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第126話 戦塵

 豚亜人オークのブラムが騎馬民族から買い上げた馬は良質で、悪意のある商人から駄馬を買い上げることも少なかった。駄馬は農耕用にして、良質な馬たちは大陸各地に散らばらせた。馬は有益な移動手段だ。運送、郵便に従事させて、早くも既存の商人達を四苦八苦させていた。さらに宿屋等も大陸各地に散らばらせることで、濃密な情報網を作り上げた。一つの手段だけでは潰されやすい、色々な形で浸透させることで強力な情報網となりつつある。働いている者たちの多くは地元住民で、土着しており新しい仕事場として成り立ちつつあった。

 蜘蛛の巣のように隅々と、帝国を絡め取るように、雨水が大地を浸食するように、慎重に速やかに埋没した。そのうち海運業も行う予定のようで、国を作り上げていると言うより、大企業を作って稼いでいるような感じだ。

 その為、移動手段は楽で、泊まる所も不自由しなかった。下地が出来上がりつつあるため、私たちの情報収集も比較的早く済んだ。レッドが魔女に育てられたと言う孤児院を見つけるのに一苦労した。だが、情報網が整っていたので、それは楽な方だったのだろう。レッドは子供のときだったので孤児院の位置を把握しておらず、それらしき館を見つけるのは不可能かと思われていた。

 だが、見つけた。

 大陸各地に散らばっていた忍者達を集めて、即席の小隊を作った。二十名ほど。ほとんどは私も知っている連中で、知らないのは後から仲間に入った奴等だった。

「アンタもいくの?」

 こくん、と頷いたのは、魔女の愛人と化していた男の子だ。

 随分と可愛がられているようで、それを愛情と取るか、虐めと取るかは人それぞれだ。だけど大将とか、他にも上に立つ連中が気にかけているのは強くなろうとする者には幸運だ。それを分かっているのか、男の子は毒気が徐々に抜かれつつあった。

 それに動きが良かった。

 私たちが闘争する時には追いつけないだろうが、馬で移動する時は足を引っ張らなかった。まだ幼いため戦うのは難しいだろうが、死の闘争を見せることが目的なのだろう。

 それで死んでも構わないのか?

 構わないのだろう。

 老成した死生観を持っているのだろうか?

 死も生も皮一枚の出来事ということを知っているのだろうか?

 ……本人も承諾して此処に居るのだ。

 死に招かれる寸前まで、死地に入り鍛え続けるつもりなのだろう。

 そして最果てに復讐が待っている。

 だが、それで良いのか?

 復讐を望む心は分かるが、その為だけに生きるのは……。

 色々考えたが迷宮に入りそうだった。これ以上考えると、さらなる思考の深みに入ってしまうだろう。だが考えは戦いに不要だった。強風に曝されるように思考を飛ばす。そうしてクリアになり、私は静かな闘いに臨む事にした。

「大将たちは元気?」

「うん」

 馬を並べながら話しかけたが、返事は素っ気無いものだった。

 大将がフィオナの体に入ってから数ヶ月が経過しようとしている。当初は苛烈さが現れていたけど、周りの仲間たちが東方王の発言を代弁して、それを大将が諌めて微妙に修正する――というパターンを確立した。これによって大将は慈悲深い王だと噂されている。

 そういうやり方があるか――という感想だ。

 人狼のギルが最初やり出した事だ。皆が嫌がることを率先してやろうとして、要らない不興も買っているだろう。夫婦仲が良かったそうだけど、男の子の扱いに関して真っ向から対立しているそうで、わざとやっているとしたら不憫だった。

 私は男の子と会話するのを止めて、昔からの仲間と雑談をした。

 歩いて、歩いて、早咲きの梅を見つけた。

「春の気配がしますね」

 昔からの仲間が言った。口下手が多い中で多弁だった。

「うん」

 私の周りには昔からの仲間が集まっていた。冗談で忍者を自称しているけど、集まっている連中の実力は相当だ。この世に生まれてから虐げられ続け、性を食いものにされて来た仲間だ。大人になれば歯向かうことを恐れられ、幼い頃から強靭な拘束具をつけられて育った。手首や足首に大きな痣が残っている。その中でも私の境遇は酷い物だ。全身を狂気の暴力が襲い、傷跡を縫い上げた痕は一生残るだろう。

 だが、私たちは自由になった。

 そして、強くなった。

 今では復讐することも可能だろう。

 だが、それには時間がかかる。長ければ数年かかるかもしれない、それならば別のことをしたかった。別のことをすれば私以外の誰かが救われることもあるだろう。胸奥に火が燻るようだが、今はそれで良かった。

