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第111話 渡鳥

 剣の血を拭っても、拭っても、脂肪と血は落ちなかった。

 敵性勢力の残党狩りの途中で奪った剣だった。

 骨を砕きに砕いた衝撃で刃毀はこぼれしている。

 殺戮する道具に業物はいらない、命を散らすには半端物でも十分だ。

 私、わたし、私こと――那雪油機ナユキ・ユハタは残党狩りを終えて、戦争終結の報告に向っていた。叩き潰すには過激だったかもしれない、正面からぶつかり合う普通の戦いではなく、陰湿に、恐怖を与えるように、夜を恐怖するように立ち回った。

 夢の中でも恐怖せよ。

 透き通るような白い肌の男が手を差し出した。

 私は壊れた剣を手渡した。

「グリエ。皆を休ませてくれ」

 私は銀貨の詰まった袋も手渡した。

「分かりました」

 眼を逸らすと、瞬時に姿を消した。

 余計な会話はしなかった。

 眼を周囲に向けると、街並みは色彩を抑制していて物悲しかった

 皆が漆黒の服に身を包んでいる。

 この世界の、この国の文化では、黒色が死者を悼む色なのだろう。

 純白が死者を悼む色の文化圏もある。

 どちらの色だとしても、皆が死を悼んでいた。

 フィオナ――『純潔王』の早過ぎる死に沈み切り、街は機能していない車のように思えた。

 再び正気を取り戻して、動くまでにもう少し時間がかかるだろう。

 王宮へ。

 玉座の間へ。

 プレスター=大将がアイビーと二人っきりでいた。

 私は扉を少し開けて聞き耳をたてた。

「フィオナを殺したのはアナタだ」

「そうかもな」

 アイビーが大将を糾弾していた。

 彼の野望に巻き込まれて死んだと言いたいのだろう。

 アイビーはフィオナと仲が良かった。

 容姿が似ていれば姉妹と呼ばれただろう。

「私はアナタを許さない」

「それで良いだろう」

 アイビーが私を睨んで、横を通り過ぎた。

「大将、戻りました」

「ご苦労様」

 大将は漆黒のマントをはおり、ロンTにズボンと現代風な服装だった。染色は褪せていて、仕立ても悪いが、もしかしたら機能的な服装を流行らせようとしているのかも知れなかった。

