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第118話 外法

 緩い風が浜に痕を残している。絹のように美しく、海辺まで単一色で染まっていた。海の気配に馬が怯えたが、耳元で落ち着くように囁くと怯えが消えた。臆病な生き物だ。馬は波打ち際ですら怯えて暴れる――優秀な馬ですら震える。

「海だー」

 レッドが遠くで光る海面を眩しそうに見つめている。ユニコーンのバロンに乗っているため、身のこなしは堂々として優雅ですらあった。レッドとバロンなら馬具も着けずに御すことが出来るだろう。

 砂の匂いに、汐の薫りが溶け込んだ。

「海水浴したいね」

 今は冬である。

「我輩、死にたくない」

 バロンが俺の代わりに返事をしてくれた。

「寒中水泳だー」

 やだ……このやる気満々。

「大将も真っ裸ならお供します」

「なんでテメーが来ているんだ」

「ふえっ?」

 あざとい返事をしたのはナユキだった。馬の速度に並走している。自称忍者は伊達ではなく、情報網を築き、諜報戦の準備を着々と進めていた。お陰で帝国からの暗殺も減って助かっていた。

 が――コイツの性格は変わっていなかった。

「私の性的対象である大将の裸を見ようと……タイショウだけに」

 非常につまらん。

 あと俺を性的対象に見るな、気持ち悪い。

「おい、プーちゃんは私の夫だぞ」

「心の中は自由ですから」

 言っていることはカッコいいが、最低だった。

「変態」

「はい、その通りですけど、何か?」

「お前クビ。罪状はセクハラ」

「はい……えー! ちょまっ……ちょっ待てよっ!」

「やーい、クビだー」

「赤毛のブスより、ロリの美少女に好かれる方が良いですよ」

「誰がブスじゃあっ! 十分可愛いわっ!」

 俺の鉄拳がナユキの顎を浮かせた。

 妻を侮辱するのは許さん。

「愛の一撃……良いっ……」

「おい、丁稚奉公」

「忍者ですらない!」

「だから何で来てんだっての。質問に答えろ」

 ナユキが痛みのあまり鼻水を垂れ流していた。

「やだなー。念のためですよ。大将が殺されたら終わりですからね。将棋と同じ」

「不意打ちされてもダルシャンには負けん」

「いやいや、あの強さは半端無いですよ」

「ああ……」

 そう言えば、魔王軍への奇襲作戦の時にナユキも一緒に行っていた。

「だからってお前が防げんのかよ」

「もしも相手が謀っていた時は雑魚相手を一斉に魅了しますよ」

「人生之武人の男が謀るような真似はしないと思うが」

「そういう油断は禁物、一応国の第一人者ですから」

 一応ね……確かにその通りだろう。

「俺が代行と呼ばれているのは知っている」

「はあ……やっぱり気付いてしまいました? 頑張って鎮火しようとしていたんですが」

 噂が何処から流れるか分からないが、Eaterだったフィオナは再び復活すると噂されている。Eaterだった事態は秘匿されているが、俺たちが不老不死だった為か同じような存在と認識されているようだ。その推測は正しいかも知れない。屍人――Eaterのハロハルハラが復活したように、彼女も姿を変えて再び俺たちの前に現れるかもしれなかった。

 だが、それは確定された未来では無い。

 異世界に魂が漂流することだって考えられる。

 敵として現れる可能性だってある。

「俺は代行と呼ばれても良いが、問題は派閥が出来そうだと言う事だ」

「私もそれを危惧していて」

 真面目な顔をしているが鼻水を垂れ流したままだった。

「ただでさえ派閥が出来やすいのにな」

「種族数が多過ぎですからね。もう少し絞ったら良かったのに」

「それは駄目」レッドが口を出してきた。「住む人皆が安住できる場所を創るんだから、そんな種族数が多いなんて……大事の前の小事だよ」

 大事の前の小事――レッドは日本語で言った。

「おや?」

「上手く言えてる?」

「上手い上手い」

 海の気配が濃くなった。俺は馬から降り、死体を塩漬けにした樽を担いだ。徒歩で行くことで胆力を見せ付けようと思っていた。

「さて、ダルシャンに会いに行こうか」

「行ってら――」

「レッドもだ」

「私は古き友人では無いよ」

 手紙には古き友人へ――と書かれていた。

「来い」

「はーい」

 丁稚奉公が手を上げて、腕に腕を絡めてきたので避けてから、砂にバッグドロップした。

「そこで気絶していろ」

「良い技でした……」

 レッドが眼を細めて苦い表情を浮かべた。

「はよ」

 俺は無理に手を繋いだ。



 俺とダルシャンは軽く挨拶した。気になったのは隣にいる巨大な男だった。かなりの圧力の持ち主だ。脂肪で覆われているが、内側には筋肉があり、さらに魂は覇気で満ちている。黙ってこちらを見ている。殺気は無いが力強さを感じた。

 棺の中のフィオナを確認して、魔王の第二子を返した。

「少し待ってくれ」

 巨漢が樽の中身を確認して、何かを取り出した。

「あった。ハイヒール」

「親父殿、良かったね」

 ……親父殿? なるほど、これが魔王か。

「一応魔具だからな」

 魔具……ダルシャンの来ている甲冑も魔具とか言っていたな。

「あとはいらんな。馬鹿息子め」

 魔王は拳を打ち下ろして、樽の中に死体を粉砕して叩き入れた。

「海に捨てるか?」

「可哀想だから連れて行くよ」

 ダルシャンの連れのビィがドン引きしているが、そわそわとレッドと喋りたそうにしていた。一方のレッドは平然と見ている。

「で、俺と話したいことって何なんだ?」

「ああ、警告をしに来たんだ。俺たちは来年から帝国と戦争を開始する」

「ほう……」

「邪魔をするな」

 何故わざわざ俺に言う必要がある。

「見返りは?」

「あるはずが無いだろ」

 魔王が口出しした。

「逆に貢物を貰いたいくらいだ」

「ああ? 死体を返しただろ」

「返した? お前ら盗賊から奪ったのだ」

 俺は鼻で笑った。

「国と国の取引と思われたくないのか?」

「国が国と認められるには、他国の承認が必要だ。俺はお前ら山賊を認めない。ただ、言うことを聞くなら認めてやろう」

「戦争を静観していろと?」

「悪くないだろ。どうせ帝国はお前達を認めはしない」

「なるほど……」

 なんとなく言いたいことは分かった。

 国と認められなければ帝国とバルティカ国以外の小国も俺たちと対等な取引を行わない可能性があった。

 俺は手を後ろで組んで、魔王に近づいて睨みつけた。

「ほうほう」

 魔王も後ろに手を組んだ。

「なんだ?」

「いやー」

 お互い睨みつけた。

「だから何だ?」

「あっ?」

 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……。

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