表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

181/209

第181話 三人の覇王

 顎をしごくと垢が落ちた。白くなった髭を抜きながら、帝都の設計図を見渡した。教団が秘匿していた禁書から見つけ出した設計図には帝都の外から侵入することができる秘密の経路が記されていた。発見するのが一歩遅れた。秘密の経路は脱出路が主な目的のはずだが、それを潜り抜けて帝都に詳しいものが城壁を爆発物で破壊したのだろう。戦争状態に陥った帝都では、武器庫は点在して配置されていた。火薬を探そうと思えば簡単に見つかる状態だったのかもしれない。もしくはこちらの把握していない秘密の保管庫があったのかもしれない。何にせよ城壁は五つほどの穴が穿たれた。今は後悔する時間ではない、今は侵入者を探して殺すのみだ。

 ぽん、

 ぽん、

 と光砲――スピノザを叩いた。城壁から何千の勇者が入ろうとも、この光を放つ大砲の前では無力だろう。魔性の女とも言えるほどの美貌だったが、心の性は男だった。ロンドはスピノザに魅入られたが、それが彼の唯一の青春だった気がする。

 皇帝を自称した俺の古き友はスピノザの魅力に取り付かれて奪い、犯し、孕ませた。恋愛感情からではない、身体は女で心は男の人間を犯したかったのだろう。老いぼれて狂人になったが性癖の強さは最後まで変わらなかったようで、男色も好んでいたことは帝国の歴史家が記した文書の中にも残っていた。叔母と関係を結んだこともあるなど、近親相姦も行っていたことを窺える。権力を握り、何もかもを手に入れたものに張り合いのあったのは色欲だけだったのだろう。俺も一時期は食欲に逃げていた時もあった。ぶくぶく太り自暴自棄になっていた。

 俺たちには生き甲斐が必要だ。人は色々理由をつけてどうでも良い事を生き甲斐にするが、全てを手に入れた者にとって生き甲斐を探すのは難しかった。虐殺は楽しくも何とも無かったが、世界の大半が俺に怒りを向けていた。帝都を囲む人海がその証拠だ。俺が生き残るためには、人海を踏破しなければならないのだ。

 生きることが俺の生き甲斐だ。

 大砲を叩いて、祝福を行った。スピノザが子を孕んだときに、精神と肉体の薄利に魂を切り裂かれそうになったそうだ。元々は花火師を継ぐつもりだったので、このような兵器を作るとは予想がつかなかった。もしかしたら自分を孕ませた男を殺したかったのかもしれない。聖堂に秘匿されている禁書の中に光砲と似たような兵器が記載されていたので、スピノザはそれを読んで怨嗟と共に作り上げたのかもしれなかった。

 威力は十分なのはすでに見た。それに俺の祝福を行えば、更なる力を発揮するだろう。俺は大砲の向きを調整した。今のままでは味方ごと撃ち殺してしまう。それだけはしない。もっと近くによってからこれは使うことになるだろう。

 帝国の皇子を見つけたのは、その時だった。手練を連れて進入してきたのは帝国の皇子だった。文明社会というのは良い者だ。皇子の絵が少なからず残っていたので、俺にはすぐ判別がついた。皇子とその取り巻きは俺の配下たちを相手に何とか渡り合っているが、完全に防戦一方だった。

 俺は鉄の棒を持った。

 祝福を行うと、棒は平たくの延びた。何の能力も付加されていないが、十分殺傷能力があった。回転しながら叩きつけると、頬を弾き飛ばし、綺麗に並んだ歯を粉砕させた。皇子を守った有能な兵士だ。またたくまに皇子は一人だけになった。血と内臓の泥濘が彼を汚していた。

「見てすぐに分かる。戦士ではないな」

 皇子は唾を飲み、冷や汗を滝のように流した。

「それがどうした。それでもここまで来れた」

「お前がここまで来れたのは、お前の肉体を汚している兵士たちのおかげだ。そして、絶命したのはお前のせいだ。弱いまま権力を握ろうとしたな、気に入らん」

 頬を殴りつけ、意識を飛ばした。

「どこへ行くので?」

 俺の配下が尋ねた。

「晒す」

 皇子の頭髪を掴んで、引きずった。皮膚が剥がれ、血がどんどん流れた。

 その時――兄貴の雷の柱が落ちた。

 遠い……だが、この一撃を使うということは何かがあったと言うことだ。

「シャラシャンカ様……」

「行け。兄貴を死なせるな」

 兄貴の従者は首を吊って死んだ。その死に様は恐ろしい形相だったそうだ。首の骨が折れたわけではなく、窒息して死んだそうだ。即死できないのは残酷な処刑方法だそうだが、どちらにしろ死ぬのだ。残酷も糞も無いように思える。

