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第195話 魔王10

 煮えたぎった油を頭からかけられたような熱さだった。

 自らの肉が炎の舌で舐められ、骨が燃料となり、だるような暑さと共に痛苦が襲ってくる。

 あ、

 あ、

 これは、

 あれだ。

 産まれたときのような痛みだ。

 産まれたときが絶頂で、

 それ以降は下降線……そして死ぬ。

 その痛みだ。

 ああ、嫌だ。

 嫌だ。

 最悪な気分だ。

 両親の性欲で、

 半端な快楽で、

 産まれ落ちて、

 さげすまれてさげすんで、

 痛い、

 痛い、

 なにもかもが、

 痛い、

 痛い……。

 何だ?

 まぶたの裏に星霜が現れた。

 まぶたの奥で何かが動いたのだ。

 それは俺を殺す何かだろうか?。

 身体を動かした――つもりだ。

 避けたか?

 音が鳴った。

 ……痛くない。

 避けたようだ。

 は、

 は、

 は、

 確信の無いの無い戦いに思わず微笑んだら――バリバリと顔面で固まっていた血肉が剥がれる音がした。

 痛い人生の連続で、今回は痛くなかった。

 何でもないことが良いことのような気がした。

 よしよし生きているじゃあないか。

 生きているなら十分だ。

 生きているなら、まだ殺人は可能だ。

 今までの痛みを脳に告げて、

 法悦、愉悦、喜悦――何でも良いから助けてくれ。

 ああ気持ち良い、気持ち良い、脳内麻薬がどばっどばっと出て、ぴりりと痺れるような感覚と共に歩こうと思った。

 一歩、

 一歩、

 歩くごとに足の神経から電撃のように激痛が走った。

 脳内麻薬を凌駕するほどの激痛だった。

 人魚姫の物語を思い出した。

 声を引き換えに足を得た人魚姫は、

 代償に歩くごとに刃で抉られるような痛みも得てしまった。

 物語は悲劇の様相を呈しているように思えるだろう。

 しかし自らの死を選んだ人魚姫は、

 海の泡となり、

 空気の精霊となる。

 そして精霊の仕事を数世紀勤めれば、

 魂を得ることができる――という物語だ。

 そう……これは人間優位の物語だ。

 宗教に強く影響されているのか、人間以外の生物には魂はないが、頑張れば魂を得て安息の天国に行けますよー、そんな魂を持っている人間様は偉いんですよーという物語だ。

 擦れた考えを持たなければ、前向きな美しい童話だろう。

 だが俺は人外だ。

 そういう差別には敏感だ。

 ああ、腹が立つ。

 腹が立つが……。



 ……あれ?

 今俺寝てた?

 ……ああ、意識がほとんど飛んでいる。

 脳内麻薬が効きすぎたのだろうか?

 昼寝と共に永眠するところだった。

 考えるものに熱量を注ぎ込むこともできなくなってきたようだ。

 俺も単純な思考で物事を判断したほうが良いのだろう。

 俺も一度死んだのだ。

 この世界で、

 純粋悪を殺して、

 善行を積めば、

 より良い世界を築けるはずだ。

 世界が高望みなら、

 自分は変えることができるはずだ。

 そう信じている。

 瞼の奥で爆発するような光が起きた。

 右手に重みを感じる。

 剣で押し合っているようだ。

 お前が俺を純粋悪だという根拠は何だ?

 ……シャラシャンカの声だ。

 どうやら思考と会話が混濁しているようだ。

 頭の中に魔王の言葉がすぅっと沁みこんで来た。

 まさか俺が罪のない人々を殺しているから、俺が純粋悪だと言うのか?

 ああ、その通りだ。

 まあ、それは正しいな。だが、お前も分かっている通り、正しいということは多面体なのだ。どんな物事にも色々な視点があり多面体で真実が出来上がっている。弱者を助ける世界も正しければ、強者の世界にするのも正しく、大馬鹿者を世界の中心にするのも正しく、大天才を世界の中心にするのも正しい、国家を中心に、社会を中心に、文化を中心に、宗教を中心に、欲望を中心に――するのもすべて正しい。結果が良くても悪くても正しいのだ。

 どんな正しいことでも間違いは内包されているからか?

 耳元を何かが掠めた。

 その通りだ。俺は俺以外の者達の正しさも間違いも許容しているが、俺は上に立っているから、覚悟を決めて自分が正しいと思うことをしている。この戦場にいるから俺を純粋悪だと思うのだ。俺の国に帰れば、お前が眼にしたことの無いほどの歓喜の熱気に溢れているだろう。それは美しいと思わないか。

 眼を開いた。

 蒙を開くように刮目かつもくした。

 雲一つない蒼天だった。

 俺達は入り組んだ城壁の上にいるようだ。

 シャラシャンカの眼光は底無しの海のように全てを飲む込むような深い青を湛えていた。

 自ら切り落とした右腕は血止めされていた。

 左手にはデュランダルが握られており、眼光と同じように底知れない輝きを放っていた。

「王としてお前に殺されるのは我慢ならんが、武人としてお前に殺されるなら構わんが、来い」

 俺は右手で無銘刀を握り締めた。

 眼の右上端に、何かが見えた。

 俺が帝都に侵入する数日前に、リュカで包囲軍を突破した一人が、塔の上に登っていた。その傍らには大砲があった。俺がシャラシャンカと殺し合いを始める前にぶっ叩き斬ろうとしたものだった。

「ロンド……」

 シャラシャンカがそれを見て言った。

「親友に殺されるのも構わんか……」

 ロンドは大砲の向きをこちらへ変えた。

 手が細かく震えているようだった。

 俺ごとシャラシャンカを殺すか迷っているのだろう。

「俺ごと殺せ。これは命令だ」

 城壁の下を覗くと、乱闘の様相はあるがシャラシャンカ隊が集まっていた。

 時間は僅かしかなかった。

 ほんの数十秒……。

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