 運命があるならば、必ず復讐は執行されるだろう。

 世界とはそういう風に出来ている。

 男の子の復讐もそういうものになるだろう。

「燃えたようですね」

「大将の村だ」

 執行官のミナがここで大将を育てたそうだ。大将は育ての親を殺したが、お互い憎しみ合った末ではない、愛が愛する人々を殺し合わせることもある。

 燃えた後に雑草が生え、人間は植物へと循環した。後数年を経過すれば、もはや痕すら消えてしまうかもしれない、人々がいなくなっても記録は残るが、小さな村は記録に残す必要は無いだろう。

 誰かの従者の小さい子が火事の痕を眺めていた。

「行こう」

 この子も頷いた。

 もしかしたら火事を経験したことがあるのかも知れない。私たちは仲間ではあるけど、全ての経験を共有している訳では無い、慰める言葉はなく忘却が友だった。

 馬を休ませながら、魔女の孤児院を探した。偶然だが大将の村に近いところにあるそうだ。少ない人数だから馬の損耗は少なかったが、何かに追われている感覚があった。

「吸血鬼でしょうか?」

「かもね」

「策は?」

「お互いに無し」

 私たちが魔女の孤児院を探しているのに勘付き、吸血鬼たちは私達を影から追い続けていた。それは分かっていたので、何度も殺したが、不老不死の化物は執拗で、こちらの被害も出ていた。

「我々が死んでも歴史には残りませんね」

「影だからね」

 私たちは裏の生物だった。影に生まれ、影に生き、影で生を終える。

「嫌なの?」

「清々します」

 私は笑ってしまった。

「やっと着いたか」

 お化け屋敷でももっとマシだろう。薄汚く、蔦が壁を覆い、窓硝子が砕け散っていた。館に入ると、廊下に白骨したいが転がっていた。獣の牙の痕があり、しゃぶり尽くされていた。フランケンシュタインとしては肉体をぎした魔女に親近感が沸く――はずが無かった。お互いを裸にして見比べれば似通っているかも知れないけど、私の体は人工的に作られた肉体だった。

 同じに見えるかも知れないけど、私は魔女とは違う。

「ありました。日記です」

 子供の頃のレッドが読んだという本だった。読む前に、他にも情報が無いか探した。情報を詳しく考察する前に、この場から離れることにした。もうすぐ夜がやってくる。夜は吸血鬼たちの時間だ。


 私たちも負けるつもりは無かった。吸血鬼たちに襲われた瞬間に、口に木片を噛んで言葉を殺して、手で会話しながら次々に殺した。銀が胸を貫き、どちらが化物か分からなかっただろう。夜が吸血鬼の時間ならば、山岳戦は私たちのもっとも得意とする戦いだ。

 特に私の能力の『魅了チャーム』を使った一気呵成の攻撃は一つの生き物のように思えただろう。その為、奴が出るまで一方的な殺戮となった。

 反撃は一つの矢だった。

 手で会話していたが、その手に矢が突き刺さり、人体が後方の木に串刺しになった。眼を疑うような光景だった。たかが矢で人間の体が車に激突されたように飛んだのだ。その後は悲惨だった。胸と顔に矢が吸い込まれて、衝撃で木がへし折れた。

 私たちは動けなくなった。

 数時間して、這いつくばりながら慎重に動こうと思ったが、もう一人射殺されてしまった。多弁だった仲間だ。脳漿が頬にかかった時、久し振りに復讐の熱狂が訪れた。

 過去を克服しようと、他人の復讐を諌めようとも、今の怒りは抑えられるものではなかった。大将の村で焼け跡を見つめていた子が手で後退するように伝えてきた。身振り手振りで移動する位置を教えてくれて、私たちは訝しがりながらもその通りに動くと見事に矢は飛んでこなかった。最後にその子が後退してきて、背中に見たことの無いものを担いでいた。

 いや、あるにはあるが……。

 そもそもそんなもの持っていた?

 って言うか……。

 手で「……なんでここにいるんですか?」と言った。

 伝わるかは分からないけど、先ほどの手の動きで完全に習得していると分かった。

「部下愛」案の定、手で返してきた。

 いやん、優しい……って、違う!

「本当は?」

「昔住んでいた村が見たくてね」

 と言うわけで、大将参上だ。

「で、それは?」

「時間がかかったけど、さっきの時間で作った」

 ……ボルトアクション、照準器も付けてあり、銃身が長かった。装飾の年代は古めだが狙撃銃だろう。微粒機械ナノマシンを多少使えるとは聞いたけど、まさかこんな代物を作るとは思わなかった。

「さーて、反撃と行こうか」

 大将が腹ばいになり、照準器で索敵を始めた。腹ばいになると、尻が無防備だった。

 ……我慢できない。

 ぺろーん。

「きゃっ!」ギロッと睨まれて、股間を思いっきり殴りあげられた。

 ……ついでに強弓も跳んできて、私の後頭部を掠めた。転ぶように地面に伏せると、大将が腹ばいになって近づき、脇腹を思いっきり殴った。

「きゃっ……なんて可愛い」

「今は女なんだよ! ぼけっ!」

 ふざけながらも、これで助かったと安心した。

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