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第120話 鬼の器

「殺人生物か……」

 魔王の言葉は心底腹立つ物だった。人間だって他人を虐げ、間接的に殺して生きる。吸血鬼は直接手をくだして生きる。吸血鬼には血が必要なのだ。血を得るために、凶暴であり超越した身体能力を持つ、暴力衝動が人一倍強いのも生物的な特長だ。

 俺は鏡を見て、気合を入れて像を映して、己の肉体を観察した。

 これが俺の器か……誰にも負けない肉体だが、所詮は鬼なのだろう。器量と言う言葉は亜細亜アジア圏内でよく使われる言葉だ。西洋では器量は重要視されていなかった。だが器と言う言葉が俺を蝕んでいた。魔王の発言から考えると、魔王は俺と近いものがある気がする。だが、それでも国の第一人者として成功している。それでも――俺は俺に足りないものを感じていた。それは地球にいた頃に必然的に失敗した国家経営によるものかも知れなかった。一度失敗した者が、成長することが無い能力に失敗の原因を求めているのかも知れない。

「憂鬱だな」

 忍び足をして俺を脅かそうとしていたレッドに話し掛けた。

「あれ……気付いた?」

「ワクワクしている心臓音が聞こえる」

「ふーん」

 指で懐中時計を弄んでいる。金鎖が鳴る音の狭間に、不穏な音が聞こえてきた気がした。耳を澄まして、窓を開けたが、寒気にクシャミが出たので直ぐに閉めた。

「どうしたの?」

「何かが……」

 フィオナの遺体が戻ってきてから、警護を再考して厳重にした。ナユキの配下が屋根の上で陰に潜んでいる。警備の者たちの物音かも知れなかった。

「寝るか……」

「そうだね」

 ベッドの中に寄り添って、お互いを温めるように寝た。

「プーちゃん。実は話したいことがあるんだけど」

「光の能力のこと?」

 俺はその事を一度も質問していなかった。

「うん……色々怖かったんだけど、私の過去を全部……」

 レッドの声が止まった。

 いや……体の動きが固まった。

 俺は鈍くなる動きを破るようにレッドを突き飛ばして、呼吸を止めたままその場で飛び上がり、空中で侵入者を蹴り飛ばした。空を走った。

「誰だ?」

 完全なる後手……俺の肺が酸素を求めている。

「ナイ……」

 国盗りを終えた後に、ナイは地下室に幽閉して、数百の剣で串刺にしていた。息の根を止める寸前まで追い詰め、永劫に閉じ込めておこうとしていた。

「逃げろ……」

 微粒機械ナノマシンが蠢き、俺の体の穴から内部に侵入しようとしてきた。俺は肉体を霧散させて血の霧と化そうとしたが、祖が離れてからの身体では不可能だった。

 俺は窓を突き破り、頭から庭に落下して、骨が砕けようとも走った。ナイが俺を追撃して飛んで来る。警護が異変に気付き、闇を飛刀が煌いた。ナイの両眼が俺を捕らえ続けている。それは吸血鬼の眼と同じものだった。

「吸血鬼に支配されたか」

 俺との闘争の時には使わなかった手だ。おそらく自らの力の限界を超えているのだろう。自らの血を流すように苦しい息遣いが聞こえた。

「お前が居なければ……姫殿下は……」

 微粒機械ナノマシンが俺の脳を犯した。

 その途端に思考が停止した。



 都市が死んだように沈黙している。それは大雪のせいではなく、東方王の沈黙によるものだった。純潔王に続いて、代行と思われていた東方王まで襲われて、原因不明の意識不明状態となっていた。代行代行としてハロハルハラが指揮をしているが、多種族で構成されていた国はそれぞれが主張を始めてバラバラになろうとしていた。ハロハルハラは器はあるが、苛烈さが足りなく、舐められているところがあるのだろう。

 俺は石鹸を泡立てて、体に染み付いた臭いを洗い落としていた。股を丹念に洗い、爪と肉の間を綺麗にして、耳と鼻穴も掻きだすように綺麗にした。髪も泡立てて洗い、虫を流した。香油を振り掛けて、髪を匂いたたせて鼻腔に清涼感を入れた。

