第193話 魔王8
射射射――矢が脳、心臓、眼球を串刺しにして肉体から引き剥がした。的確な弓術は次々と実力者を射殺する。機械弓の達人は射った後の矢の回収も見事だった。集団の頭を一撃で殺して、悠然と近づいて行って雑魚共を手で分解した。繊細な動きかつ強靭な指の力だった。肉屋の解体のように整然とし、機械を直す職人のように適確だった。指先が一見硬そうな部分を探り、一気にへし折った。何度見ても鮮やかな手際だ。強靭な肉体の内側には根深い病気が潜んでいるが、表側だけは健康的に見えた。先ほど赤黒い血を吐いていた。酷い悪臭もした。おそらく、もうそろそろ死ぬのだろう。もうすぐ死ぬ者が道連れを大量生産していた。まさしく死神だった。適当に射ったような矢も誰かの急所に吸い込まれていく、恐ろしいほどの腕だった。死ぬ前の最後の輝きは、殺人術で存分に発揮された。機械弓の達人は壊れた機械仕掛けのように細かく動いた。発作だ。血を吐くと同時に、馬に蹴りを入れて飛び上がった。騎馬兵を飛び越えながら、脳天に向けて弓矢を放った。頭を上から下に矢が刺さっていく、一撃で死んでいく者達を見て、もしかしたら脳に魂は宿っているのではと思った。肉に宿っているなら脳か心臓に魂がありそうだ。今まで生きてきて色々な意見を聞いていたが、心臓というものたちも多かった。私はどちらかというと脳に軍配があがると思っている。もしも肉にある――としたらだ。
機械弓の達人が戦場には似合わない標的を見つけた。非戦闘員の女目掛けて手を伸ばした。私達と比べたら天と地の差もある美しさだが、目尻に皺が刻まれていた。だが若かった。赤みを帯びた唇も、人並みはずれた容貌も、一瞬で手折られた。機械弓の指が一瞬で首を剥がすと、頭上に掲げて生臭い血を口の中で受けた。嚥下するにも一苦労しそうな量だった。血で栄養補給をしているのだ。帝都を出てから何度も血を浴びて飲んでいる。全て女だったのは趣味なのだろう。血塗られた歯が牙のように見えた。だがそれは錯覚だったようだ。吸血鬼のようだが、吸血鬼にはならなかった。吸血鬼とは何なのか? そういう疑問が沸いてきた。このようなおぞましい食事風景を行っても吸血鬼にはなれないのだ。どれだけ業が深ければ吸血鬼になるのだろう。
「見苦しいな。飯が食いたいなら俺に言え」
剣聖は干し肉を租借しながら、左右の騎馬をそれぞれ十頭横に切断した。馬はしばらく歩き、止まり、倒れて、上と下にわかれて死んだ。彼は先天的に剣術の才があったが、人を養う術を知らなかった。だから実の妹を死なせてしまったのだ。戦争に兵站の知識は不可欠だった。彼は後天的に兵站を学んだ。多くのものを食わせるだけではなく、食ったものの心が安らぐように美味くつくった。剣聖は干し肉に何かを振りかけて機械弓の達人に押し付けた。
「ゆっくり噛んで、細かくなってから飲み込め、そうすれば薬草の効果もあって滋養がつくはずだ。人間の血など飲むな。それは恥ずべき行為だ」
シャラシャンカ隊の中でも、人間達に料理されて食われかけた過去がある者達がいた。人間と同じ姿かたちをした魔族はともかく、獣人族たちはそのようなおぞましい過去に襲われている者達がいた。戦闘では無双の力を発揮する者達が、眠った後に夢で死ぬような思いをするのだ。そんな時、私達は一緒に戦うことができなかった。己を救うのは己だったのだ。その手助けになるように私は詩を書き、機械弓の達人は時計を作り、剣聖は料理をつくった。それが誰かの救いになった。
「お前の料理は美味いが、それは別だ」
「馬鹿なことを言うな。噛めば噛むほど美味くなるのだ」
剣聖は私に向けて、炙った肉を投げた。どのような料理方法かは分からないが、冷めても美味な炙り肉だった。噛むと肉繊維が解け、口の中で甘みのある油が広がった。
「俺もそれが食いたい」
「それは駄目だ。健康なものが食う食事だ」
「相変わらず美味い」
栗毛の名馬リュカが私を操っているのか、私がリュカを操っているのか分からないほど自然の一撃が出た。気づいたら――短槍をしごいていた。向かってくる兵士を十人殺して、帝都を囲んである兵隊達を蹴散らしていった。三人で何度も軍隊を分離させていて気づいたが、帝都の城壁は攻略されているようだ。
「まさか……信じられないが」
機械弓の達人は呻いた。私以上にシャラシャンカを妄信しているのだろう。いや、むしろ私が一番妄信していないかもしれない、私は昔からシャラシャンカと一緒だった。そして多くの苦難と障害を突破して行った。
「信じられないことも起きるものだ」
「まあ、俺達だけが強いわけでもない」剣聖は冷静に言った。「シャラシャンカ様は俺達を集めたが、それも野に散らばっていた者を集めたのだ。むしろ今回の所業の方が強き者達を集めたかもしれないな」剣聖は通りすがった場所を眺めた。「あの雑兵たち全てが全て殺しきれたわけではなかった。俺の一撃を受けるとはなかなかやる。この死地を乗り越えたら良い戦士になるだろう」
そうだろうか?
そうか……剣聖の言うとおりだろう。
私達も一敗、血に塗れて強くなっていったのだ。
私達の最後の戦いも、若者達にとっては最初の戦いかもしれないのだ。
「女の匂いがする」
機械弓の達人の両目が光ったように見えた。馬の上でこちらを見ている少女がいた。東方王が王として認めている処女王だった。大河であった時とは様子が違っている。
「お前本当に大丈夫か?」
剣聖が機械弓の達人を心配そうに見た。
「ああ、大丈夫だ。少しだけ女の匂いに敏感になっただけだ」
「女を気にするな。シャラシャンカ様の所へ戻るぞ」
「いや」私は否定した。「帰るのは、一撃与えてからだ」
私達三人は疾風のごとく駆け、草刈のように命を飛ばした。
さあ、どうする?
女。
私達の死の一撃をどう受け流す?
女。
さあ、お前の生存への意思を見せてみろ。
処女王の周りには顔をしかめた者達が盾になろうとしていた。
だが、私達の攻撃は、一方的な暴力だった。
死、死、死……全てが死んでいった。
さあ、どうする?
処女王は馬の上で蒼褪めながらも、真一文字に唇を結んだ。
間に合わせの剣を抜いて、剣先をこちらに向けた。
やる気か?
やる気なんだな。
良いだろう。
「突貫! 心の臓を穿て」
馳せ違った。
……邪魔が入った。
私の短槍が粉微塵に消し飛んでいた。
「ここで死んでしまったら、ジョンちゃんに申し訳無いんでな」
そう言った男は、私達を追撃してこようとしたが、機械弓の達人が背面に十個の矢を撃つと諦めてしまった。
「今、何をされたんだ? 槍が一瞬に粉微塵になったぞ」
私は右手を見つめた。
「やはり強き者達が集まっているようだな」
そのまま軍隊を横断して、城壁まで行くと大騒ぎになっていた。
シャラシャンカ隊たちはそれぞれ単独で戦い、なんとか侵入を食い止めようとしていた。
私達が行くと、次々に集まっていく、個の力は集団の力となった。
敵をどんどん蹴散らし、私達は帝都の中に入った。
帝都の中も大乱闘が巻き起こっていた。
こちらは優勢だったが、数の力で何度も押されていた。




