第15話 神父
後悔は文字通り、後からするものだ。
俺は山で山菜取りをしながら、適当に調理をして、レッドに飯を食わせていたが、調理が下手くそだったためか、レッドが食中りになってしまった。旅を続けるのは難しかったので、雨風をしのげる場所を探して、見つけた場所は廃屋だった。入ってみると掃除がされていて綺麗だった。誰かが使っているのだろうけど、廃屋の中に人気は無かった。
「大丈夫か?」
「うん……」
人間と吸血鬼の体力の差が違い過ぎた。もっと気を使えれば良かったけど、今更後悔しても遅かった。今後は真面目に調理方法を模索しよう。
外套でレッドを包んで、廃屋の中に使えるものが無いか探した。日本の古い家屋によくあった囲炉裏がある。上から自在鉤で吊るされている鉄瓶を見ると、ポリッジが入ってあって、食べてみると冷めていたので、着火装置で火をつけて煮立たせた。しばらくすると、熱くなったので、レッドに食べさせていると、頭髪を剃った大男が入ってきた。
「誰だ?」
「すみません。食べてしまって」
坊主は教団の神父であり、一人旅を続けているそうだ。名前はヘドウィッグと言い、鞄から幾つかの薬を出して処方してくれた。神父というわりには、筋肉隆々であり、眼光も鋭い男であったが、吸血鬼だとバレていないので良しとした。おそらくミナと同じ執行官の一人であるだろう。
「何かの毒を食べてしまったみたいだな。茸か?」
「はい」俺は少しだけ嘘をついた。「お金が無かったので、鼠がかじった茸を」
「それが原因だ。他の動物が食べられるからといって、人間にとって毒では無いとは限らない」
人間と吸血鬼も同じ姿形をしているが、別の生き物だ。ヘドウィックは鼠と人間の差を言ったのだけど、俺には吸血鬼と人間の差を言われているような気がした。
なんとなく寂しくなった。
囲炉裏の熱が廃屋中に広がり、暖かさが身を包んだ。レッドは徐々に回復していき、二日目の朝には完全に回復して、外で走り回って遊んでいた。三日目には、俺とレッドはヘドウィッグに食えるものと食えないものの区別を教えてもらった。三日目の経験は素晴らしいものであり、本当に実りのあるものだった。
四日目の朝に俺たちは同時に出立することになった。
別れる前に肝が冷えた。
「君はその茸を食べなかったのか?」
レッドが寝ているときだった。
ヘドウィッグの両目は優しいままだが、貫くような冷たさがあった。
「たまたま取った量が少なかったので」
「そうか……なら良い」
俺たちは薬を少しだけわけてもらい、別れた。
「次の街で旅装を整えよう。これ以上倒れられても困るからな」
「心配した?」
「ああ、下痢をした尻を拭いたときには。これは死ぬと」
「いやああ! 止めてよ。そんなことを言わないで」
「恥ずかしがるな。全部見たから」
「あうううっ……」
「お前な、俺は何百歳なんだぞ」
「私は十歳だもん」
なるほど……たしかに俺の年齢は関係なかった。
しばらく歩くと、レッドは病み上がりで疲れが少し残っているようだったので、オンブして歩いた。傍目から見たら仲の良い兄妹に見えているだろう。
「やったー」
「後で運賃を貰おう」
「ちゅーで良い?」
「駄目です」
色々雑談を交わして歩いた。
まだまだ歩けるけど、道の端に宿屋があった。俺たちは交渉をして、一人部屋を安くしてもらい泊まることにした。夕食付だったので、部屋に荷物を置いてから、食堂へ向うと、部屋の隅にゴブリンの老人がいた。魔物が外を歩いているのはよくある事だけど、宿屋に泊まっているのは珍しいことだった。
夕食に出たのは近海で養殖された牡蠣を油で揚げた物と、オートミールだった。俺は牛乳を頼んだので、山ほど飲んだけど、そろそろ人間の乳がほしくなってきた。最近は戦いを続けていたので、そろそろ力が尽きかけている。目の前にいる少女の平たい胸から母乳がでてくれば良いのだが、そんな奇怪な少女がいたらいたで気持ち悪いので考えるのを止めた。
食堂はホールと隣り合わせて、ホールの階段を昇降することで各部屋に行くことができる。当然鍵付なので荷物を置いてもいいはずなのだが、食堂に入ってきた男は、老いたゴブリンの元まで走って行き何も言わずに殴りつけた。
「おまえ、俺の荷物を盗んだな」
「何を! 馬鹿者が!」
ゴブリンは威勢に負けず、男を怒鳴り返して、突き飛ばした。突き飛ばすのを見て、男は更に怒りが加速して、剣を抜こうとした。俺はスプーンに牡蠣を乗せて、スプーンの先を引っ張り、牡蠣を男の後頭部まで飛ばしてあてた。
「食事中なんですけど」
「てめえ、クソガキが!」
俺はレッドを抱えて、机を飛び回った。逃げているうちに宿の主人が現れて、喧嘩を仲裁してくれた。どうやら男の言って言うことは間違いないようで、男の部屋から金目の物が盗まれたようだ。
「ゴブリンに決まってんだろ」
俺たちは不安になり、部屋に戻ると、人狼から貰った金が無くなっていた。
「ひやー!」
「おーのー!」
窓も扉も鍵はかかっているのに、いったいどうやって盗んだのだろうか。




