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第183話 ちんぴら

 バウドリーノは芸術家になりたかった。見習い執事として働いていた館で飾られていた絵に心を奪われたからだ。どのような芸術でも良かった。誰かの心を奪う――そのような強烈な力を持つ芸術を作り上げたかった。館の主人が召使の女の首を絞めて強姦した後、バウドリーノは死体の処分を任された。一回り小さな女の死体は重かった。股から流れ落ちる体液が薄気味悪く、嘔吐感に何度も襲われた。地面を掘る道具を忘れた時に、死体を観察することを思い付いた。芸術の中には死者を描くこともあるが、バウドリーノが思いついたのは死体が腐敗していくさまを絵に残すことだ。女の身体は体液で汚れていたので服を脱がして、身体を丹念に清めた。童貞だったが、女の肉体の人形っぽさに驚いた。おそらく死者だったからだろう。美しい死体、硬直した死体、変色した死体、虫が這いずり回る死体、虫食いされる死体、腐敗する死体、骨が露出し始める死体……吐き気がするほど楽しい絵描きだった。恍惚な時の終わりはすぐに来た。狼に死体を盗まれたのだ。バウドリーノは追いかけて、狼を一頭ごと確実に絞め殺した。自分の中からそんな力が出るとは夢にも思わなかった。元々の身体能力が高かったのが、非常事態で発揮されたのだろう。女の死体は腐肉が食われてしまい興がそがれてしまった。死体の元でしばらく呆然としていると、近くの町の兵隊たちが現れた。女殺しでバウドリーノは捕縛されそうになった。主人に裏切られたのだ。バウドリーノは死体を観察したが、殺してはいないと主張した。兵士たちはそれを信じなかった。捕縛され、投獄されたが、隣の独房にいたサッチャーに命を助けられた。

 サッチャーとはシャラシャンカの横にいた大男だ。この男は悪人だった。力を第一と考え、力で相手を虐げることを善とした。娯楽のために殺した相手は数知れず、その他の極悪な犯罪も何度も犯した。脳筋は侮辱に弱い、侮辱的発言を好み、侮辱されることを無視することができない、飲みの席で性技の未熟さを侮辱されたときに相手を殺してしまい、そのまま酒に酔いつぶれて寝てしまった。泥酔した大男は無力だった。拘束具を付けられて、毎日毎日棍棒で痛めつけられた。

 バウドリーノはサッチャーが痛めつけられるのを聞き、怯えた。彼は小柄だ。狼を殺したときまで自分の強さを知らなかった。隣の大男と互角に渡り合えることを知らずに怯えきっていた。

 サッチャーは毎日拘束具の中で暴れまわっていた。拘束具の締め付けを弱めようと何度も動き、徐々に耐力を弱めていった。暴れに暴れて体力が尽き、眠る。そんな毎日が過ぎると、会話相手が欲しくなった。そんな時、二人は語り合った。最初は恐る恐るだが、話してみると何故かしっくり来るのだ。二人は友好を深めた。サッチャーが拘束具を引きちぎると、すぐに牢の鉄格子を押し広げた。続けてバウドリーノの鉄格子を広げて、脱出、看守を何人か叩き殺した。向かった先は、バウドリーノが働いていた館だった。主人を殺して、サッチャーが女を犯している間に、バウドリーノは館の中の芸術品を盗み、馬車に詰め込んで逃げ出した。奇妙な二人組みだった。バウドリーノが芸術の贋作を作り、サッチャーは元ネタを強盗した。贋作は高値で売れ、日々の暮らしには困らなかったが、いつしかネタに困った。二人の生活が慣れるにつれて、お互いに友情が芽生えたようだ。それぞれが一人で生きればよかったのだが、奇妙な縁がそれを許さなかった。バウドリーノが新たな芸術として選んだのは、教団の聖書を読んでからだった。聖書には色々な聖人がいた。芸術として読んでも面白かったが、物語としてもなかなか面白かった。サッチャーがそれを横目に生き甲斐として犯罪を行っていたが、バウドリーノは女が強姦される横で聖書を精読していた。女の生き死になどどうでも良かった。友人であるサッチャーが腹をすかすのは我慢ならなかった。彼は聖書を精読することで、聖遺物を偽造することを考え付いた。その後は楽しかった。古代と現代では同じ色でも絵の具の原料が違うなど、歴史を正確に知っていないと偽造しても相手を騙す事ができなかった。悪を為すのに勉強することも大事なのだ。

 サッチャーがシャラシャンカ隊に酒の席で絡んで、初めて一方的に暴行された。バウドリーノは傍目で見ていたが、サッチャーが見苦しく叫ぶ姿を初めて見た。次の日、サッチャーは再びシャラシャンカ隊に絡みに言って、返り討ちにあった。その次の日も、その次の日も……バウドリーノはその時にサッチャーは対等の相手を見つけたのだと気づいた。だが、頭を下げて友達になってくれとも言えなかった。彼らはバウドリーノとサッチャーの子供とも言える年齢だったからだ。二人は夫婦のように長い間二人っきりだった。シャラシャンカ隊の中で、二人は大して重宝されなかった。正義が足りなかったからだ。どんな悪でも正義はあるが、二人には正義よりも悪の方が似合っていた。

 シャラシャンカ隊がバルティカ国で安定した地位になると二人とも物足りなくなった。バウドリーノは老いぼれて早めに引退して、贋作家から本物の芸術家として生き始めたが、サッチャーの方は体力が有り余っており方々を旅行していきこの帝都で終身刑として投獄されていた。往年の体力は残っていたが、サッチャーは肉体のあらゆる腱を切断されていた。拘束具で身を包まれ、体力が衰えて死ぬはずだった。だがシャラシャンカが来た。友人であるバウドリーノもいたが、彼は殆ど死に掛けていた。死病を患っていたのだ。ここまで来るのにも酷い有様で、中盤からは殆ど病人として過ごしていた。シャラシャンカ隊の中では弱かった。悪党だった。だが二人の友情は本物だったのだ。バウドリーノは腰が曲がり、死病に患った皮膚はあわ立ったようないぼだらけだった。友人であるサッチャーの腱がボロボロだったのを見て、熟したいぼに沁みるほど涙を流した。

「ありがとうございます。シャラシャンカ様。私をここまで連れてきてくれて」

 老いぼれたバウドリーノはシャラシャンカの手を握った。

 汚らしい手だったが、シャラシャンカは握り返した。

「思い残すことは無いか?」

「はい」バウドリーノは何時死んでもおかしくなかった。「……いいえ」

 シャラシャンカは鼻で笑った。

「死にかけが何をするというのだ。ここまで運んだのだ。これで思い残すことは無いだろう」

「まだ終わっておりません。私たちはどうせ死ぬのです。どうにか使ってください」

「爆弾でもするか?」

「いいえ、シャラシャンカ様の能力を私たちに使って欲しいのです」

 シャラシャンカの能力祝福は対象となるものの底力を極限までに高める――そのような効果を発揮する。だがここまでシャラシャンカは生物に対してそれを行っていなかった。彼なりの倫理観によるものだろう。

「……本気か? どうなるか分からんぞ」

「本気です。どうせ死ぬのです」

 サッチャーも頷いた。

「お願いです。どうせ死ぬならお役に立ちたいのです。私たちは老いぼれです。昔もそうでしたが戦いでお役に立てないのです」

「しかし……」

「私たちはどうしようもない人生を送りましたが、せめて最後は愛した友たちを助けることのできる男になりたいのです」

 シャラシャンカはそれ以上何も言わなかった。

 そうして彼らは若返り、俺の前に立ち塞がったのだ。

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