第197話 黄金時代 中
全然終わらん。しぶとい連中だ。
悪童として名を馳せたシャラシャンカは色んな悪党から恨みを買っていた。当然といえば当然だ。シャラシャンカは悪党に対して色々な犯罪を行った。それも社会的・身分的地位に関係なく……だ。自らの領地に重税を課していた悪徳貴族もその対象に入っており、小さな城から金目のものを全て奪い、運べない物は焚き火にしてしまった。その中でも痛快だったのは犯罪によって得た大量の金剛石を山にして燃やしてしまった事だ。信じられないほど硬い金剛石は炭素だ。だから燃える。美を破壊する残虐な行為に思わず見蕩れてしまったそうだ。その時、燃える美しさに心を奪われてしまい、いくつかは売るつもりだったのに全て燃やしてしまった。
その結果が悪党どもとの抗争になる。
冷静な判断ではなく感情のままに動くことは良くないことだと、シャラシャンカは教訓にした。軍隊を動かすときは激情をぶっ放して動いているように見えるが、当の本人は涼しい顔をしていることが多かった。感情は燃え上がっているが、冷静さで表面を覆うことを心がけていたようだ。
貴族が保管していた金剛石は悪党どもに流れるはずだった。それが流れなくなった。そのため悪党どもはシャラシャンカを殺す計画を立てた。
だがシャラシャンカの警戒心と武力は常軌を逸していた。正々堂々と戦おうとも、暗殺、毒殺、謀殺しようとも上手くはいかなかった。悪童と思っていた男は知能も武力も優れている英雄の卵だったのだ。
抗争は激化した。
悪党どもは数の力でシャラシャンカを狙い始めた。一日に二十四回も襲撃されれば流石のシャラシャンカも十日目くらいには疲労が見え始めた。「毎時間の攻撃、これは篭城戦にも使える。なかなかにしんどいぞ」シャラシャンカは笑っていったが、十一日目についに決断をした。今まで懇意にしていた友人達を使い始めたのだ。今まで静観するようにいわれていた友人達は嬉々として協力した。
それが私達だ。
シャラシャンカは最初期に私を誘った。そしてスピノザもだ。どっちが最初でどっちが後かは分からなかったが、どちらかと言うと頭脳派を最初に求めたようだ。花火師に詩人の卵と選ぶ基準が当時は分からなかったが、その時からもっと先のことを考えていたようだ。「俺は、俺の国を手中におさめる」などと言っていた――武力だけではなく、文化の担い手の国を形成する人材を集めていたようだ。
武力自慢は光に引き寄せられる虫のごとく集まった。その中にも強い者も弱い者もいた。運悪く生き残り、運良く生き残った者もいた。私も弱かった。だが至弱でも盾にはなれる。その為、シャラシャンカの側を離れず、何度か重傷を負った。
悔しかった。
強くなりたかった。
その気持ちが肉体を突き動かし、刺客を返り討ちにしたとき、自分の身体が勝手に動いたことを信じられなかった。殺した相手の名は知らない。首から湧き水のように溢れる血液の光景は、何千人殺しても覚えている。殺した興奮と、殺した罪悪感に苛まれたが、シャラシャンカに肩を掴まれ「ありがとう」と言われて止まった。スピノザも私と同じく非力だったので近くにいた。
「お前だけに汚れ仕事をさせたくないな」
スピノザは頭脳を買われていて、シャラシャンカと二人で話し合い、これからについて練り上げていた。練り上げてから周知して、さらに練る。頭脳を虐め続ける優秀な参謀だった。私が徐々に実力を上げるのに我慢がならなかったのか、深夜になると鍛冶場に通い、手製の銃剣を作った。剣身に魔術鍛造を行っており、スピノザの僅かな魔力でも燃え上がるように作られていた。自らの弱さを道具で補う。シャラシャンカという光に縋るために、私達はなりふり構わず強くなろうとした。
そうこうしているうちに反シャラシャンカの悪党どもは駆逐された。悪党は駆逐されたが、悪党が作っていた闇の秩序も乱れ始めた。悪党が抜けた穴に、別の悪党が入ろうとした。シャラシャンカは身から出た錆としてそれに対処し始めた。それと同時に自らを守るために集まった有象無象を食わせる必要にも迫られた。自らがその穴を埋めることもできた。だが悪党どもの稼ぎは、一般人の仕事の隙間を狙ったものが多い、必然的に同じ穴の狢になってしまう恐れがあった。
