第14話 人狼
樹の枝の上で身体を伸ばし、樹の幹に背をあずけ、落ちないように注意していた。レッドは頭をコクリコクリと動かして落ちそうになったので、枝と枝に外套を結びつけて、簡易なハンモックにして、体を移動させて寝かせた。吸血鬼の体力に追いつくだけでも一苦労なのだろう。悪いことをしている気分になるが、俺が助けて少女が俺についてくることを選んだ。根を上げるまで好きにさせてあげよう。
「眠れ」
「う、うん……」
俺は童謡を歌いながら、レッドの頭をポンポンと叩いた。体から徐々に力がなくなり、すやすやと眠りについた。
街の冒険者ギルドの建物は燃え尽きて、闇夜に白い煙を上げていた。訪問者が来たのは、月が天頂に来た時だった。レッドを起こさないように、訪問者の近くの枝まで移動した。
「何のようだ」
「お前がやったのか……」
気配で分かったが、冒険者ギルドの裏口にいた男だった。
「ああ、良い気味だ。因果応報だな」
「なぜ、こんなことを」
「だったら、俺をはめようとしたことを後悔するんだな。何故あんなことになったか、教えてくれないか」
男は少し黙っていたが、意外なことに話しだした。この男の中で、俺との間に妥協点を作ろうとしているようだ。吸血鬼に話しが通じることは人間も分かっている。毒女、鏡男といい、吸血鬼の狩人を飼っているだけあり、冒険者ギルドも吸血鬼に対して理解があるようだ。
「お前の臭いで吸血鬼と分かったが、あそこで対峙するのは危険だった。いったん俺はお前を逃して、その後で冒険者ギルドの中で臭いを嗅ぎまわった。お前の臭いのついていた書類には、あの館の馬鹿息子の名前があった。その報告を聞いた冒険者ギルドの支部長が暗殺を命じたという経緯だ」
「ということは、あの館の主は元々殺される予定だったと言うことか」
「その通りだ」
「依頼主は?」
「……とある商人の娘に恋した、名も無き男だ」
ハロハルハラの身体が生きていた頃の怨念が再び舞い戻ってきた。
「おそらく標的を勘違いしたようだな、本当だったら主では無くて馬鹿息子が死ぬべきだった。だが、冒険者ギルドは暗殺だけを依頼された。それを実行するまでだ」
復讐の相手が違うと分かっていても放置したようだ。その理由は分かっている。勘違いだと分かれば、もう一度殺しを依頼してくる可能性があるからだ。そのぶん金が入ってくる。
汚いな。
「それで、俺を利用したと言うわけか」
「ああ、冒険者ギルドは真っ先に疑われやすいからな。そういう手段をとった」
これが全てか。
男は両腕を広げて、降参したような笑い顔を浮かべた。
「あとは」
男は鞄を地面に放り投げた。
鞄から金の音が鳴った。
「手打ち金だ。これで勘弁してもらえないだろうか」
冒険者ギルドも金を稼ぐために仕事をしている。俺と対立して疲弊するよりも、ここで金を使ってでも平和的手段で解決することにしたのだろう。
「良いだろう」
俺は先立つ物が必要だったので、手打ちを承諾した。
俺は地面に降り立った――油断していた。
着地と同時に男の拳が腹を抉るように突いてきた。呼吸が止まるかと思うくらいの衝撃だ。骨にヒビが入ったかもしれなかった。俺は樹の幹に爪を立てて昇り、間合いの外まで逃げた。
「穏やかじゃないな」
「お前、毒使いの女はどうした?」
「……あいつか、樹に縛ったままだ」
「そうか……あれは俺の女なんだよ」
あれが?
ああ、笑えるなぁ。
「体液が毒の女に殺されるのが望みなのか?」
「下衆が……肉体関係だけが――愛だと思うな」
なんだ、コイツ。
この馬鹿馬鹿しい感じは、どこかで体感したことがある。
そうだ……これは犬だ。
従順な犬め。
「お前もこの世界にいるのか、人狼よ」
「何をわけの分からないことを」
男は人型の狼となり樹に飛び上がってきたので、着地点の枝を蹴り折った。
人狼は空中で動きを変えて、遠くの枝を掴んで、足で幹を蹴り、樹をへし折った。
「ふに?」
レッドがやっと起きたので、抱えて隣の樹に移った。
「危ないなぁ。なあ、レッド」
「へっ?」
起きたばかりで状況を把握できないようだ。
「冒険者ギルドが手打ちをしようとしているのに、お前はこんな事をしていいのか?」
「そんなことはどうでもいい」
「おー、怖い怖い。色恋は勇者をゴミにする」
レッドの頬を抓り、鞄を指差した。レッドは何となく言っていることがわかったのか、俺たちが立っている樹まで、鞄を引っ張った。残念ながら力不足で持ち上げられないけど、距離を稼ぐことができた。
「悪いが」
俺は逆さまになり、枝を蹴って地面に突進した。
「人狼と戦うのは億劫だ」
金の入った鞄を担いで、俺は翼を生やした。
だが、人狼の速度は並ではなかった。
目の前に着地すると、脇腹目掛けて左の拳が繰り出された。
右肘で防御しようとしたが、肘が弾き飛ばされて、地面を転がらされた。
「えいっ!」
レッドが念動力をつかって、枝を人狼に投げつけた。
人狼がレッドを見上げて、石をつかんだ。
まずいな。
子どもにも本気を出すのか、この馬鹿犬は。
俺は立ち上がるより先に、地面に転がっている石を蹴り飛ばした。
石は人狼に数個当たり怯んだので、走って近づき飛び膝蹴りをかまして、身体を蹴って跳び、翼で飛び上がり、レッドを掴んで遥か彼方の上空へと飛んだ。
「じゃあのー」
「じゃーのー」
俺の別れの言葉を、レッドは真似をした。
人狼はそれでも諦めなかった。
俺の翼目掛けて石を投げつけてきて、小さな穴を貫通させられた。
「酷い。ボロボロの翼になってしまう」
「痛そう」
人狼はしばらく追いかけてきたが、姿が見えなくなったので、俺たちは再び樹の上で朝まで眠ることにした。




