第124話 背負う
生きている時は駄馬だったが、革になると着心地の良い外套になった。インディゴブルーのジーンズを履いて、馬革のジャケットを着ると現代風の服装に見える。革製の長靴も格好に馴染んでいる。付けホクロ――蝿と呼ばれた悪しきアクセサリーも用意した。黄色に染色した革を星型にして、左頬に付けた。少し伸びた髪は後ろで結って、銃のホルスターを腰帯に固定した。ブラック&ホワイトに合うように銃弾を作り、腰袋に入れているので、急に戦闘が起きても対応ができるだろう。
とにかく……肉体が弱過ぎる。
男の子を捻じ伏せて圧倒はできたが、相手が武術を学んだ者になると難しくなる。だが近接戦闘での話だ。そこまで近づかれない戦い方をすれば良いのだが、色んな可能性を考えるべきだった。都合の良いことばかりが未来に続いていると考えるのは止した方が良かった。
「純潔王……調練の成果を見ますか?」
ガノンは男の子を鍛え抜いていたが、守備隊長なので部下たちの調練も行っていた。暗殺者として生きてきたが、どうやら武術面に関して他人に教えることが得意だったようだ。痣を作り、大怪我をしながら、男の子は順調に成長していた。悪が体内から溢れ出して、自家中毒のように本人を蝕んでいた。言葉数が増え、礼儀も学び始めていたが――ちょっとした事件が起きた。
「男の子に乱暴されそうになりました」
眼を美しく輝かせたのはハロハルハラだった。
「嬉しいのか?」
「まあ、女として自信がつきました」
……そんなので自信をつけんな。馬鹿。
ハロハルハラは嬉しそうだが、猛烈な反抗をしたようで、男の子は血反吐に塗れて血に伏せっていた。襲う相手の瀬踏みもできないのか。俺は頭を爪先で小突くと、さらに真っ黒な血を吐いた。血が熟したように黒くなり、臭いも酷いものだった。内側に溜まった邪悪な膿が抜けるようだった。
「ここには俺の妻もいるんだ。次に変なことをしようとしたら殺すぞ」
男の目は赫々と輝き、俺に殺気を放っていた。
「純潔王たる者の噂とは違った振る舞いだな」
人狼のギルが鎧を着込んだまま歩いてきた。隣には妻のリンがいる。
「これはこれはシェリダンを倒す大役をしたのに、助けに入るタイミング良過ぎて、ご都合主義に思えてきたから、作者がシェリダンを倒すところを書くのを止めたお二人ではないですか」
ついでにチョクチョク存在を忘れる。
「俺の晴れ舞台が……」
人狼のギルは歩兵の調練を徹底しており、シェリダンの軍勢を破った。一筋縄ではいかなかったようだが、兵隊の質の高さで勝機を掴み取り、単独戦力では敵わない大敵を倒した。シェリダンの強さを考えると不思議なことのように思えたが、彼女は軍隊を率いる素質が無いのかも知れなかった。一敗地に塗れたからと言って資質を問うことはできないだろうが、現時点で結論を下すとそういうことになる。
「大人が寄って集って」
毒女のリンが男の子を抱き寄せて、頬にこびり付いた血を拭った。
「可哀想ですよ」
「私もそれに賛成です」
女二人が男の子を擁護した。
「お前ら……そいつを擁護するのは止めろ」俺が二の句を告げようとすると、夫のギルが後を次いだ。ギルが俺の近くにいるときに、しばしば俺の発言を代弁しようとする。おそらく純潔王が峻烈な言葉を吐くのを防ぎ、自分が汚れ役を買おうとしているのだろう。部下が激しい言葉を吐き、純潔王が諌めることで情に厚い王と言うことを知らしめようとしているようだ。ギルには純潔王の中に俺がいることを告げてはいないが、もしかしたら勘付いているのかも知れなかった。ここまで軍を率いて来たので、部下にも間諜の達人がいるのかもしれない。
「人間にはそれぞれに成長の道がある。このガキは死地に入り、悪を全て吐き出さなければならないのだ。俺たちにはそれを止めることはできない」
「それでも」
