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第182話 浸透

 上体を低くして身を隠し、疾風のごとく駆け抜けた。抜き足差し足の超高速版――壁の影から影へ移動して、周囲を警戒、五感を研ぎ澄ませた。駆け抜けながら確認した構造物の位置、生物の位置を思い出し、周辺の呼吸と心音を探る。物陰から覗いて確認、死角を把握してから再び疾走、物陰に隠れる。

 その繰り返しだった。

 進行方向先にどうしても避けられない人物がいるときは、石を明後日の方向へ投げて物音を立てて視線誘導をした。数秒あれば悠々と通ることができる。察しの良いやつは石を投げたときに、投げた先にいる俺の存在に気づく者もいた。その時は、近くにある物陰に瞬時に隠れた。近づいてきたときに後ろに回って、剣で首を切り裂いた。噴水のように飛び散る血が大地に泥濘を作る。肉体に溜まった血が溢れるさまは、残酷なほど美しかった。瞬殺して、すぐさま物陰に隠れた。

 家の窓を開けて、飛び越えて、家のなかを横切り、また窓から外に出た。路地裏に足音が響いていないか確認して壁沿いに歩いた。道に転がっている石を転がさないように慎重に歩いた。壁の端部で一旦止まり、壁を背にして耳を澄ませた。

 気配が無かった。

 覗き込んだ――居た。

 生半可な訓練では会得することのできない気配を消す技だ。息を静めて、物音を立てないように歩いている。視線が外れた。走り抜けることはできない、死角をゆっくり歩いて、壁の影に隠れることができた。心臓が跳ね上がりそうになったが、何とかこらえることができた。しばらく歩くと大きな城壁が立ちはだかった。帝都を何層にも隔てている城壁は鍛え上げた肉体にとっては梯子同然だった。瞬時に半分ほど昇ったときに、右腕が細かく痙攣した。仮面の男の雷撃をしこたま食らったためだ。

 ああ、糞がっ……酷い一撃を食らったものだ。

 だが、あの男はシャラシャンカ隊の中でも最も強い強者だったろう。

 強者を倒した代償には安いものだろうか……。

 右手の握力を確かめながら昇った。十分に力は出せた。症状はそのうち和らぐだろう。今は肉体が出せるギリギリの力を見極め、手持ちのカードを確かめながらまっすぐ進もう。

 城壁の凹凸を手・足掛かりにして高速に横移動した。下を歩く敵の視界を確認しながら、大胆に上を横切った。最初は不安だったが、無音で死角を移動すれば気づかなかった。その後は地上、壁、上空を適宜選択して、帝都の深部へと辿りついた。

 城壁を登り、越え、城壁の上に塔になっている所を昇った。天辺まで辿りつくと、異様な雰囲気を持つ大砲があった。鼻を近づけてみると火薬の匂いがしなかった。魔法の武器だろうか。

 叩き切ってやろう。

 剣を振り上げ、ぶった斬ろうとしたとき、塔の下をシャラシャンカ/魔王が歩いていた。好機――奴はこちらに気づいていない、それに奴の護衛は二人しかいなかった。城壁を破壊されて乱闘されているので、身辺を警護している人員が少なくなっているのだろう。

 俺は大砲を壊すのを辞めて、塔の上から下を眺めた。

「南側の損害が一番酷いようです」

 大柄の男がシャラシャンカに言った。

「建物を壊して、穴を塞げ」

「やってはいるのですが所詮は瓦礫ですから、侵入を防ぐまでには到っていません」小柄の男がシャラシャンカに言った。「一枚目の外壁は捨てましょうか」

「気に入らんが……」シャラシャンカが鼻で笑った。「この一日で何人もの死傷者が出た。作戦を変える。俺たちは集団で一つだ。生きている人間を集めろ。とりあえずは兄貴を呼べ……」

 大柄の男と小柄の男は目を泳がせた。

 ……機だ。

 機会チャンスが来ている。

「戦死しました」

 俺は飛び降りた。

 目指すはシャラシャンカ――脇を締めて、上から下へ一直線に突撃した。

「誰が殺した」

 剣先が煌いた――光は計算に入れていなかった。

 シャラシャンカがこちらを向き、「貴様か」と呟いた。とんでもなく冷えた声だ。殺意が俺を貫き、肌があわ立ったが、かまわず殺すことにした。

 シャラシャンカが平べったい棒を振った。

 剣とかちあい、棒を飛ばした。

 ――死ね。

 大柄の男がヌンッと彼我の間に割り込み、俺の鳩尾に蹴りを跳ね上げた。四軒分転がり、勢いのまま立ち上がると、今度は小柄な男が近づいてきた。小柄な男は老いぼれだった。両目の色は弱弱しく、肌は病的なまでに黄色く染まっていた。小柄なのも腰が曲がっているからであり、その反面恐ろしいほどまでに機敏だった。

 拳も交えず、距離を保ったまま後退した。

 しばらく後退を続けると追撃をやめた。

「老いぼれが。おとなしく寝ていろ」

「老いぼれ?」

 腰の曲がった小柄な男が億劫そうに背伸びした。その動きには違和感があった。腰が曲がった老人――それは見た瞬間に分かったことだ。一瞬、偽装でそのような格好になっていたのか? そう思ったが、俺の感覚は違うと告げていた。

「確かにそうだ。だが俺は進化したのだ」

 小柄な男は自らのフードを掴んだ。途端にフードが腐れた。

 フードから現れたのは若々しい顔だった。

「シャラシャンカ様に手を出す者には死だ」

「気をつけろ。バウドリーノ。その男は東方王だ」

 シャラシャンカは辺りを見渡していた。

 見渡す限り、俺たち四人しかいなかった。

「俺を殺しに来たのだな。東方王」

 俺はおもわず笑みを浮かべてしまった。

「俺とお前どちらが勝つが楽しみだな」

 俺が言うと、

「チンピラが、大局観を持たない愚か者め」

「言ってろ。もうすぐお前は死ぬのだ」

 剣をバウドリーノに向けると、剣に触れようとしてきた。

 剣を急いで避けると、バウドリーノの手は空振りして、地面に生えていた草に触れた。草は一気に腐れた。

「厄介な能力を持っているな」

「お前は腐れて、ここで死ぬ」

 バウドリーノは笑って言った。

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