 私はEaterの残党を倒して、わずかに逃げられたと報告した。だが、二度と立ち上がれないだろう。

「良くやった。ベルゼブルにワンパンで倒されたときは、このクソ役立たずをブチ殺してやろうと思ったが」

「不意打ちは仕方ないでしょう」

 私は言い訳をした。

 横で黙っているヴィトもゆっくり頷いた。

「自分の能力に過信するのは、死出への道に通じるな」

「まったく、その通りで。今後気をつけます」

 扉の外で足音が聞こえた。

「おい、二人とも来てくれ」

 顔色の良くない女と、大柄で獣臭のする男が入ってきた。直感的に強さを感じるが、私よりは弱かった。

 相手の力量を測れることは強さの証だろう。

 女と男も、私の見た目に騙されずに、強さを感じているようだった。

「毒の使い手のリンと、人狼のギルだ。昔からの知り合いだ」

「よろしく」

 私は簡単に挨拶をした。

「よろしくお願いします」――リンが言った。

 ギルは黙礼した。

 二人とも玉座の間から去り、大将が口を開いた。

「執行官のシェリダンを追い払ってくれたのは、あの二人だ」

「シェリダン……ああ、大将の母親でしたっけ?」

「ああ……」大将は自然と溜息をついた。「あの二人は表で活躍してもらおうと思うが、ナユキ……お前は裏で活躍して貰おうかと思っている」

「それは良いですけど」

 初めからそのつもりだ。

 私には日陰が良く似合っている。

 嫌な自己評価だ。

 卑下し過ぎかもしれない。

 だが大将も同じ評価だった。

 正当な評価とは他人が下すもの――自己と他者の評価が一致している。

 甘んじて受けよう。

 この事がどのような未来に繋がっていようとも、立ち向かってやる。

 私の配下は精鋭揃いで、裏工作や諜報戦などに使えるはずだ。

 諜報員――つまり忍者である。

「私のことはNINJAマスターとよ――」

「当面なんだが」

 私の言葉は無視された。

「この世界に情報網を広げたいんだよ。人員の確保と拠点もお前に任せるから」

「任せられるのは良いんですが、私の事を忍者と認めてくれないと――いや、NINJAと」

「人員なんだが気になる女がいる」

「いやぁっ! 私以外の女がいるなんて」

「プーちゃん! ナユキなんかと良い関係になったの!」

 耳の良い大将の奥さん=レッドが後ろから躍り出てきた。

「虚言だ! 虚言!」

「あの日のことは忘れません」

「あんなこと言ってるよ」

「あの馬鹿は一年に五分も真面目にならねーからな」

 そんな酷い……一年に十分くらい真面目になるよ。

「うふふっ、そろそろドロンしましょうかね」

「プーちゃん! どうなの?」

「あー、うっせぇっ!」

 私は手を合わせた。

「ドロン……ごろー○……」

 私は顔面を蹴られて、玉座の間の扉を吹き飛ばした。


「いやぁ、良い蹴りを貰ったにゃあ」

 ごろー○だけに。

「あんまりふざけているからだ」

 ヴィトが言ってきたが、性格だから仕方が無い。

「とりあえず大将が言っていた女を探しにいこーかな」

 その女を見つけたところは、ベルゼブルが消失した城壁の真上だった。

 手に赤ん坊を持ち、傍らに少年がいる。女は青色の髪の毛をしていて、赤ん坊も同じ髪の色だった。親子なのだろう。少年は黒い髪をしていた。

 女は虚空を見つめていて、小さく呟いていた。

「座標が……位置が……」

 気配を消して近づき、犬と遊ぶフリをして観察を続けた。

 しばらくしてから離れて、ヴィトと相談した。

「どう思う?」

「そこまで優れているとは思わんが。嫌な感じがする」

「私もそう思う」

 大将はどの辺が気になったんだろう?

 私にはありふれた女にしか見えなかった。

「座標……位置……」

「ああ、そんなこと呟いていたな」

「もしかして、スパイとか?」

 地理を把握することは戦争を有利に進めることができる。

「そんな感じでは無かったな」

「……監視を続けてみようか」

 私は旅の準備をしながら、配下に女について調べさせた。


 ハロさんは治安を維持するために、アウトローを殲滅しようとしていた。

 私たちが軍事活動を続けていたため、民衆は自分たちの身を守るためにアウトローに身を委ねていた。

 新しく国が変わるにあたり、アウトローを叩き潰そうとしたのだ。

「その影に女あり……か」

 どういうことか分からないが、抵抗しようとしなかったアウトローたちが女と出会ってから、凶悪化して武装して反抗してきたのだ。

「武器を売った気配は無いけど、武装を始めた……」

「あいつも」あいつとは大将のことだ。「物好きだな」

「正体は分からないけど、才能がありそうなものを求めるか……」

 だが力の正体も分からないでは使い用が無かった。

「『魔女』と呼ばれていて、あの子供は男の子の子だそうだけど」

 男の子は性に目覚めて間もない頃ぐらいの年齢だった。

「はっきり言って異常だな。あんなのを仲間にするべきか?」

「どうだ? 使えそうか」

 大将が私の部屋にノックもしないで入ってきた。

「いやぁ! 女の部屋にノックもしないで!」

「どうでも良いから報告しろ」

 大将は呆れていた。

「大将は魔女の正体を分かっているので?」

「いや……お前の意見が聞きたくてな」

「勘で良いですか?」

「ああ」

 大将もなんとなく勘付いているようだ。

「魔女は悪意の種子を他人の頭に植えつけることができるのでは?」

「ああ、やっぱりそう思うか? あいつが関わるアウトローたちが次々に反抗してきているんだ」

「他にも色々出来そうですが、今の段階では何とも」

「仲間に出来そうか?」

「話してみないと分かりませんが、アウトロー達を焚き付けているとなると、敵性勢力の一員かも知れませんよ」

「ああ、だから――味方にならないなら始末しろ」

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