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第127話 オフェンス/ディフェンス

 人間を狩る生物、それは吸血鬼、それは弱肉強食の頂点に立つ存在だ。深く呼吸をして、心身を整えながら、戦い方を考えた。フィオナの体では身体能力を最大限に利用した戦い方はできない、相手の死角に入りど頭を撃ち抜く、その為には状況を支配しなければいけなかった。吸血鬼の嗅覚と視覚、それに聴覚も鋭い、それを考慮して戦わなければいけないのは心躍るような心地だった。

 強者を屈服させ、打ち勝つ、それこそが勝利の醍醐味だろう。

 相手は狩人のようだ。俺が絶対有利に戦うためにか、相手の風下に立たなければならない、吸血鬼は野生生物のように嗅覚が鋭い、もしも時間を巻き戻せるなら無臭の石鹸で体を洗い、全身を消臭剤で生物の気配を消したかった。それで臭いの面では五分五分と言った所だ。予想だが狩人は臭いを消している。全くの不利だった。

 全身に鳥肌がたった。寒気がしたわけでは無い、状況の困難さに俺の闘志が全身を震わせたのだ。熱い。毛穴から蒸気が沸き立つようだった。俺は鼻から清潔な森の空気を吸い、冷気で毛穴を落ち着かせた。

 俺は日本語で話した。

「ナユキたちは半分にわかれろ」

「あいつ以外にも吸血鬼はいるかも知れませんが」

 戦力を半数にわけるのは不利では? ということだろう。

「今の状況から考えると、いないとも思えるが」

「時間が経過していますから」

 狩人の弓矢に釘付けにされた後、他の吸血鬼たちからの攻撃にはあわなかった。それを考えると、戦力を半分に分けて戦うことは間違いないだろう。

 だが、状況は刻一刻と変化する。

 吸血鬼たちは増援するかもしれない。

 だが、幸運の女神は前髪しかないのだ

 決断するのは誰でもできる。だが決断だけでは人の気持ちは動かない、言葉の説得力は裏打ちされた背景により増すのだ。不動の意志、神速の思考、即時の判断、絶対の勝利、多くの要素を積み重ねることで英雄は誕生する。

 裏打ちされた背景を持たない言葉は無能の証拠でもある。

「判断はできんな」

「……はい」

 俺が警戒しているのはナイを支配して操った吸血鬼の存在だ。

「まあ、やるしかないな」

「そうですね」

 数少ない情報から戦わなければいけないこともある。こうして俺達は多くの命を散らすのだろう。

 俺は矢に射殺されたナユキの仲間に触れた。肉体の中身が血と一緒に爆ぜている。俺は指先で血を触り、眼の下の皮膚に塗りつけた。

「すまないな。必ず……俺は報いる」

 血の臭いがつくだろう。

 それは存在の証明になる。

 死が存在の証明になるのは、死者に慰めになるだろうか。




 聞いたことの無い言語の会話が終わり、下手くそな歌が聴こえた。単純な手だが、音で音を掻き消そうとしている。しばらく聴こえた後に、音の発信地から気配が消えた。

 ……風下の取り合いになるだろうか。

 俺は根雪を掴んで口に含んだ。口から漏れでる息が白くなり、目印となるのを避けるためだ。相手も木片を噛んだり、同じ様に雪を咥えて息を殺していたりしている。俺は音をたてずに移動して、風下を目指した。吸血鬼の眼は夜を見通して、五感は人間を超越していた。だから風上から流れてくる排泄物の臭いに辟易とした。

 大きな存在で、小さな存在を消そうとしている。やり方は単純だが、効果的な手段だった。排泄物の臭いだけではなく、血や死臭すら漂ってくる。吸血鬼の死体を解体して、各地に点々と配置しているのだろう。

 怒りは沸いてこなかった。

 他の吸血鬼たちは自分たちの仲間の死体を回収することもしなかった。俺の妹のベロニカもすでに離脱している。俺は一人だった。このまま逃げることもできるが、戦ってみたかった。自分の力を試してみたかった。

 持て余した力を、思うままに暴れさせたかったのだ。

 俺は強弓をつがえて、排泄物の臭いのするほうへ構えた。

 少しでも頭が出たら射殺す。

 突如痛みが襲ってきた。左の太腿が撃ち抜かれた。転ぶように地面に伏せ、銃弾が飛んできた方へ矢を放った。矢は枝葉を貫きながら、一直線に死を運んでいった。

 手応えは無かった。

 大きな銃を持っていた子どもがいた。いつのまにか銃を持ってきたか分からなかったが、子どもが風下に回り込み、俺を撃ち抜いたのだろう。俺は銃弾の傷を検めて、死に至らないことを確認した。徐々に傷も治ろうとしている。素晴らしい肉体だった。

 射手は惜しいことをしたものだ。

 風の観測を読みきれなかったのだろう。彼我の間に獣道があり、そこは驚くほどに風が通っていた。他にも風の道はあり、風を読みきらなければ飛び道具は無用の長物と化す……。

 しかし……挟み撃ちか。

 絶対的に不利だ。

 逃走経路は西のみ、北からは臭いを放ちながら近づくもの、南からは射手が来ていた。東側を索敵、西側も索敵、東側は先ほど歌が聞こえていた場所だが気配は無い――だが何となく怪しい気がする。勘が俺に告げている。西側からは何故か死臭がかすかに漂ってくる。

 すでに回り込まれていたのか?

 ……いや、違うな。西側の死臭は死体の一部を放り投げれば済む事だ。相手もこちらの嗅覚の良さを分かりすぎるほど分かっているから偽装だろう。念のためにもう一度確認してから、東側へ行こうかと思案した。

 駄目だ。

 東側には罠がある可能性がある。

 では、西か。

 ……逃げるのか。

 逃げるべきなのか。

 俺は暴れるために此処に来たのではなかったのか。

 そうだ。

 それならば。

 俺は治りかけている傷口をみた。

 南だ。

 俺に傷をつけたことを後悔させる。




 一つの獣が向ってきている。

 吸血鬼と言う名の狂おしい存在だ。

 風下にいると、心地よい匂いを感じた。

 戦いの匂いと、祖の匂いだった。

 お前は俺の弟だったのだな。

 同じ女に導かれ、弓と銃で相対するとは、何かの縁を感じた。

 風は完全に読み切れなかった。試し撃ちで銃の精度を確かめたのもあるが、それでも太腿に当ててしまったのは舌打ち物だった。すでに微粒機械ナノマシンで銃の気になったところは直した。これでも完全とはいえないだろう。

 頭を撃ち抜く……。

 それには何が必要だ。

 状況、技術、銃の質……そして圧倒的な殺意だ。

 包み込んで倒そうと思ったが、その前に俺と狩人の一騎打ちとなりそうだった。ナユキは北側から大きく回りこみ、東からは存在を消しながら近づく、俺は単独で南の風下から援護射撃をするつもりだった。囲まれたと気付けば西側に逃げるはずだった。三面包囲を行い、逃げ一辺倒になったときに一気に攻勢をかけるはずだった。

 だが、こちらへ来た。

 本能的なものか知らないが、西側へ逃げるよりも判断は良かった。だが、北側か東側へ何故行かなかったかと考えると、闘志が沸いてきた。

 俺のことを弱いと思っているのだろうか。

 子どもが銃をお遊びで撃っているとでも思っているのだろうか。

 後悔させてやるぞ。

 無能が。

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