「何をする気だ」

「喋るな。弱者め」

 俺たちの歩いたあとに皮膚と血がある。

 皇子の綺麗な顔が削られ続けているだろう。

 俺は歩き続けてやっと手頃な縄を見つけた。

 皇子の汚くなった顔を空に向けさせて、首に縄をくくった。

 皇子の身体を担いで、屋根から屋根へ、城壁から城壁へ走って跳んだ。

 その間に、帝都の中を何人かの敵がいるのを見つけた。

 俺の配下が虱潰しに殺しているが、徐々にその勢いが強まっていくように感じた。

「お前のせいで俺たちは負けそうだ」

「年寄りは若者より先に死ぬべきだ」

 く、

 く、

 く、

 俺は思わず笑ってしまった。

 縄の端を城壁にくくりつけて、髪を鷲掴みにした。

 何人かの帝国軍の兵士が下にいた。

 俺は皇子を城壁から落とそうとした。

 帝国軍の兵士がその存在に気づいて固唾を飲んだ。

「お前はどっちかな」

 即死か、それとも無間地獄か。

 掌を広げた。

「ひっ」

 小さな悲鳴をあげると、落下後に首に縄が締まり、背中が城壁に叩きつけられた。

「どうした? お前たちの大将はここで死のうとしているぞ」

 俺は下を見た。

 なるほど、なるほど……。

 皇子は即死していなかった。縄を両手で掴み、両腕の力で何とか懸垂して、首の負担を無くそうと抗っていた。

「運が良い男だ。その運がいつまで続くか楽しみだ」




 仮面の男を殺して、余韻も味わわずにその場を離脱した。シェリダンは死に掛けていたので、多少は焦ったが、脳内の本体が無事ならば大丈夫だと言った。今回の肉体は極限にまで鍛え上げていたので残念だと言っていた。

 これ以上シャラシャンカ隊と戦ってはいられなかった。皇子が城壁に穴を開けたようだし、姿を隠して帝都を疾走していると味方が何人か入ってきているのを確認できた。この騒ぎに乗じてシャラシャンカ/魔王に接近して殺す。それが最上の判断だろう。

「あれを見ろ」

 俺が隠れながら走っていると、シェリダンが言った。

 シェリダンの両目はほとんど剥き出しで、視界が尋常ではないほど広くなっていた。

「皇子だ」

 城壁に皇子が首を吊られてぶら下がっていた。

「死んだか?」

「確かめてくれ。私もこの身体ではいられないようだ。下ろせ」

 俺はシェリダンを下ろして、周囲の気配を探った。

 シャラシャンカ隊の姿も、こちらの味方の姿もいなかった。

 晒し者のようにされているが、誰もいないのだろうか。

 だが迷ってはいられなかった。

 俺は城壁を蹴り、屋根を跳び、皇子の横の城壁に飛びついた。

 糞、小便、涙、鼻水、唾液、そして尋常ではない汗で全身が濡れていた。身体を抱えて城壁の上に飛び乗り、首にくくりつけてあった縄を外して、心臓を叩き、人工呼吸をした。しばらくすると呼吸が整ってきた。

 ――誰かの視線を感じた。

 剣を持ち、城壁に下りると同時に斬ろうとしたが、その前にシェリダンが殺した。シェリダンの肉体が変わっていた。腐りかけの女だった。死体でもそこそこ動かせるようだ。

「酷い怪我だ」

「治療が必要か」

「当然必要だが」

 皇子の下半身が力ないのが気になった。

「ここでお別れだな。私は皇子を連れて戻る」

「その方が良い。しかし……本当に運が良い男だ」

 シェリダンが皇子を担いで、城壁を飛び降りた。

 俺は身を屈めて、そのまま疾走した。

 魔王と呼ばれる男を殺すために。 

50万字超えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