第188話 魔王3
レヴァーティンが怨念と共に燃え上がり、瞬く間に館を炎で舐めまわした。宝物庫に山のように積まれていたダイアモンドが燃焼して、次々に飛び火していた。現代でも不正に入手されたダイアモンドは燃やして廃棄されるようだが、ここにあるダイアモンドは全て国宝級の価値があったはずだ。これほど高価な焚き火は無いだろう。歴史の証人たる宝、聖人が残した宝、人間の執念が産んだ宝、数々の宝が人の文明の証である火によって破壊された。人々は偶像から逃れることができない、宝物を燃焼させたものは世界の敵と言えるだろう。人類の敵の吸血鬼が世界の敵になることはさほど不思議なことではないだろう。
「次はお前だ爺」
俺が手招きすると、バウドリーノは蒼白になった。
歯を食いしばり、自らが偽造した槍を握り締めた。
「古き者が必ずしも弱い訳ではない。この槍は俺が偽造したが、最強の兵器だ。名匠が技術の限りを尽くして、呪物鍛造を行ったのだ。古くなればなるほど、必ずその威力を増す」
本当か?
そんな事があるのか?
だがこの世界の出来事だ。どいつもこいつも感情で己を強化する。それが思い込みでも、感情の強さが状況の優位を招く、良くも悪くも感情の強さが物事を左右するのだ。
レヴァーティンではこの世界の悪を斬れなかった。
やはり俺はダルシャンを殺した無銘刀と心中するべきのようだ。
バウドリーノが持っていた槍が瞬く間に変色していった。
錆びているのだろう。
バウドリーノに近づいていくと、一気に駆け抜けて斬り抜いた。
槍を折ったかと思ったが、バウドリーノが転がっただけだった。
追い討ちをかけようとすると、シャラシャンカはデュランダルで無銘刀を跳ね上げようとしてきた。
「弱い者を助けようとすると、自らの命を危険にさらすぞ」
無銘刀を吹き飛ばされかけたが、握り直して、一息で振り下ろした。
――空振り。
デュランダルが横から来たが、空振り。
空振りの応酬は互いの武器を破壊せずに、一撃必殺を繰り出すためのフェイントの連続だった。殺し合いの応酬は美しい舞のようだった。邪魔者はバウドリーノの槍だ。あいつの一撃は美しくない、殺人術が美しくあってはならないが、今は醜いものが介在して欲しくなかった。バウドリーノが槍をしごいて、裂帛の気合で突いてきた。
交代しながら剣で力を流すと、そのまま連続で突いてきた。
シャラシャンカはバウドリーノの後ろで歩きながら、こちらの隙を眺めていた。
燃え盛る建物まで後退した。
背中が燃えるように熱く、渦巻くような熱風が襲ってきた。
飛んで外壁に飛びついた。
バウドリーノが飛び上がり、槍を叩きつけてきた。
外壁が破裂すると、穴から火が噴出した。
俺は剣を咥えて、両手両足で外壁をよじ登った。
屋根まで上り、身を隠した。
……来る――バウドリーノが槍を片手に登ってきた。
俺は飛んで、体重をかけて大上段で斬り下ろした。
バウドリーノはハッとして、槍を頭上に上げた。
「浅墓っ!」
槍を叩き折り、首と肩の間に剣が減り込んだ。
だがバウドリーノが屋根の上にいれば安々と切断できたが、勢いのあまり地面に叩きつけてしまった。
――殺し損ねた。
屋根から見下ろすと、シャラシャンカがいなかった。
眼の端に影が横切り、左目に目掛けて光が飛んできた。
シャラシャンカは正面では側面の壁から昇ってきたようだ。卑怯にも真横から斬ってきたが、膝を崩して屋根に背中から倒れた。手で屋根を掴んで、片手で剣を伸ばしたままデタラメに回転した。
シャラシャンカは後退して、すぐに突撃してきた。
俺は体勢を立て直して、剣を咥えて、四足で屋根を走った。
奇を衒っているが、充分に殺傷能力はある。
シャラシャンカはまともに受け取らずに、剣を飛んで避けた。
俺は瞬時に振り返り、両手で剣を持ち直した。
シャラシャンカはまだ飛んでいた。
好機――俺は全身を跳ね上げるように切り上げた。
シャラシャンカは振り向き、顔面蒼白になった。
「蒼褪めたな――死ねっ!」
その時――屋根が崩れた。
シャラシャンカは瞬時に脱出、俺は足場が崩れて建物の中に落ちた。
下を見ると、バウドリーノがいた。
建物に手を当てて、顔面に青筋を立てていた。
建物全体を老化させようとしているのだろう。
レヴァーティンを行使させて燃やしていたため、老朽化し建物の皹から炎が噴出した。建物の中に降り立つと、屋根材が次々に落ちてきた。落下材の影から影に走り、足元を注意しながら、バウドリーノに近づいた。
「このやり方は思いつかなかったぞ」
バウドリーノは迎撃しようと槍を振り回したが、落ちてくる瓦礫に邪魔されて回転できなかった。ムンッと気合を入れて回すと、瓦礫が霧散して、やっと槍が回転した。
顔面に瓦礫の粉がかかった。
槍が大車輪の回転をしている。
間合いに入った。
剣を跳ね上げ、バウドリーノの右足を飛ばした。
槍は顔の横を通り、勢いが失速、槍ではなく杖と化した。
「お前の戦友が、地獄でお前を待っているぞ」
後ろから首をはねると、鮮血が天井まで飛んだ。
「老いぼれ」俺は揺れる足元と、落ちてくる瓦礫を避けながら言った。「お前は弱かったが、その力は余計だったな」
シャラシャンカが頭上から降りてきた。
「よくも殺してくれたな」
シャラシャンカは己の力で極限まで力を引き出していた。
一対一になったからといって、状況が良くなった訳ではなかった。




