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第189話 魔王4

 魔王が炎の奥で手招てまねいている。

 地獄の業火を身にまとう悪魔のようだった。

 教団は教えを伝えるために文字だけではなく絵も活用する。

 シャラシャンカは絵で描いたような悪魔に見えた。

 教団の教えではこの世に降りかかる善も悪も全てが神の御業みわざとされる。

 それならば俺達の悪行は死んで行った者達を次の世界へ送り届けるものなのだろう。

 今回の戦争で死んで行った者たちは、そんな善悪の彼岸で俺達の決着を見守っているのだろうか。

 火の舌が産毛を焼け尽くした。

 ……ここは熱過ぎる。

 地獄の業火を通り抜け、シャラシャンカに向かって飛び掛った。

 シャラシャンカは案の定――後ずさって避けた。

 攻撃するつもりは無いが殺気は飛ばしておいた。先ほどからの一連の攻防で感じているが、シャラシャンカは単独で戦う場合はやや受身の傾向にあるようだ。受身の相手に時間をかける訳にはいかない、攻めて攻めて攻めきって命を奪うしかない。

 床を蹴って飛ぼうとすると同時に、足元に違和感があった。

 シャラシャンカは先ほどここに立っていた時に、床に切れ目を入れていたようだ。

 足元が崩れた。

 重力に負けて瓦礫と化す――落ちきる前に足場にして点々と跳んだ。

 シャラシャンカは鼻歌交じりでさがりながら、床/壁/天井を次々にデュランダルで斬りつけていた。切れ目からは炎が噴出してきて、肉体を焦がして来ようとする。

 嫌な戦い方だ。

 正直に言って嫌いだ。

 だが嫌いだからといって止める訳にかいかなかった。

 無銘刀を納刀して、両手両足を使って崩れ行く瓦礫を掴んだ。

 手掛かり、足掛かりを探しながらも、シャラシャンカを追って行った。

「これでも追って来るか」

 シャラシャンカはデュランダルの腹で瓦礫を押して飛ばしてきた。

 飛んできた瓦礫は手で掻き分け、拳で消し飛ばした。

「こんなチャチな攻撃で……」

 シャラシャンカはデュランダルで銀の杯を掬い上げて、飛ばした。絵画を掬い上げ、飛ばした。絨毯を掬い上げ、飛ばした。甲冑を掬い上げ、飛ばした。手当たり次第にガラクタを飛ばしてきた。

「チャチな攻撃してくんんじゃねぇよ!」

 俺は迎撃せずに、崩れた壁を抜けて別の部屋に立った。床に手を当てると微妙に熱を持っている。火事は全体に広がり全てを焼き尽くそうとしていた。本当だったらこの場所で戦い続けたくは無いが、シャラシャンカはここで戦うのにこだわっているようだ。守勢で戦うタイプなので地の利が変動するところで戦うことで、どうにか状況を優位に戦おうとしているようだ。

 俺が逃げた場所は使用人が使う食堂のようなところだった。

 椅子がいくつか並んでいたので、一つを取り、扉のノブに引っ掛けた。

 テーブルクロスを手に取り、破り、紐状にして、両開きのノブとノブを結んだ。

 棚に蒸留酒が並んでいたので、ビンの栓を斬り飛ばして、テーブルクロスの切れ端を突っ込んで、火炎瓶を作った。壁から溢れてきた火で火炎瓶に火をつけた。

 扉を開けようとした――だが扉は塞がれていたので開かなかった。

 扉が蹴破られた。

 計六個の火炎瓶を次々に放り投げると、シャラシャンカは反応して全てを叩き落したが、身体に酒がかかってしまったようだ。だが燃えはしなかった。燃焼させることはできなかったが、火事で引火すれば大怪我は避けられないだろう。

「チャチな闘いはどっちだ」

 シャラシャンカは棚から酒を取り出して、瓶の蓋を刎ね飛ばし、一気にあおった。

 ごくごくと喉が鳴り、喜悦のため息を上げた。

「安物だが美味い、この美味さがお前に分からないとは哀れだな」

 俺が吸血鬼だから食に不自由しているのを哀れんでいるのだろう。

「哀れだと――俺達吸血鬼はこちらを選んでしまったのだ。そういう連中に対する感情は哀れではなく、羨ましいだ」

「強がりを」

 シャラシャンカはもう一瓶手にして呷って飲んだ。

 初対面したときも感じたが肉体が大きかった。血に巨人が混じっているのだろう。普通の人間では太刀打ちができないほどの肉体の差がある。吸血鬼ならば充分に太刀打ちできるだろうが、それも先ほどまでの話だ。

 勘違いではないようだ。

 シャラシャンカの肉体が一回り大きくなっていた。

 自らに祝福を与えたことによって、肉体が限界まで成長しようとしていた。

 単純な筋肉量の増加はこちらを圧しようとしているようだ。

「腹減った……」

 シャラシャンカの両目が血走り、歯がむき出しになった。

 牙――犬歯が発達して、植物の成長を早回ししたように伸びていった。

 シャラシャンカは棚からチーズを取り出して、一息で食べた。

「お前を殺すために、身体がうずいてしかたねぇぜ」

「俺を犯す前に、死んでくれねぇか」

 か、

 か、

 か、と笑って、壁を拳で打ち抜いた。

「つまらねぇ冗談だ」

「その内、聞けなくなるから気にするな」

 シャラシャンカは腹をさすった。

「しかし腹減った――そうだ。呼ぶか」

 シャラシャンカの手が淡く光り、建物全体が輝いた。

「これなら良いだろう」

 シャラシャンカは何も無いところに座ろうとした。

 転ぶ――と思ったら、椅子が飛んできた。

 シャラシャンカの前に食卓が飛んできて、扉の奥から豚肉の塊が飛んできた。

「はっ?」

「生肉か調理済みはなかったのか?」

 誰と喋っているのだろうか――すると、地震の唸るような音がした。

「なら調理しろ」

 生肉が飛び上がり、火事の方へと飛んでいった。

「……何をした?」

「建物に生命を与えた。俺の能力――祝福も進化したようだな」

 その言葉を聞いた途端――周囲の家具が一斉に飛び上がり、俺に殺到してきた。

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