力が物を言う言葉だが、俺が尻尾を掴んでいる馬はモノが違う。馬が騎手を操り、人馬一体のように動いていた。だから、騎手が俺の手を剣で斬りつけることができた。
だが、不死者はそれぐらいでは怯まない、俺は馬に後ろ蹴りされる前に尻尾を引っ張って、騎手の背中に飛びついた。左腕で首を絞めて、右手で胸を握り潰して、心臓を抉ろうとした。
むぎゅ……。
掌に柔らかい感触がひろがり、騎手が悲鳴をあげた。俺は思わず馬から飛び下りてしまった。山賊の頭は女だった。
「女の人の胸を鷲掴みにしたの? 私というものがありながら」
レッドを迎えに行き、洞穴へ帰る途上だった。
「そういうのが重要じゃなくて」
「だったら何よ」
胸はどうでも良い。
彼女に後ろから抱きついたときに感じたが、あまりにも筋肉の無い体だった。女性でも鍛えれば当然筋肉がつくが、剣を振れるような力は無かった。
「私のを掴むが良い」
「まだ膨らんでないだろ」
「だが、ある」
「胸はな」
その後も色々言っていたが、俺はアノ女が気になって、会話が耳に入らなかった




