第187話 魔王2
肌が火傷して、眼球が高温で苦しみ、血液が沸騰した。命を構成する肉体が熱に犯されるごとに、闘争心が飛翔した。
く、
く、
く、
笑いが腹の底から湧き上がってくる。力の源の丹田から震えて、力が昇り上がってきていた。爪の先まで充分力が漲っていた。
お互いが相手を殺す――目標が同じ者同士の殺し合いは楽しいだろう。殺し合いをしながらお互いの技術を研鑽、殺しの技術が上回った者が勝利する。
簡単な話だ。
思考の時間が長くなればなるほど酸素は少なくなっていく、酸素が無くなれば肉体を動かすことができなくなる。行動を起こすには早いほうがいいが、早食うとき過ぎると機を察知される。
渦巻く炎、床を舐め、天井を焦がす、正常が異常へと変わり、続々と炭化していく、徐々に変化していく部屋の中で機を待っていた。
機の探りあいは誰でもできるが、最善の機で動くには行動力が物を言う。
戦闘において戦い方を理解しても相手を上回ることができない、知識が十分でも相手を上回ることができない、思考と言葉を重ねても相手に打ち勝つことができない、相手に打ち勝つには行動力が物を言うのだ。
行動力が優れたものが勝利する。
先ほどの戦いで俺が気づいたことがある。
サッチャーが掌に砕いた宝石を握り締めていた。
俺の眼は、サッチャーが俺の宝石を投擲する前に砕いているのを見ていた。
そして俺の横を通り抜けた宝石は、綺麗に切断された宝石ではなかった。
狙いは何となく分かっている。
サッチャーは飛ばした宝石を、手元にある宝石に向けて巻き戻ししようとしているようだ。飛ばした宝石を自分の手元へと戻して、宝物庫に転がしている砕かれた宝石で俺の背中を穴だらけにするつもりなのだろう。
これからするはずだ。
俺だったらする。
相手を過小評価せず、それでいて恐れない、状況は変わらないが俺の心構えは変わった。
シャラシャンカたちは俺が窓から外へ出るのを待ち構えているだろう。その瞬間、砕かれた宝石は俺の背中を襲い、三人が一斉に俺を襲ってくるはずだ。炎に巻かれている部屋の中には入っては来ないだろう。外は楽で中は苦しい、わざわざ苦しいほうは選ばない、俺が出てくるのを待っているはずだ。俺は這いつくばりながら、窓へと近づいた。剣で窓を粉砕するとサッチャーが身構えるのが見えた。ミョルニルを右手に構え、左手は軽く握り締めていた。左の掌の中には宝石の欠片があるはずだ。
そろそろ肺の中の酸素が少なくなってきた。
機だ……機が来ている。
レヴァーティンを軽く振ると部屋の中の炎がそれにあわせて動いた。ぐるんぐるんと動かすと、部屋の中を炎が渦巻いた。レヴァーティンの切っ先を窓の外へ振ると、渦巻いていた炎が一斉に外へ出た。
窓台に手をかけ、瞬時に外に出た。
腰壁に背を当てた。
腰壁のお陰で砕かれた宝石が飛んでくるのが分かるはずだ。
俺が身体を低く屈めているので、飛んでくる軌道に腰壁があるはずだ。
腰壁を通れば当然音が出る。
その時に反応すれば良い。
俺は腰壁に両足を付けて、蹴り跳んだ。
両手両足を使って地面を駆けた。
サッチャーが宝石を握り締めて、地面に転がした。能力を行使したのだろう。そしてミニョニルを思いっきり振りかぶり投げた。同調するようにバウドリーノが地面に手を当てた。途端に腐れていき、俺の足元を風化させていった。地面に力を入れづらくなった。
駆けづらかった。
だが駆けられない訳ではない。
レヴァーティンを逆手に持ち、飛んで来たミニョニルに斬りつけた。剣身が真っ二つに折れ、鎚を押し返した。
レヴァーティンは鍛え上げられていたが最近は磨き上げていなかったのだろう。思ったより威力が無くなっていた。
続けて、後方から音がした。
宝石が来る。
その前に、サッチャーを切り抜けられる。
――はずだった。
サッチャーの身体が浮き上がっていた。
見間違いではない。
……そうか。
サッチャーは宝石を全て捨てたわけではない、宝石は俺の前後から襲い飛んできているが、一つの破片だけ手元に残していたようだ。
その宝石を離さなければ、宝石は宝物庫にある宝石の元へと飛んでゆく。
だから飛んでいる。
とんでもなく早い。
飛びながらミニョニルを掴んだ。
レヴァーティンが意趣返ししたがっていた。
武器の意思が掌から伝わる。
どんなに着飾っても物質の本性は変わらない。
武器は名の通りだ。
どんなに美しくても、相手を打ち倒す道具なのだ。
切り抜いた。
ミニョニルは真っ二つになり、そのままの起動でサッチャーの左肩から右腰まで真っ二つにした。
二つの剣を納刀。
サッチャーの頭を右手に、足を左手に持った。
持ったままバウドリーノとシャラシャンカを睨んだ。
「俺の速さに追いつけなかったか?」
サッチャーは己の身体を巻き戻ししようとした。
重機の圧搾機を思い出すような力強さだった。
だが俺は頭も足も離さなかった。
すると巻き戻しの能力はサッチャーの切断した中身を先に直し始めた。
肉体の外側は治らず、内側だけ直ったため、外と内が剥離し始めた。
大きな身体に見合わない悲鳴を上げた。
「助けないのか?」
「間に合わないのを知っている」
シャラシャンカはサッチャーに向けて頭を下げた。
謝罪をしているようだ。
俺は直りかけのサッチャーを宝物庫へ向けて放り投げた。そして居合い切りの要領でレヴァーティンを抜いて、炎を燃え上がらせてから、サッチャーへ向けて放り投げた。
鳩尾だった部分を貫いた。
燃え上がる館の中で、サッチャーは磔になった。
燃え上がる剣はサッチャーの巻き戻し能力とぶつかりあった。
巻き戻し能力と燃焼する能力――サッチャーが諦めたときに彼は死ぬだろう。




