第115話 夢人
貧困の村に生まれて、畑を耕すのもソコソコにして、荒くれ者を集めて徒党を組んでいた。狙うのは暴利を貪る役人と商人の家で、義賊と嘘をつき、支配者たちに暴虐を尽くした。
だが殺しはしなかった。
殺しは一線を越えてしまう。
一線を越えれば、日常は去ってしまうからだ。
俺は喧嘩が強かった。
だから常に手加減をしていた。
力を全開にしてしまえば、相手の命を摘み取ってしまう。
そして肉体の強さだけではなく、特殊な力を持っていた。
俺は他人の夢の中に進入することができた。
この力を使えば一筋縄でいかない連中も夢の中で蹂躙することができる。
効果は絶大で、よほどの剛の者でなければ負けることはなかった。
唯一俺を負かしたのは執行官だ。
精神力の強さで負けたと言って良いだろう。
そんなある日。
強欲な母親が馬鹿息子にこう告げた。
「縁談の話が来ている」
聞けば、山を二つ越えた先にある地主の娘だそうだ。
「嫌だ」
俺は近隣では名を知られていて、それなりの容姿を持っていたので、女日照りすることは無かった。若いうちに結婚することは牢獄に入ることと同じだ。
「美人だそうだ。それに金も持っている」
この醜い肉の塊を母親とは思いたくなかった。
父親は数年前に死んだ。
俺と違い貧相な身体をした父親だ。
理由は明白で、実の親ではなかったようだ。
醜い母親が若い頃に、村を略奪しに来た盗賊に犯されて産まれた子どもだそうだ。
父親が死んで暫くして、俺に教えてくれた。
俺はそれを信じられなかった。
この醜い、性根まで腐った女を抱く男がいるのだろうか――。父親と似ていなくても、俺の父親は他にいなかった。
縁談の話は進み、初対面――初夜を迎えた。
驚くほどの美女が目の前に座り、一糸纏わぬ姿になった。
悪が露出した。
肌に無数の切り傷があった。
数年前に盗賊に夜這いされて、体中を痛めつけられたそうだ。
嫁の貰い手が無く、厄介払いで俺の家に嫁ぐことになった。
金持ちとはいえ手酷い傷を負わされた女など欲しがる男はいなかった。
金に眼が眩んだのは醜い母親だった。
俺は傷に嗜虐の快感を見出して、初夜を味わいつくした。
朝日が昇ると共に仲間と共に盗賊の本拠地を強襲した。
初めて殺人を犯したが、十人を超えると数えなくなった。
棒を振るうごとに死体が生産され、大地は豊饒を喜んだ。
次々に殺して行くうちに妻を犯した男は死んだようだ。
俺の印象に残ったのは、最後の一人だ。
老人で、俺に似ていた。
おそらく父親だったのだろう。
脳が鼻水のように漏れ、股間が吹き飛んだ。
仲間は俺の狂気に満ちた戦いの舞を賞賛して、役人の手が伸びる前に逃亡の手助けをしてくれた。妻は実家が金持ちなので置いていくことにした。腐りきった母親は俺が居なければ死んでしまうので連れ出した。
農耕馬を連れて、逃げに逃げた。
母親は俺をなじり、何度も何度も罵倒した。
俺は怒りに身を任せたくなったが、それでも唯一の親を完全に憎むことはできなかった。
俺が悪いのだ。
当たり前のことを何度も言い聞かせて、各地を放浪した。
だが、逃げるにも金は欲しかった。
俺は教団の聖書を読み耽り、頭に叩き込んで放浪の神父を自称した。
「悪霊の気配が……」
等と嘘を言い、大袈裟に呪文を唱えて退治するのだ。
その他にも容姿を生かして、男日照りが続く女のヒモとなり、生きるための金を稼いだ。
母親はそれで生きたが――。
「お前の悪から産まれた金なんぞ欲しくは無い!」
と罵倒しながら、その金で贅沢をした。
最初は……どういうことなのだろうか?
罵倒しながらその金を使うのはどういうことなのだろうか?
そう思ったが、腐りきった母親はただ文句が言いたかっただけなのだ。
文句を言えば金が浄化されるとでも思っているのだろう。
俺と母親の旅が終わったのは執行官に見つかったからだ。
旅の悪徳神父を捕まえに来た執行官を返り討ちにしようと、俺は久し振りに夢に侵入した。恐ろしいほどに美しい女だった。シェリダンと呼ばれる女は、夢の中で俺を睨み返して、夢の中で刀を作り出して俺を一刀両断にした。
俺の魂は死ぬ前に離脱して、布団を汗で滴らせて起きた。
起きたが、立ち上がることができなかった。
俺はそのまま執行官に捕まった。
俺は殺されることは無いようだ。
だが、生かされる代わりに命令をされた。
それは母親の命も質に取られており、俺は逆らうことはできなかった。
新たに名前を与えられて、新たに母も与えられた。
半島の国へ行き、配下の一人として雇われろと言うのだ。
無事配下になり、情報を送り続ければ、母親は生かすと言われた。
従うしかなかった。
腐っても母は母だからだ。
「タイトスや」
「なんだ。母さん」
新たな母親は呆けており、俺を実の息子だと思っていた。
偽の母親は優しく、旅の途中で俺は本物の親の愛というのを知った。
帝国から半島へと向う途上で、執行官の一人が俺たちに追いついた。
「ハロハルハラという女が盗賊を討伐している。お前もそれに参戦して近づくのだ」
俺は乱戦が起きている場所へ行き、状況を見守った。
盗賊は山塞に立て篭もっており、戦況は膠着していた。
俺は夢の中に行く能力で山賊の頭の魂を吹き飛ばした。
「プレスター様。なかなか面白い男を見つけましたよ」
俺が半島の王――東方王と謁見したのはすぐだった。
「夢の中に入るそうだな――サイコダイバーみたいなものか」
俺の能力がそう呼ばれるとは知らなかった。
「仲間に入りたいのか?」
「是非とも、俺はいままで放浪を続けていました――」
俺は今までの経歴を話した。
当然、執行官に出会ったことは言っていない。
「面白い経歴だ」
東方王は満足したようだ。
俺は東方王の横にいる女が気になった。
東方王の妻――レッドと言う珍しい名前の女だった。
俺は好色なのだろう。
夜になり、レッドの夢の中に入った。
王の女を蹂躙しようと思った。
が――俺は怯んだ。
今まで執行官にしか負けたことがなかったが、レッドの巨大な精神体に圧倒されてしまった。
何を経験すればこうなるのだろうか。
俺は恐怖した。
巨大な精神体は俺を見た。
「魔女……?」
首をかしげ、巨大な手を俺に叩きつけてきた。
俺は汗まみれで朝を迎えた。
その日から、俺は東方王の妻に興味を持ってしまった。




