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第190話 魔王5

 建物が生命を持つなんて馬鹿馬鹿しい。

 どこぞのホラー小説で建物が生命を持ち、登場人物たちに悪意をばら撒いたのを読んだことがあるが、予想の斜め上の展開はうんざりだ。

 この崩壊寸前の建物が俺に悪意を振りまいてくるが――。

 俺は魂があると認めん。

 無生物は魂が無いと言う立脚点があり、美しいのだ。

 脳/眼球/鼻腔/耳介/口蓋/首筋/肩/胸/腕/手/指/臍/性器/足/爪/髪/膚絵/骨/血/内臓/糞――建物には生物の特徴がいっさい無い。

 何もかも無い。

 ならば魂は無いのだ。

 ――と、言い切れはしないが、俺の前に存在してしまったのが運の尽きだ。

 あらゆる存在が通ってきた最初の試練。

 最初の一人が己のみ、全てが敵対関係、その圧倒的劣勢に打ち克ってみろ。

 克てなければ消滅しろ。

 克てば存在を容認する。

 まあ、そのとき俺は死んでいるかもしれないがな。

 しかし――。

「俺に殺意を向けるとは良い度胸だ」

 燭台しょくだいが獣蝋を燃やしながら飛んできた。

 燭台を掴んだが、蝋燭の勢いは止まらず、眼球目掛けて飛んできた。

 熱い蝋が球体になり襲ってくる。

 蝋燭は頭突きで叩き落して、蝋の玉はまぶたを閉じた。

 熱さを感じたが、たいしたことは無かった。

 叩き落した蝋燭は、火事の方へ蹴り飛ばした。

 獣臭さが無くなったが、火の勢いが気になった。

 火は着実に勢いを増していた。

 だが建物は攻勢を緩めてくれなかった。

 椅子も飛んできた。

 椅子は踵落としで砕いたが、破片がそれぞれ襲ってきたので、天井に叩き飛ばした。

 大きなのっぽの古時計が飛んできたが、抱きついて抑えて、火事へ向けて思いっきり投げてやった。

 あーうぜー。

 その他諸々飛んできた。

 床も天井も崩れ、絨毯も浮き上がり、俺を絡めとろうとしてきた。

 もう走り回ることしかできなかったが、攻撃を回避できた。

『お、お、お……』

 何の音だ?

 ……四方八方から聞こえる。

『お前が。私を。燃やしたな』

「濡れ衣だ。あの大男がやったことだ」

 嘘だけど。

「俺のせいにするな」

 シャラシャンカは丸焼きになった豚をむさぼっていた。

 飲み、食うたびに肉体が進化するように筋肉が盛り上がっている。

 しかし、汚い食事風景だった。

 吸血鬼が人間の血を吸っているときのように、野生が剥き出しになっていた。

 炎に照らされて眼光が赤く輝いている。

『私を。馬鹿に。するな』

 建物の隅々から音がすると、地鳴りが響いた。

 建物自体が動き、俺を殺そうと策を練っているようだ。

 銀製のカトラリーが鋭い勢いで飛んできた。

 背筋に寒気がしたが、一斉にかかってきたので対応可能だった。

 足元の絨毯を上げてカトラリーを包んだ。

 そのまま絨毯を引っ張るとシャラシャンカの足元まで敷かれていたので、シャラシャンカの座っていた椅子が転がる――はずだった。

「この建物は俺の味方らしい」

 シャラシャンカの笑い声が耳障りだった。

 ……椅子が浮いているようだ。

 だから絨毯を引っ張っても意味をなさなかったのだろう。

『私の。神に。手を出すな』

「神?」

 俺は笑ってしまった。

「存在してすぐに神を感じるとは、あらたに存在した意味が無いな」

 シャラシャンカの身体が浮くと、建物の奥へと飛んでいった。

「あら? なんだなんだ?」

『神は。下がって』

「おい、糞建物。俺の獲物をどこへやった?」

 俺は適当に床を殴りつけて、続けて壁を蹴りつけた。

 建物の中に住人がいたら、震度5ぐらいには感じただろう。

『安全な。ところだ』

「もっと詳しく言いやがれ」

 ええい、面倒くさい!

 壁を――殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ

 崩壊崩壊ガラガラと音を立てた。

 今度は床――踏踏踏踏踏踏踏踏踏踏グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ

 崩壊崩壊ガラガラと音を立てた。

『それだけでは。私には効かん』

 はー?

 ふざけんな!

 そんなら、全部ぶっ壊したる!

「きえーっ!」

 耐力壁っぽいの――殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ

 柱っぽいの――斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬《スパッスパッスパッスパッスパッスパッスパッスパッスパッスパッ》。

『わ。わ。わ。』

「ぶっ壊したる! 謝っても遅いからな!」

 一階へ降りると完全の火の海だった。

 知るか、ぼけ!

 俺は床を壊して、タイルも躯体も引き剥がした。

 地下はねーかー?

 手当たり次第に壊しては引き剥がした。

 その前に基礎だ。

 基礎をぶっ壊してやる。

 コンクリート造の地中梁を追いかけながら、交差する部分を見つけたら、無銘刀を思いっきり突き刺してヒビを入れた。

 基礎に――刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺《ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ》。

 地中梁も――刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺《ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ》。

『止めてくれ。死んでしまう』

「産まれてきてもいないのにか?」

「酷いことを言う」

 それは気づいていたぞ――無銘刀を背後に弾くように振ると、デュランダルの打ち合った。弾かれたので、再び斬りつけると、俺の攻撃の勢いに乗ってシャラシャンカは飛んで後退した。

「奇襲失敗」

「逃げんな、こら」

 奇襲には気づいていたが、とんでもなく重い一撃だった。

 食事をした結果、急速に成長をしているようだ。

 それを止めたい気持ちもあるが、そのまま放って置きたい気分もあった。

 戦闘狂の性か――。

 ……つーか、俺の目的を忘れさせんなよ。

「おい、建物。このあとどうなるか分かるか?」

『わ。分からん』

「分別しないでごちゃ混ぜで解体だ! 覚悟しな」

 下の階から壁、柱、基礎を壊し、どんどん上手に行って切れ目を入れた。

 最後に屋根に上って、周囲を見渡した。

 シャラシャンカはいなかった。

 ならば――。

「雑魚が。存在せずに消滅しろ」

 俺は両腕を振りかぶって、拳の連打をした。

 打打打打打打打打打打ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――隅から隅まで拳で崩して、飛び上がって、思いっきり踵落としした。屋根全体にヒビが走り崩壊した。

『嫌だ。嫌だ』

「いい加減。消えうせろ!」

 右肘を叩きつけると、さらにヒビが走った。

 建物が倒壊した――もう建物は喋らなかった。内側から熱が放散して、爆発するように炎が渦巻いた。堪らず飛び逃げると、大木が飛んできた。

 倒壊しつつある建物の横に先ほどより一回りも二回りも大きくなったシャラシャンカが大木を手にしていた。

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