シャラシャンカとスピノザはそれについて何度も話していたようだ。軍と呼んでも遜色の無いくらいの集団になったため、今後の扱いが非常に難しかった。軍の常で秩序が乱れれば、人々を襲ってでも食っていこうとする。
何人かの友人が罪を犯し、シャラシャンカは処罰を行った。今でも放逐するだけで良かったと思う。人々の前で晒され、一息で首を切断された。ここが第一の別れ道だった。シャラシャンカという人物に光を見出していたものはそのまま従い、シャラシャンカを金蔓だと思っていたものは去った。
去った者の中には、この戦争で殺害されたものもいる。私がその証言者だ。見知った顔がいた。道を間違ったのか正しかったのかは知らない、生物は必ず死ぬ、死が悪しきものであるならば全ての生物は報われない、だから人生の価値とは過程にある、私達は彼らの死しか知らない、だから彼らが正しかったか間違っていたかは分からない。だがシャラシャンカについていった私達は楽しかった。それは私が肯定する。
……本当に、本当に楽しかった。
シャラシャンカとスピノザが出した結論は、国の王子……後に皇帝となる王子に接触を図り、国家権力による解決をすることだ。平和において国家権力とは意識しなくても良いが、非常時において国家権力とは恐ろしいほど強大である。その絶対的な力を欲しくて、路地裏の子供達も王様に憧れるのだ。
どちらが最初に言い出したかは知らないが、今考えれば悪手だった。太い繋がりを持たなければ、スピノザも平穏に生きられたかもしれないのだ。自らを破滅に追い詰めることになる男に近づくこともなかったのだ。
シャラシャンカは悪党どもが溜め込んだ金銀財宝を奪っていたので、それを王子に譲渡した。大量の金で国家権力を操り、悪党どもが居場所としていた隅々まで破壊しつくした。私はその時まで金というものの力を過小評価していた。莫大な金と卓越した頭脳があればどんなことも実現可能なのだ。私も兵法書をいくつも読んだが、その時は国家権力を操ることは思いつかなかった。スピノザの頭脳は私よりも参謀向きだったのだ。多少悔しかった。スピノザは頭脳だけでも誰よりも優秀であろうとしたのだろう。
王子も突然接触を図ってきた男を怪しんだが、自らの得になることだと思い、操られるがままに従った。無能と思われても平然とする男だった。侮られることは自分の優勢になると思っていたようだ。侮られても競り合うときに上回れば良いと思っていたようだが、それは自らの信奉者に対しての絶対的な自信があったのだろう。軽蔑は伝染する。だがそれを意に介していなかった。
「初めて会ったときからいけ好かなかった」
と互いに直接言うほどシャラシャンカと王子は嫌いあっていたが、底知れぬ力を持つ者同士、通じ合ったものもあったようだ。娼館に一緒に行って、その後に一緒に酒を飲んで感想戦、朝まで酒と肉を食っていたのも見たことがある。二人が語るのは政治のことだった。互いの意見を交わし、否定はせず、積み重ねて、一人では辿り着けなかった事を語る。その後、それぞれの国の頂点に立つが、この時の議論の進化形が国の元となったのだろう。
シャラシャンカは慕って集まってきた連中をまとめて傭兵隊を作り上げた。すでにシャラシャンカ私設軍となりつつあり、暴力に対して暴力で反撃してきた連中なので必然的な流れだった。シャラシャンカは人脈を駆使して色々な仕事を取ってきた。その日は味方、次の日は敵と節操の無いこともあったが、王子に対しては敵対することはほとんど無く、世間の目が徐々に皇子とシャラシャンカの私的な仲に気付く事になる。
それは危険なことだった。
その当時から、シャラシャンカ隊は倍の相手を蹴散らしてきた。戦略的に逃げることも、味方に足を引っ張られ負けることもあったが、大事なところでは絶対に負けなかった。百戦錬磨の最強の傭兵隊として認識されていただろう。シャラシャンカも王子も警戒していたが、王位継承権争いをする者にとって強すぎる武力は余計な警戒を生むことになった。シャラシャンカ隊は王子の私設軍だと指摘した者がいた。
曰く、騎士道が無い。
曰く、正義の元に戦わない。
曰く、勝つ為には手段を選ばない。
曰く、首領は魔族であり血が穢れている。
