第191話 魔王6
倒壊する建物の騒音が、生死をわける微かな音を掻き消していた。
お互いに聴覚が封じられ、精妙な攻防から乱雑な攻防に移行しそうだった。
「命は大切にしろ」
「お前が言うか?」
酸素を求めて飢え狂った炎が散った。
眼下は地獄のようだった。
空に散るはずの花火が、地上で爆発しているようだった。
シャラシャンカの肉体は極端に肥大化していた。
脂肪ではない、強靭な筋肉が盛り上がり、巨大化していたのだ。
剛腕から放たれた大木の群れは、極大な矢のようだった――真っ直ぐ向かってくる。
吸血鬼も肉体を変化させるが極端な肉体変化は負担が大きい、シャラシャンカの肉体は肥大化しているがおそらく負担は大きいだろう。先ほどまでの戦いのときにも肉体の変化についていかずに精妙な剣技がぶれていた。
付け入る隙はいくらでもある。
巨木の矢を真正面から叩き斬った。
「温いっ!」
一閃――次々と木を切断したが、異変が起きた。
切断面がそれぞれ糸を引き、そして爆音が聞こえた。
『いだいっー!』
木が錐揉みしながら枝葉で包み込んできた。
「生命の力強さを感じながら死ね」
「これ如きっ」
食虫植物のように枝葉が動いて、全身を絡み付いてきた。
右手を動かして引きちぎり、樹皮を掴んで大木を振り回した。
『いでぇーよー!』
「耳障りだ。勝手に産まれるな』
特に俺が武器にしている大木が断末魔の叫びをあげているが、風車のように旋廻旋廻と振り回した。
産まれたばかりで自死を覚えさせてやろう。
そうすれば言葉すら不要だと自覚するだろう。
『やめて! やめて! いたいのいやだ!』
「うっせぇんじゃ、ぼけっい!」
最後の大木を叩き落して、掴んでいた大木をシャラシャンカへ向けて投げた。
……いない。
だが、やるしかない。
右腕の力だけで放り投げて、根っこを掴んで一緒に飛んだ。
空中で十本以上の大木を叩き落したため、いつのまにか姿を見失ってしまった。
防御主体の剣術――この世にあるほとんどのゲームは先行が有利に作られている。先行が有利のため、ハンデが後攻にもたらされることもあるほどだ。あえてそれを選択して、今まで生き延びてきた剣術には興味がそそられた。
大木が地面に突き刺さると同時に地面を転がりながら立ち上がると、すぐさま追撃が来た。
地面に生えていた雑草たちが足に絡んできた。
さらに目元に向けて礫が飛んできた。
地面に無銘刀を突き刺して、その場でしゃがんでくるりと回転した。
雑草に何が聞くか分からなかったが、何となく地面の中の雑草の根を斬ればいいと思ったからだ。そのまま片手で石を拾い上げて、礫が来た方向へ投げた。
カキンッ――礫が弾かれた。
「近づいて来い」
「断る」
礫が再び飛んできた――だが石ではなく種だった。
種は切り落とす前に急速に進化した。
根と茎が伸び、葉が生えて、花が咲いた。
手指に絡みつき、無銘刀を絡めとろうとした。
根は地面に刺さり、茎は絡みつき、花は花粉を撒き散らした。
「へーくしょ!」
鼻水が噴出し、思いっきり眼をつむってしまった……完全なる隙を作ってしまった。
視線を上げると、礫を発射した位置からシャラシャンカの気配が消えていた。
最短距離で隠れられるような物陰はなかった。
どこかの死角に逃れたか――。
直感が囁いた。
上だ――巨体が真上にあった。
背後から叩き斬るように、俺の背後に落ちてきた。
頭上、さらに背後となると反応できただけでも褒めてもらいたいほどだ。
無銘刀を力任せに振り上げ、咲き誇る花々を千切った。
植物の茎が切れる音は、筋肉を千切るような切ない音だった。
金属が衝突しあい、極大の火花が散った。
俺は身体を反ったまま剣を持ち上げ、そのままシャラシャンカにデュランダルで押さえつけられた。
「おらおら……我慢してないで圧死しやがれ」
体勢の悪さもあるが、筋肉量の差が歴然としていた。
踵の腱が悲鳴を上げ、背筋が炙られたように熱かった。
「背後から斬るのは卑怯だぞ」
「一対一の戦いで背後を取られるほうが悪い」
「その通りだな」
……まずいな。
この体勢で押さえつけられたままでは負ける道しか残っていない。
「殊勝じゃあないか。そのまま死ぬべきだな」
「さあて、どうしようか」
腕が痛くなってきて、脳に酸素が行き渡らなくなった。
シャラシャンカの表情も苦しくなり、額から汗を流し始めた。
「お互い苦しいようじゃあないか」
シャラシャンカの鼻先から汗が流れ落ちた。
俺の額落ちて、顔を滑り、俺の口の端に流れた。
汗は血から生成される。
口の中に入った汗が、瞬時に体内に広がった。
それは今まで味わったことの無い感覚だった。
シャラシャンカは俺に対する憎悪は無かった。
俺に打ち克ち、この大地を支配する大帝国を築くことだけを考えている。
弱者を排除して、強者だけの国を作ろうとしていた。
完全なる実力主義の世界――理想世界を築こうとしていた。
白昼夢は肩の痛みで醒めた。
剣の押し合いを押し切られ、無銘刀の逆刃が肩にめり込んでいた。
俺はしゃがみこんで力を流した。
シャラシャンカは急な力の変化に対応できず、少しだけ体勢を崩した。
背中で巨大な腹を押して、腕と腹をそれぞれ掴んで地面へとぶん投げた。
シャラシャンカはすかさず受身を取って、こちらに向き直った。
無理矢理とはいえ投げたのに、完全なる受身を取られてしまった。
「なかなかやるじゃあないか」
俺の右肩は激痛で悲鳴をあげていた。
「お得意の超回復はどうした、吸血鬼」
「そんなものもうできねえよ」
俺は汗の入った唾を吐いた。
「どうした不死者を殺す絶好の機会だぞ」
生命力はほとんど尽きようとしていた。
俺は魔王を手招いた。
近づかなければ殺せないからだ。




