第113話 馬借
大将が古びた樹の椅子に座って、短刀で木片を削っていた。器用に小さな家を形作り、ゴブリン国の首都――この街をジオラマ化した模型に乗せた。地形はそのまま同じだが、修復と首都の拡大を計画しているようで、未来の首都像が小さく実現していた。他にもジオラマを作っており、見たことの無い地形に都市が作られていた。ジオラマの上に本が重なり、報告された書類が重ねられている。勉強して、報告を受け、形としているようだ。
大変そうだなー。
鼻をホジホジしてから、ジオラマに擦りつけようとしたら、ハイキックをされたが後ろにデングリ返しして避けた。だが、顔を上げた時に顎を蹴られた。
「ぐえっ……」
「お前は本当に殺されたいらしいな」
「自殺願望はありませんが」
「あるようにしか思えんが」
大将は手を止めずに、今度は塔を作った。よく見ると灯台だったが、それを海に乗せた。
「そこ海ですよ」
「ああ、海に建てるからな。場所的に此処が最適だ」
……海に建てる?
「どうするんですか?」
「それは見てのお楽しみ」
まー、それほど気になりませんけどね。
「ところで……魔女が味方にならなければ始末しろと言わなかったか」
「言いましたねー」
大将と私の間に冷たい風が流れた。
「で?」
「始末し損ねましたよ。あー、ミスりましたよ! 悪いんすか?」
魔女の恋人である少年を助けたため始末し損ねてしまっていた。
「おい、下忍。殺しはしないから、近う寄れ」
は? 私、NINJAマスターですけど。下忍じゃねぇっすよ?
私が退くと、瞬く間に大将が近づいてきて、身体が三回転するくらいの頭突きをお見舞いしてきた。私は二度頭を打ち、何も無かったように受身を取って立ち上がった。
「死ななかっただろ?」
「あんなんじゃ、螻蛄だって死にませんよ」
殺気――神速の剣が打ち下ろされ、私は仰け反りながらも真剣白羽取りした。額に皮一枚で斬られていた。
「あれ? 寸止め失敗したな」
大将が首を傾げているが、私は冗談で死ぬところだった。
「酷い。信用してふざけているのに」
「知るか。そんなの。お前な、もう少し自覚と言うのを持てよ」
「何がっすか?」
「今は俺が一番上に立っているが、俺に何かあれば次にハロ、その次はお前が音頭を取るんだぞ?」
「はあっ? 何でですか!」
「死ぬつもりは無いが、何らかの事情で俺が指示を出せない場合があるだろ。不在とか、毒茸食べて悶絶しているとか、気が乗らないとか……。そうすると、強い奴順で指揮権を移譲することになるだろ」
「私、ハロさんより強いですけど」
それは監獄で証明済みだった。
ハロさんを魅了で多少なりとも操ることは出来る。
「そこは適正の問題でもある」
「だったら最初っから強い奴順とか言うなよ」
説明するまでも無く、殴られた。
「この前のベルゼブルとの一件で、ハロが異常なほど根性があるのが分かった」ハロさんはベルゼブルにボロ雑巾のようにされながらも執拗に追い縋っていた。返り討ちに何度もあって、何度も失神するほどの傷を負わされたが、それでも立ち上がった。「逆にお前はワンパン敗北だからな」
ワンパンで負けたのは否定できなかった。
「まあ、私としては上に立つのは勘弁ですが」
「俺の代役が来るかは分からないが、いずれは何万人の上に立つこともあるぞ」
それを考えるだけでも背筋が寒くなる。
私は何度か人の上に立つことはあったけど、せいぜい千人未満だ。
「憂鬱だ……」
「気落ちする真剣さはあるようだな」
大将が何かを投げてきた。
木彫りの人形だ。
「人形に人形とは」
「佐藤君三号だ。知り合いの佐藤君だと思って旅の道連れにするが良い」
一号と二号の行方やイッタイ……?
「そういえば、仲間は何人か見つかったか?」
「まあ、とにかく一人目の仲間は見つけましたよ」
「魔女の恋人のことか?」
「違いますよ」
魔女の恋人の男の子は身代りにされた衝撃で言葉すら喋られなくなっていた。尋問でもしようと思ったけど、言葉を交わせないなら治るまで待つしかなかった。
男の子ではなく、暴れ馬を抑えようとしていた豚亜人のことだ。
国を構成するには色々な要素がある。
豚亜人のブラムも構成要素の一つでオークの国で馬借をしていたそうだ。
国といっても寄せ集めだった為、それほどの忙しさは無かったようだ。だがオークで馬を多数所有して、荷物を運搬する仕事をしているのは居なかったので、オークの中でも地元の名士として扱われていた。
ブラムの父親の一代で成り上がった。
二代目の才覚はそれほどでも無かったが、馬が好きなのは誰よりも負けなかったそうだ。誠実さもあり、真面目な性格から慕われることもあったそうだ。
それが魔女のお遊びで終わった。
捕獲された牢獄では地獄が待っていた。
「腐った物が正常になることは決して有り得ないのだな」
大将も呆れたように呟いた。
急遽国盗りを行ったため、国を運営するために必要な人員を確保するのに手間取っている。入れ替わる前の牢獄でブラムは地獄を見た。
ゴブリン達の虐めにあい、多種族と言うことから生き物として扱われなかった。少ない髪の毛は皮膚ごと引き抜かれて、瘡蓋が頭部を覆い、食料もろくに与えてもらっていなかった。食事は牢役人の腹を満たして、ブラムは空腹で何度も自分の腹を抉って食おうと覚悟したそうだ。だが、そんなことをすれば死んでしまう。牢内に沁みこんで来る地下水を舐め、水を苗床にした苔を食らい、日課の散歩をする虫を食って飢えを凌いだ。
地獄の終わりは、ブラムが深い眠りについた時だった。寝ていただけなのだが死体と勘違いされて、鉄の棒で打たれて生きているか確かめられた。気付いたら棒を掴んで、牢役人を絞め殺していた。
因果応報――牢役人が死んだのは仕方が無いことだった。
ブラムが脱獄して、最初に会ったのが私だった。
ブラムがいまだに捕まっていることを聞いて、牢を尋ねたからだ。
「どけ……」
「ん? 随分と痩せたな」
この一言がブラムを怒らせた。
鉄の棒を振り回して襲い掛かってきたが、私の頭に当たって吹き飛んだ。
「無駄ね」
手刀一発で沈めた。
「いまだに私たちに不信感はあるようですが使える人材です。運送業を立ち上げれば、情報網を広げることもできるでしょう。それに馬の確保にも使えるかなと」
軍馬も必要になるだろうし。
「なるほど運送業か。考えたな」
「それ一本だと潰される可能性があるので海運業も使います。あと、もう一つも検討中ですが、これは見通しがついてから報告します」
「これからは中忍と呼ぼう」
私は昇格したようだ。
「基本給も上げてください」
「労基署へ行け」
「もう一度転生しなければならないようだ」
私が佐藤君三号を使って腹話術をした。