小さな小さな火種が生まれた。シャラシャンカは手下扱いされていることに腹を立てた。色々利用はしたがそれでも恩義はあった。迷惑をかけずに去ることにした。財産を各地に隠して、気付いた人脈に挨拶回りをして、自らの国へ帰ることにした。だが主要な配下はこの国出身の者達だった。何人かは去ったが、ほとんどの連中が同行を申し出た。
スピノザは花火師になる夢を捨てられずに、残ることにした。
……スピノザを思い出すとき、彼と言うべきか彼女と言うべきか戸惑ってしまう。シャラシャンカの国へ行く前には、私はスピノザに告白をして、すでに心は男だと告げられていた。肉体は絵画で描かれる美女のようだが、内面は闘志で燃え上がった歴戦の戦士だった。スピノザのことを男勝りだと思っていたのだが、本当は男で……それでも私の心は外見の美しさにとらわれていた。
初めて好きになった女をふとした瞬間思い出す――そんな男が多いが、私もそうだった。
「ああー、女抱きたいなぁ」
スピノザが言った時、微妙な空気が流れたのを覚えている。
「どんな女良い?」
シャラシャンカが言った。
「肌白の巨乳」
「それは駄目だ。俺が抱きたい」
「なんでだよー。娼館に連れてってくれると思ったのに」
「行きたいなら自分の金を持って、一人で行け。どさくさに紛れて自分から逃げるな」
スピノザが鼻で笑った。
「酷いことを言う男だ」
「俺は、俺の意見を言ったまでだ」
シャラシャンカは一息で葡萄酒を飲むと、豪快に欠伸をした。
「そんなに行きたいなら、ロンドに連れてって貰え」
私にも馴染みの娼婦がいた。顔はスピノザに似ている女を選んだが、濃い化粧と荒淫による衰えは隠す術もない娼婦だった。何年か後に性病にかかって死んだと聞いた。鼻が落ちたそうだ。スピノザを連れて行ったときはまだ性病にかかっていなかった。娼婦にスピノザのことを教えると、最初は戸惑ったようだが三人分の金を出すと承諾してくれた。私は事が終わるまで、夜空を眺めながら酒を飲んでいた。終わるとスピノザは言った。「思ったより良くは無かったな」その日は帰り、またの機会に娼婦を訪ねると、「あの娘が、あんたの思い人か」と乾いた笑いをされた。娼婦の身体にスピノザの余韻を感じると、安らぐ気がした。その女ももういない。覚えている者も、私しかいないかも知れない。
王子がスピノザを奪い、壊したのは、シャラシャンカに対する攻撃だったのだろう。スピノザとシャラシャンカは傍目から見たら恋仲に見えただろう。夜な夜な話し合い、戦略と戦術について知識を高めあっていたのだ。それは王子がシャラシャンカと政治について話し合っていたことと似ていた。スピノザの美貌に目を眩んだのもあるが、その知能を危険視したのだろう。
いつかまた会おう、その時までしばらく……スピノザと別れの日が近づいた。
「残念だ。お前が夢を叶えて、戻るまで、俺の参謀の座はあけておこう」シャラシャンカの最大の褒め言葉だった。彼がその実力を認めた相手はさほどいない。「俺は国を手に入れる。その時代になればお前も安心して俺の下で花火師としてなれるだろう。それまで何年かかるか分からないが、お前の居場所ができるようになったら迎えに来よう」
「ありがとう、シャラシャンカ」
シャラシャンカはスピノザの頭に手をあてた。
「俺にはお前の頭脳が必要だ」
「うん」
両目に涙を浮かべそうだった。後から考えれば、そのとき無理矢理にでも連れて行けば良かった。その時、スピノザは迷い続けていたのだ。卓越した自分の頭脳が世界を動かす力になる――そんな事は今まで夢想にもしなかったのだ。自分がどこまでできるか確かめたくもあったはずだ。
「シャラシャンカが凱旋した時に、誰の心にも残る花火を作るつもりだから」
「おう、楽しみにしているぞ」
私の番だった。
何を言って良いか分からなかった。
「悪かったな。ロンドが私の事を好きなのは気付いていたけど……」
「こっちの方が悪かったよ」
「シャラシャンカを頼む。ああ見えて友達が少ないから、ロンドは意地でも生き残らないと駄目だ。シャラシャンカより先に死んだら、たぶんシャラシャンカは泣くぞ」
「泣くわけねーだろ」
「約束するさ。強くなって、意地でもシャラシャンカと一緒に生きてやる。スピノザも火薬を誤爆させたりするなよ。シャラシャンカと一緒に、シャラシャンカの国で待っている」
「ああ、待ってろよ」
私は生き残った。
スピノザは死んだ。
次こそ、スピノザの話を終わらせ――たい。