「俺の調練の激しさを知っているだろ?」
ギルの調練は激しかった。ハロハルハラは根底に優しさがあり調練を行うが、ギルの調練は実戦ですぐに死ぬ者たちを篩い分けるように行う。調練の時は兵隊たちから恨まれているが、実戦になると異常なまでに実力を発揮する。実戦での歴戦が尊敬を生み、類まれな軍人となった。
「大人が死ぬのは構わないが、子供が死ぬのは構うのか」
「それは同列には扱えません」
夫婦喧嘩の様相になってきて、ハロハルハラも俺も間に入れなかった。
「未来を生きるために、現在を苦しむのだ」
「……この子には親の愛情が必要だと思いませんか。未来を生きるために、愛情を知るべきではないですか」
体液が毒と化している宿命的な能力は別の資質を引き出した。毒と薬は切っても切れない関係にある。ギルの軍隊には医者がいるそうで、助手として働くことで薬学の才能を開花させた。軟膏を取り出して、傷口にたっぷりと塗ってあげた。
「育てるのか?」
「調練は今まで通りにさせます。ですが、それ以外では私に預からせてください」
視線は俺に向けられていた。悪役になりそうなガノンも助けを求める眼を向けている。俺は中庭に建立した祠の横に座った。この祠の中を測量の水準原点と三角原点としている。ここから測量を始めることで、大きな地図を作るのに整合性を保つことができる。
「……任せるよ。生きるには愛も必要だからね」
リンは男の子をおぶって、傷が痛まないようにゆっくりと歩いた。
男の子をリンに任せて、俺は街中へ出て行こうとすると、仕立て屋の女に肩を掴まれた。
「それで出て行こうと言うのですか?」
「……駄目?」
「そんな奇抜な格好はいけません」
仕立て屋の名前はミユキと言い、従者に猫人族がいて、現代の服装を次々と実現させていた。それでもジャケットにジーンズと言う格好は許せないようだった。俺は動きを止めていたが、これは俺の意思ではなくミユキの力だった。指先から細い糸が伸びていて俺を縛った。糸は自らの髪を使って作ったものだそうだ。強靭な力で相手を縛り付けるが、本人の力が能力に追いついていないので、簡単に小刀で切ってしまった。
「あっ、待ってください」
待ちませんがな。
しばらくの追いかけっこ……。
「あっ、レッド様。フィオナ様はどこに」
レッドが廊下の先を指差すと、ミユキと猫人族は走っていった。
「行った?」
「行ったよ」
俺はレッドのスカートの中に隠れていた。
「子供じゃないんだから」
「分かっているんだが」
純潔王として生きるなら民の前では大人しい格好をするべきだった。
だが、動き辛いんだよな……。
「分かっているなら、して」
「はいはい……と。そうだ。準備ができたらだけど、レッドが魔女と過ごした館を調査しに行く事にした」
「……うん」
レッドは魔女が光りを求めていることを館に残した本から知ったそうだ。魔女が持ち出さなかったのは、身体を変えて記憶が定かではなかったからだろう。もしかしたら後から持ち出したかもしれないが、行ってみる価値はあるだろう。
「一緒に行くか?」
「考えておく」
レッドが考えながら先を歩いた。
俺は背中を見ていた。
歩いて来ないので、レッドは俺を振り返った。
「どうしたの?」
俺は周りを見渡した。
「お願いがあるんだが」
「……何?」
「……おんぶして」
男の子がおんぶされているのを見て、童心が蘇ったようだ。
「良いよ」
俺は背中に飛びつくと、レッドは軽々とおんぶしてくれた。
鼻歌混じりで廊下をてくてくと歩き、揺り籠のような震動が伝わった。
「一人で行くなよ」
「……」レッドは無言だった。
魔女との関係を話してから様子が変になっていた。もしかしたら一人で魔女と対決したいのかも知れなかった。
「夫婦なんだから」
俺はその後も何か言った様だけど、気付いたら眠っていた。




