第194話 魔王9
俺の血を吸い上げて成長する吸血植物が荒ぶった。筋肉質の触手のように暴れ回ったので、千切っては捨て、千切っては捨てたが、成長を止めなかった。このままでは全身を植物に犯され尽くしてしまうだろう。
俺は延焼を続ける火事の元まで走って、植物ごと左腕を焼いた。戦闘による高揚感も単純な熱さの痛みを抑えるものではなかった。毛と皮膚が焼ける匂いは吐き気を催し、肉の奥まで侵食した植物が燃え尽きる感触も気色悪かった。左腕を火から離して、掌で火を消してから、左手を握り締めた。思ったより力が入らなかった。
「右手一本で勝負か。面白い」
何も面白くないが、強がりを吐き捨てた。内心で決意するより、言葉に出して決意したほうが良いと思ったからだ。疲労の極地で肉体を動かすのは、確固たる決意だ。有言不実行は男が廃る。
一歩、さらに一歩、また一歩――そうすれば追いつける。
「お前は何故、俺を殺そうとするのだ?」
視界が狭くなってくる。
魔王の闘争経路は、不可思議な植物が生え揃っているのですぐに分かった。
魔王自らが切断した腕から流れた血が、道に落ちていた彼是に作用して、一気に進化・成長させていたのだ。
「何故?」
「そうだ。理由を聞かせろ」
魔王の声が遠くから聞こえる。
「理由?」
「そうだ!」
「お前が目指すのは強き者たちが幸せになる世界、俺が目指すのは弱者すら幸せになる世界だ。志というものが違うのだ。そしてお互い相手を受け入れることができないのだろう」
「弱者すら幸せだと?」
魔王の低く響く笑い声がした。
「俺とお前は同じだと思っていたが、お前も力にとり憑かれた男だと」
「確かにそうかも知れない、だが違うのだ」
不可思議な植物や、奇怪な虫達を踏みしめて歩いた。
右手が勝手に動き、剣で兵士を真っ二つにした。
それが何度かあった。
無意識の中で何人かを殺したのだ。
「認めよう。お前のことを」
「何をだ」
「お前は強い、武力だけではない大いなる力があるということも認めよう」
「急にどうした?」
「そして俺はお前を御せない。俺は俺の器の小ささを認めよう。だから殺すのだ。俺とお前の志が違うことも確かにあるが、それと同時に俺の器では――俺の能力ではお前を扱うことができない。そう……だから殺す。俺の覇業に、お前の存在が邪魔だ」
「ならば追いついて殺してみろ」
「ああ、殺す。お前なんぞ。この世に生まれてはいけなかったのだ!」
「シャラシャンカはどこだ」
離散したシャラシャンカ隊を集めて、帝都内部を疾走し続けた。名馬リュカは人馬一体を動きをしてくれるので、突然の軍隊行動も難なくこなした。私達は一騎当千を自称していた。当然、それ程の力を有していたが、戦況は悪くなる一方だった。だが、この山を越えてしまえば、再び拮抗した状況に戻せるはずだ。剣聖が指摘したとおり、元帝国側の軍人達にも強者たちが現れ始めた。
そうなのだ。
それは必然なのだ。
シャラシャンカが最強のシャラシャンカ隊の連中と出会ったように、強き者は強き者を引き寄せてしまうのだ。集団戦では相手にならないが、個人戦では良い勝負をする者達が現れてきた。私達も年をとった。力で負けるのも仕方がないかもしれない、だが負ける訳にはいかなかった。
私達は驕らなかった。
個人の力ではなく、集団の力を信じて戦ってきた。
合流した仲間に信じられないことを告げられた。シャラシャンカの兄――私達は叔父貴と呼んでいた男が死んだ……と。信じられないことだった。雷を自由自在に操り、槍術の達人でもあった。文武両道で人望もあった。不幸だったのはシャラシャンカと権力争いをしたことだった。顔を失うと同時に何かが決定的に崩れてしまった。私は叔父貴の心の奥底に触れることができただろうか、彼の孤独はあまりに深く、悲哀も推し量れないほど深かった。私の詩で何かを満たせただろうか。彼が死んだのに思うのは、そのようなことばかりだった。誰かが死んでも誰かの心に宿る。多くの味方が私を残して死んで行ったが、味方が死ぬたびに思うことだった。私が叔父貴の思い出を未来に運ぼう。夜毎酒を飲んだときに、彼を思い出そう。そうするのが義務のように感じた。
「逃走経路を確保しよう」
機械弓の達人がいった。また口の周りに鮮血をつけている。矢を放つ手際も良いが、吸血する手際も良くなっていた。
「いや、まだだ」
戦争の波はまだうねっている。戦の行方を見極めるには早過ぎだ。このままの勢いで行けばシャラシャンカ隊は必ず押し返す、押し返してしまえばかならず拮抗する。そこからが長くなるのだ。この一日で戦いの趨勢が決することはあり得ない。
「目指すべきはシャラシャンカ様だ」剣聖が言った。「シャラシャンカ様がいれば突破することは簡単だ」
「知らぬぞ。俺の勝負勘は逃走と告げている」
機械弓の達人が言った。
それは正しかったが、同時に間違っていた。