 俺は物色した服の大きさを着試して、短いスカートと同色のブレザーを着て、青のリボンで飾った。革靴を履き、カツカツと音をたてながら東方王が眠っている部屋まで行った。

 奇怪だった。

 東方王の身体の半分は肥大化して、溶けた溶岩のようになっていた。。微粒機械ナノマシンが身体に侵入して、意識を抑えようとしているのだろう。だが、それは中途半端な物となっていた。俺は短刀を取り出して、手首を切った。鮮血が落ちて、俺は掌で器を作り、変形したナイの口に注ぎ込んだ。吸血鬼の支配権を奪おうとしたが、東方王の吸血鬼の機能が停止しているためだろう。変化は全く無かった。

「参ったな」

 俺は東方王の首から懐中時計を奪って、自分の首にかけた。

 鏡を見て、自分の姿を観察した。耳が尖り、美しい少女は女生徒のような清潔感に溢れている。胸元に輝く時計が怪しげな雰囲気を湛えている。



「これからどうしましょうか」

 ハロハルハラが途方に暮れたような顔になっていた。

「ナユキの部下たちが追っているんでしょ。犯人ももうすぐ分かるよ」

 レッドの両目は真っ赤になっていた。

 動揺するのが珍しく、少しは慰められた。

「まだ推測に過ぎないんですが……」

 ナユキが言葉を続ける前に、俺は扉を開けて部下たちの前に姿を現れた。

「犯人は吸血鬼だよ」

 幼い声が大広場で響いた。

「どれほどの力量かは分からないけど、ナイは吸血鬼に支配されているから、東方王を元に戻すには吸血鬼を殺すしかないね」

 一瞬の沈黙の後に、ざわめきが広場を包み込んだ。

 俺は子供のような口調にして、この場を治めることした。

「純潔王……」

「亡くなったはずでは……」

 俺はそれに答えずに、当然の如く玉座に座った。

「ハロ。ご苦労」

 ハロハルハラはその呼び方で、フィオナが俺だと分かったようだ。俺はナイに侵入されたが、辛うじて支配権を五分五分にした。そしてナイを説得して、この状況から逃れるために共闘することにした。俺達は互いに雁字搦めにされたのだ。それから逃れるためには、俺は外部の人間を動かすしかなかった。

 ふと思いついたのがフィオナだった。

 彼女の肉体を微粒機械で修復して、肉体的には完全に回復させた。微粒機械で連結させて、俺は彼女の身体に宿ることに成功した。

 時間はかかったがフィオナになりたかった。

 それは器の問題を解決させるのに必要だと思ったからだ。

「さて……」

 俺はナユキをブッ飛ばしたかったが、部下たちの眼もあるし、肉体も弱いから我慢した。

「東方王を助けようか」



 俺はフィオナの姿のままで色々な指示を出した。フィオナの物真似をして柔らかな印象で告げたが、フィオナを信仰していた者たちは涙を流しながら聞いてくれた。

 俺が解放されたのは夜遅くだった。

「いやー、今回は終わったと思いましたよ」

「心配させたな。ハロ」

「しかし、ゴキブリみたいな生命力ですね」

「吸血鬼だからな」

 レッドは俺を抱っこして離してくれなかった。幼いフィオナの姿なので、両足が地から離れたままだ。

「いやー、本当に良かったですね」

「おい、ナユキ。こっちへ来い。ぶん殴ってやるから」

「へっへーん。フィオナの姿じゃあ……」

 俺はレッドの腕から逃れて、隙をついて懐へ飛び込み、首を掴んでナユキを地面に倒した。近くの花瓶を握って、頭に叩きつけた。

「つ、強い」

「当たり前だ。体術の技量は変わらん」

「ごめんなさい」

 ナユキは土下座して謝った。

「警護を任せたのは俺の責任だ」

 実際、ナユキに仕事を任せすぎたのは反省していた。仕事量が多すぎて緻密な仕事を出来なかったのだろう。

「今後は責任を細分化することにしよう」

 レッドが俺をまた抱っこしてきた。

「ううっ……本当に死んだかと思った」

「悪かったな。心配させて」

 レッドも俺のことになると冷静ではいられなくなるようだった。

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