第121話 灰雪
夜を支配する吸血鬼たちが舞った。その両目は闇を見通せて、嗅覚は下着に沁みこんだ残尿すら逃さない、他の生物を寄せ付けない類稀な身体能力は百獣の王に匹敵するものだった。
だが――。
「逃がすか」
積石造の壁を蹴り、美少女が闇夜を切り裂いた。片手で猟刀を持ち、もう片方の手で吸血鬼の頭を鷲掴みにしていた。私は一息で心臓を串刺にして、吸血鬼を灰と化した。吸血鬼対策として聖別された銀による作られた刀である。並の吸血鬼では即死に値する一撃だ。灰を身体で飛ばしながら、反転して追撃してきた吸血鬼を蹴り落とした。落ちた吸血鬼に仲間たちが殺到して何度も槌で叩きつけられた。露出した心臓に片腕の男が止め刺しをした。大将を暗殺しようとした男だ――ガノン。無口な男はやる気のない動きをしていたが、一旦殺戮の場に向うと恐ろしいまでに働いた。大将がガノンを守備隊の隊長に命じた時は焦ったが、今回の吸血鬼の侵入を辛うじて防げたのはガノンのお陰だった。それでも大将がナイと融合したまま眠っている部屋まで侵入された。気配を断ったまま何日も部屋の隅で警戒していたガノンの粘り勝ちだった。ガノンは侵入してきた吸血鬼を真っ二つに斬り落として、笛を吹いて城内全員を叩き起こした。
やはり吸血鬼は恐ろしい、厳重に警戒しようと侵入を軽々と行ってしまう。だが、全力の反撃は予想していなかっただろう。吸血鬼たちは一斉に逃げ出したが、次々に殺戮されていった。
笛を使い、配下に指示して、空中を飛んでいた吸血鬼に弓矢で狙った。風を切り裂いさいたが、吸血鬼は落ちなかった。Blam! 銃声がして、吸血鬼が街道に落ちていった。闇から小さな影が現れて、落ちてきた吸血鬼が二度撃たれた。それは三度心臓を貫いていたが、吸血鬼は死ななかった。並の吸血鬼では無い、もしかしたら暗殺を指揮している男かも知れなかった。撃たれた吸血鬼は狙撃手に向けて滑空した。小さな影は繁みに姿を隠して、瞬時に反対側から出て石を投げた。石は額で砕けて吸血鬼が唸っていると、小さな影は飛び上がり目玉に膝蹴りを食らわした。
「ちぃっ」
痛みで悲鳴をあげたのは小さな影だった。
「ガキがっ」
少女は後転しながら吸血鬼の腕を避けて、下から上へ銃弾を撃った。それでも倒れない。吸血鬼は殴りかかってきたが、少女は腕を取り地面に吸血鬼を叩きつけ、動けなくなったところで背骨に肘を叩きつけ、短刀を取り出して片方の翼を根元から切り取った。それでも動く。吸血鬼は爪を少女に叩きつけて飛ばして、少女は受身を取って立ち上がるところを噛み殺そうとした。背中から地面に銀の猟刀が貫き灰となった。
大将が銀の短刀を取り出そうとしているところだった。
「大丈夫ですか」
「いや」フィオナの姿になった大将は苦い表情となった。「危なかった」
「まだ体にも慣れていないんだから無茶ですよ」
「子供の身体だからな。力負けするな」
闇夜を吸血鬼の灰が舞う。髪の毛に化粧され粉雪のようだ。
「驕り高き者たちの末路かな」
吸血鬼たちは自分たちの能力を過信して単純な力押しをしてきた。
「だが力だけでは世界は動かん」
非力な肉体に宿りし強者の魂が熱く燃え上がろうとしている。
闇夜を飛ぶ配下に身振り手振りで指示してさらに追撃を強めた。この人数での衝突ならば負ける気がしなかった。何人か捕らえることも出来るだろう。
「久し振りに痛感したよ」
「何がですか?」
「仲間が必要な理由をな。俺達は一人では弱い過ぎるから仲間が必要なのだ。だが己が優れていると過信してしまうと、己だけは弱くないと思ってしまう。だが色々な事をするのには多くの仲間が必要だ。どんなに凄い者でも他人がいないと強くなれない」
「ほー、大将とは思わない発言」
私はサッと身構えたが大将は攻撃してこなかった。
「頼りにしているぞ」
ポンと頭を撫でられた。
「……おや?」
光が制限された監獄に吸血鬼が投獄されていた。銀の鎖で縛り付けられて、両腕両足を折られて、銀の棒で刺されて固定されている。尋問は夢に潜入することのできるタイトスが行っていた。得体の知れない男だがその能力は貴重な物だった。
「調子はどうですか」
「あと少しですね」
起きている間は尋問の繰り返しで、寝ているときは消耗した精神に侵入する。尋問が軽いと他の連中から言われているが、寝ている間も精神体を攻め続けているので吸血鬼たちは予想以上に疲労していた。このまま続けは俺を無効化した吸血鬼の名が判明するだろう。
「最初に私に報告してください」
「当然ですが」
タイトスに関しては最初から警戒していた。だが昔の経歴を調べようとしても怪しいところが見つからず、逆にそれが怪しいといった結論に至っている。あまりにも理路整然とし過ぎている。もしかしたら事情を知っている連中の話も偽装されているのかも知れなかった。怪しいと思うと果てし無く怪しくなるが、怪しいものには怪しいなりの使い方がある。もしも他国のスパイだとしても意図的に情報を流せば良いのだ。使い道は幾らでもあるだろう。
「母親はお元気ですか?」
「多少ボケが進んでいるだけで体調は良いです」
「そうですか。この仕事が終わったら長く休みを取ってください。ほとんど帰っていないのでしょう」
タイトスが気の無い返事をした。
「ところで……純潔王」
タイトスには俺がこの身体を使っている経緯を話していなかった。わざわざ教える必要の無い情報だった。どこかの国のスパイとなると俺の死体を徹底的に狙う可能性もあったからだ。
「なに?」
「この国の本当の王は純潔王なのですか。それとも東方王なのですか」
「ただの渾名ね。王といっても王では無いわ」
「……と言いますと?」
「ただの代表よ。私が死ねば、選ばれた人が代表になれば良い」
タイトスの尋問の結果、一人の名前が浮かび上がった。
「ベロニカ……という吸血鬼がナイを配下にして東方王を襲わせた吸血鬼のようですね」
「目的はプレスター様の暗殺だけ?」
ハロハルハラが言った。
「いいえ。吸血鬼たちが狙っていたのは、『闇』ですね。その作戦途中で一人の吸血鬼が単独行動を行って東方王を狙ったそうです。ただ突発的な行動では無いでしょうね。ナイを使うにしても侵入しなければいけないわけですから」
「闇……」
「ええ、ある女がこの国に来て『闇』の座標を手に入れたそうで吸血鬼たちもそれを狙ったそうです」
「魔女のことかな……」
タイトスがチラリとレッドを見た。
……なんだ?
「吸血鬼たちは永久の闇を手に入れて闇の世界を作ろうとしたようです。またこの国に侵入すると同時に女も狙っているようですが、いまだに足跡を掴めていないそうです」
タイトスは話を終えた。
「彼女はいまだに闇を狙っているんだね」
レッドが呟いた。
「魔女のこと?」
「魔女か……たしかに魔女かも知れないね。リタ……彼女はもういない」
両眼が充血していた。




