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第199話 テスタメント

 あの懐かしい黄金時代は輝いていた。

 甘く、切なく、美しかった。

 それは青春というものなのだろう。

 誰にでもある青春は、私にとっては苛烈なものでもあったが、それは美しい調べのように今でも私の心で響いている。

 黄金時代以後の青年期は鈍く、冷たく輝いていた。

 スピノザという肝心の歯車が欠けてしまったからだろう。

 それでも親友と呼べる人達と何人も出会った。何年も前に犬死してしまった者も、病死した者も、戦死した者もいる。中には老衰や自殺した者もいた。この戦いで死んだ者もいる。その誰もがスピノザの代わりにはならなかった。一人の生命はそれほど他人の人生に影響を与える。

 スピノザでもそうなのだ。

 ならばシャラシャンカが死んだら……世界が一変してしまう。

 東方王――お前が死んでも何も変わらん。

 お前は武力のみの男だ。

 だがシャラシャンカは違う。全ての分野で優れており、冷徹かつ冷静な判断も、馬鹿げた行いも、難なくこなしてしまう男だ。彼は世界樹のような男だ。枝葉が広がり、根が千里に渡り張る。この世界には彼が必要だ。だから死ぬべきなのはお前だ。

 お前の周囲の者達を見てみろ。

 お前以外に歴史に名を残すような人物がいるか?

 いない。いないはずだ。

 お前はここで死ね。

 死んでしまえ。

 粉微塵になって永久に死ね。

 私はシャラシャンカの側にいなければいけないのだ。

 どんな者でも産まれたからには死ななければならない。

 だが、今では無い。

「シャラシャンカは死なない」

 なあ、スピノザ……。

 光砲を無理矢理に動かすと塔全体が揺れた。光砲が塔の構造体に緊結していたためだ。こんな馬鹿力は子供の時は無かった。ほとんど化け物だ。思わず口の端から自嘲の笑みが広がった。いつの間にか化け物になっていた。それが可笑しかったからだ。

 光砲に魔力を注ぎ込んだ。注ぎ込むたびに温かみが広がった。心臓が動かなくなった戦友の心臓を思い出した。あの時、一心不乱に拳を叩き込むことで蘇生させた。その時に心臓が動いたように、光砲は動き始めた。光砲にはスピノザの遺体を練り込んでいる。彼女の意思が、金属の大筒に宿ったようだ。スピノザ――君は早世してしまった。悔しかっただろう。何十年の時を経て挽回の機会だ。

「お前だけが死ね」




 塔の上で光砲が、俺の方向へ向いていた。

 シャラシャンカが「俺ごと殺せ」と言ったのに、力を絞って俺を狙っていた。

「愚か……」

 無銘刀が手から滑り落ちそうになり、注意しながら握り締めた。まだ力は入る。まだ殺す力がある。光砲の一撃を回避して、シャラシャンカの急所を斬る。

 回避できるか?

 知るか、そんな事分かっていたら、ここまで追い詰められていない。

 未来は常に不確定だ。

 光砲に力が集結した。

 射手は無言で光を発射した。

 身体の軸で回転して避けた――はずだった。

 速い、あまりにも速かった。

 避けることができない――死ぬ間際に走馬灯があるというが、俺の頭に横切ったのはレッドの顔だった。シャラシャンカを倒してレッドを迎えに行かないと――横っ腹を光が抉った。

 途端――目の前が光で真っ白になり何も見えなくなった。閃光手榴弾が目の前で爆発したようだった。横っ腹に強い衝撃を受けた。骨が粉々になり、皮膚から骨が飛び出した。両足で踏ん張ったが、足元が弾け飛んでよろめいた。

 シャラシャンカが苦み走った笑みを浮かべていた。

「花火か」

 花火?

 光砲から発射された光線は俺に直撃して破裂した。見上げていたシャラシャンカ隊の連中も花火の輝きに眼を眩まされて呻いていた。花火の直撃を受けた俺とは違い、俺を見ていた連中全ては花火の光を見た形になっている。

光砲スピノザに祝福を与えた俺の運のなさか……」

 お互いの火が飛び散り、髪の毛が燃え、服が焼け落ち欠けていた。

 旅する灰色(ヴィアッジョ・グレー)ナポリ黄(ネープルスイエロー)龍の血(ドラゴンブラッド)皇帝の緋色(ロイヤル・パープル)死のような青(ブルー・ムーラン)孔雀石(マラカイト)東洋墨(オリエント・インク)……今まで通り過ぎた色彩の語彙が頭に浮かんだ。色彩は時代によって移り変わる。科学で多種多様な色を出すことが可能になったが、全ての色合いを再現できたわけではない……この花火はただの赤でも何種類もの赤があった。全ての色に多種類の色があった。

 俺とシャラシャンカを包むように球体の輝きが広がった。

 上にも、横にも、下にも――。

 星霜の輝きよりも美しい輝きがあった。

 魔術的な美しさだった。

 痛みが美しさに引っ張られて消えていくようだった。

 シャラシャンカの左手からデュランダルへ鮮血が流れた。

 生物から流れる生き生きとした赤――それだけが異質だった。デュランダルの剣身に花火の輝きが風紋のように広がっていた。微かに動いていた。

 一閃――剣と剣がぶつかり合い、火花が爆ぜた。

 デュランダルに皹が走った。不滅の刃とも言われた伝説上の剣が悲鳴をあげていた。

 俺は剣を振り上げて、デュランダルへ振り下ろした。

 デュランダルが真っ二つに折れた。

 シャラシャンカが折れた剣を持ったまま、俺の心臓へ向けて刺突してきた。

 左拳を振り上げて、シャラシャンカの手首を跳ね上げた。

 激痛――俺の左手は吸血植物に蹂躙されていた。

 デュランダルは揺れて、俺の右肩の骨を砕いた。

 ――好機。

 俺は無銘刀の剣身を持ち、短く持った。

 シャラシャンカの左脇から心臓へ刺した。

 筋肉が音を立てて、骨を粉砕しながら心臓を貫いた。

 最後はあっさりだった。

「勝った」

 デュランダルの折れた剣が俺の首へと動こうとしたが、俺の左手がそれを許さなかった。

 指をへし曲げられながら、シャラシャンカの左手を抑えた。

「俺の負けだ。だが――」

 シャラシャンカは不可解な行動を取った。

 デュランダルを自らの首に刺した。

 俺の剣技では死なん――という事か?

 愚かなロマンチストだったのか?

「東方王、お前の望みを叶えてやろう」

 首の皮膚に金属が埋まり、血が盛り上がって流れた。

 一気に横一文字に掻っ切られて、血が噴出して俺の眼に飛び込んできた。

 目潰しか?

 ぐるんと思考が回転して、目の前がぐるぐると回転するようだった。

「お前を祝福してやる! お前が望む姿にしてやるぞ。不死者!」

 俺の望む姿?

 それは……定めある命、老化する肉体……普通に生き、普通に死ねる命だ。

「唯一の機会だぞ、不死者。選べ……」

 血が噴出して、俺の視界は朱に染まった。

 選べ……?

 眼球がひっくり返る前に、俺は無銘刀を一閃させた。

 首が飛んだ。

 周囲から叫び声が聞こえ、俺の意識が暗転した。

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