第19話 王弟
数日の間、川原の岩陰を俺たちは寝床とした。熱にうなされていたので、もしかしたらもっと長かったかもしれないけど、俺の体感では短い間の話だった。
最初のうちは食べることもままならなかったので、レッドが乳を調達してきてくれて、俺に口移しで飲ませてくれた。少しずつ飲ませてくれて、咳き込まずに胃の中に入れることができた。
「もう、口移ししなくて良いよ」
「えー、好きでやっていたのに」
アホか、コイツ。
俺は自分で食べられるようになり、さらに数日完全回復をするのを待ったけど、変身能力は使えないままだった。俺は暇すぎたので真っ裸になって日光浴にいそしんでいたので、こんがりとした小麦色の肌になっていた。日光浴をする吸血鬼なんて史上俺が初めてだろう。秘かに戯れていたけど、それも飽きてきた。
レッドが魚獲りから戻って来たので、俺たちは行動することにした。
俺は川原で裸になったままで背伸びした。
「だーれーも、つっこんでくーれーない」
「何が?」
レッドが首をかしげているが、俺はお前にツッコミを入れて欲しかったのだよ。
吸血鬼なのに日光浴なんて、おーもーしーろーいー。と言って欲しかった。
「そろそろ移動するか」
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど、寝ていても仕方ないだろ」
俺たちは荷物を整えて、一夜干しをした魚を鞄に入れた。レッドに毒の撒き餌の作り方も、捌き方も任せていたけど、魚は問題なく干されていた。
見ただけで覚えるなんてたいしたもんだよ。若いだけあって何でも吸収するので、オッちゃんは嬉しいよ。嬉しいので、何もいわずに髪をなでてあげた。
俺は空を飛べなくなっていたので、レッドと手を繋いだり、肩車をしながら、大河を遡るように歩いた。空を飛んだ時に、こちら側に灯りが見えたからだ。少なくとも生きている何かがいるはずだ。その何かが魔物だったら困ることになるが、休息をとっていても人間以上の力は残っている。俺たちは恐れずに歩いた。
その男に出会ったのは、俺がレッドの足を掴んで持ち上げて、美味いか不味いか分からない毒が無さそうな色の木の実を取ったときだった。
「取ったよ」
「よし」
「食べられるかな」
「煮て、まずは俺が食ってみるよ」
俺の職業は毒見係だ……誰にも譲らんぞ。
俺は足を離して、落ちてくるレッドの腹をつかんで地面に下ろした。それが合図だったように、男の野太い断末魔が響いた。俺たちはそちらの方へ行くと、峠のところで若い男が、髭面の男を真っ二つにしていた。剣が血塗れになっているが、若い男は返り血を浴びていなかった。髭面は上半身と下半身が永遠にお別れして、人形のように力なく倒れている。血が大地にしみこみ、新しい雑草を生やすことになりそうだ。
若い男は足を持って、靴を脱がして、自分の靴と交換した。俺はレッドに凄惨な死体を見せたくなかったので、峠を迂回して先を進んで、道に戻ってきたけど、運が無いことの若い男と合流するように会ってしまった。草むらで音をたてて出てしまったので、眼が合った。
「これは、どーも」
何気ない雰囲気で出て行ってみた。
「子どもが二人旅かい?」
「まあ、そんな所です」
「嫌なところを見られたな」
「嫌なところ?」
レッドが首を傾げていたが、若い男は俺が殺しを見たのを気づいているようだ。
ということは、ここで待ち伏せをしたのだろうか。俺はレッドを背中に隠した。鬼の膂力はあるけど、変身能力は使えないので、少しの油断もできなかった。特に不死者は油断大敵で負ける連中が多い、慢心が最大の敵だ。
「おいおい、俺はお前側だぞ」
「……というと?」
「……吸血鬼だろ? 俺は魔族だ」
なんで分かるんだろうか? 俺は日光の下を歩いているので、そんな区別がつきそうにも無いはずだ。もしかしたら人狼のように鼻が効くのだろうか、地球では魔族はいなかったので予測しかできなかった。
「どうして、俺が吸血鬼だと?」
「俺の眼は、たいていのことは見抜く」
恐るべき鑑定眼とでも言うべきか、見ただけで相手の本質を見抜くとは、下手な魔法よりも恐ろしいものだった。
魔族の知識はミナや村人から教えてもらったぐらいのことしか知らない。海を越えた先の大陸に魔族の国がある。魔族はこの大陸にもいたそうだけど、人間との戦いに負けて、あちらの大陸に移ったそうだ。見た目は殆ど人間と変わらないので、おそらく変装をしているのだろう。教団に見つかれば、ただではすまないはずだ。
「人間の子どもを連れて歩くとは趣味が悪いな」
「将来の約束をしているので」
「するりと嘘がでてくるね、キミ」
レッドが余計なことを言ったので、小突いた。
「吸血鬼と人間が? それは面白い」
「本気だもん」
「俺はそれを弾き返す」
「ひどい!」
頬を膨らまして抗議しているが無視をした。
若い男は朗らかに笑っているけど、俺は峠の光景を思い出していた。何かの理由があって戦ったのかもしれないけど、俺の推測が間違っていなければ、この男は――靴が欲しいためだけに殺しをした。俺だけなら問題は無いけど、レッドがいるので付き合いたくない男だった。
「あの男は何で殺したんだ?」
俺が質問すると、若い男は恋人に笑いかけるように返答した。
「ああ、靴が欲しかったんだよ」
困ったもんだ。
予想に違えない、邪悪な男だった。
「どうした? 何か言いたいことでもあるのか?」
「いいや」
「ふふっ……嘘だよ」
「はっ?」
「お前がその言葉を聞きたそうだったから、言っただけだ。さっき言っただろ。俺の眼はたいていのことは見抜くんだよ」
なんて関わりたくない男だ。
喋っているだけで混乱してくる。
「あの男は死にたがっていた。だから殺したんだ」
「死にたがっていた……それは……」
「この眼が見抜いた」
嘘も本当も、ろくでもない理由だった。
こういう性質を持つものには何度かお目にかかったことがあるが、どいつもこいつも世俗の欲とはかけ離れた感覚を持っている。『悪』が世界に存在するのを証明したくて仕方の無い連中だ。
「自殺するのが嫌そうだったから、手伝っただけだ」
「ろくでもないな」
レッドが無言で俺にしがみついている。怖いみたいだ。
「死神め」
「そんな大層なものじゃない」
若い男は少し笑った。
「ところで対岸に渡る方法を知らないか」
男は大河を指差した。魔族も大河の力に何かしらの影響を受けているのかもしれなかった。忌々しそうに睨んでいる。
「それは、こっちも聞きたいことだけど」
「そうか……やはり、橋が完成するのを待たなければいけないようだな」
「橋?」
俺たちは一緒に進んで、眼下に広がる大河と資材が詰まれている川原を見下ろした。近くでは家がポツポツと建てられており、建設作業が開始されたばかりだった。
「お前が吸血鬼なら、あの大河を渡れなかったはずだ。だが、それに関係なく、今は渡航を禁止されているんだ。船すら制限されているから、しばらくはここら辺で足止めだ」
「船が制限って……」
そこまでする必要があるだろうか。
「上流から何度か樹を流されて橋作りを妨害されているんだ。とうとう、許可を取らない船は全面的に禁止された。ここじゃない別の場所に移れば渡れるかも知れないが、移動するのにも時間も金もかかる」
「妨害か」
だとすると、この場所は危険かもしれなかった。妨害工作に出ている連中が、再び実力行使で橋を破壊してくる可能性は大だ。
「俺は此処にしばらくいるつもりだ。縁があればまた会おうぜ」
いいえ、会いたくありません。
レッドも怖がって、しがみついてきているので。
「俺はプレスター・ヴォルデンブルグ。あんたは?」
「ダルシャンだ。バルティカ王国の王子だ」
「……王子?」
「ああ、ある人を殺しにこの国に来たんだよ」
狂気の男は美貌も優れていて、指先まで洗練された動きをしていた。誰もが魅了されるような容姿は、血族の力によるものだろう。バルティカ王国――海の向こうにある魔王の国、その王子との出会いだった。




