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第110話 崩御

 山がよそおい、地上の鮮血を映えさせた。雲が緩やかに流れて、点々と穿たれて薄明光線はくめいこうせんが落ちている。

 天使の梯子の輝きで――全てが荘厳な景色に変貌していた。

「歴史の転換点ターニング・ポイントか」

「良くも悪くも」

「ああ、そうだな」

 王の器は崩壊して、土へと帰る。トリニティはフィオナの血液で喉を潤し、絞りつくした肉を地に捨てていた。屍は栄養となり、草叢を育てて、夏には草いきれを発するだろう。

 本当にクダラナイ死に方をしてしまった。

 歴史を学べば、この人物が生きていればと――『If』を考えてしまうことがある。まだまだ子供だったが、蒸留酒が年月を経るごとに高価になるように、確かな感覚……本物の王の可能性を持った少女だった。

 生き方を選び、死ぬ時期を選べず、志半ばで死んだ。

 これからは俺が導かなければならない、それが戦いを始めた者の義務だろう。

 国盗の大儀を作ってくれた少女は死に、力だけが残った……。

 その力がかたきを取ろう。

 死に死を捧げ慰めよう……。

 それが生きる者の望みなのだ。

「ああ、決着をつけよう……。」

「はい、決着をつけましょう」

 ハロハルハラがこちらを見た。一瞬の視線の交錯でお互いの考えていることが分かった。ああ、分かっている。

 言葉は伝えるためにあるのだ。

 すでに伝わっているなら言葉にすべきでは無い。

 俺たちが考えていることは、こうだ。トリニティが血を飲んだ時点で、不老不死の呪いが開始されたと考えている。不老不死であっても弱点はある。それは太陽だ。トリニティを絶命死させるため、太陽光を浴びさせようとしていた。

 ただ、弱点を突かなくても不老不死は殺せることはできる。だが不死者は頑丈だ。ハロハルハラも大怪我をしながらも、ここまで来られたのは不死者が恐ろしいほどに頑丈だからだ。長時間の戦いとなると、時を止める相手には不利だ。

 やはり太陽しかない。

 そして――トリニティは気付いていないようだ。血を飲んだため徐々に呪いが全身を巡っているのかも知れない、それはそれで興味深いが、俺たちにとっては唯一の勝機だった。俺たちが警戒しなければならないのは、オリガの特殊能力である時間停止だ。そのため太陽に曝されたとしても、一瞬のうちに時を止めてしまい逃げてしまう可能性すらある。

 だが、それも対策はある。

 時間停止は強力だが、発動する前に暫く充電時間が必要だ。ベルゼブルが時間停止の能力をどれほど把握しているか分からないが、父親の俺が把握している以上のことは知らないだろう。

 一度時を止めさせた後に、すぐに太陽光に曝す。

 大事なことは此処から生きて逃がさないことだ。時間停止の能力で不意打ちをされたら圧倒的に不利な立場に立たされてしまう。特に一撃必殺の手段が無いとなると、やはり此処で殺すべき存在だった。

 勝負は一瞬で決まる――いや、決める。

 俺はハロハルハラを向いた。

 『T』――手で形を作っていた。

「タイム」

「認める」トリニティが応じてくれた。

 俺はハロハルハラに近づいて、瞼を掴んで、思いっきり頭突きした。

「てめー、ふざけてんのか」

「違いますよ」ハロハルハラはトリニティを見て。「足」

 ハロハルハラが俺の手に銀の短刀を渡して、俺達は同時に短刀を投げた。トリニティは足に殺到した短刀に思わず跳んだ。ハロハルハラが足と言ったのは、私が足を止めます――と言うことだろう。

 ハロハルハラは地を這うように上体を傾け、トリニティへ突進をした。俺は剣を構えて、目の前ではなく周囲を警戒した。転瞬。ハロハルハラは叩きつけられていて、俺の後ろから殺気が飛んできた。再び、時を停止させられたのだ。俺は運が良いことに、時を停止されている時に攻撃をされていなかった。肘をくり出しながら、片手で剣を叩きつけた。

「……はっ」

「ああ?」

 トリニティは手を振って痺れを取っていた。

「……連続では使えんか」

 時間停止の限界を悟ったようだ。

 俺は剣を上段に構えて、ひたすら打ち下ろした。トリニティは間合いをとりながら後退して、最後の一撃を避けて、ゆらりと剣の間合いの中に来た。徒手空拳の争いは、俺が小外刈りで倒して、顔面を踏みつけた。

 踏んだ。踏んだ。後頭部に蹴りをいれる。

 足首を掴まれた。俺は投げ飛ばされ、城壁の上を転がった。

「いててっ」

 ハロハルハラが足元を狙う剣術をくり出して、動きを止めてくれていた。

 俺は城壁の下を見て、兵士たちの絶望した顔を見た。フィオナと言う現人神が死ぬ姿を見てしまい、希望を失ってしまったのだろう。陰惨たる感情が俺に向けて発せられていた。

 その中で独り目立つ女がいた。

「プーちゃん!」

「レッドか」

 レッドが兵士たちの間を抜けて、城壁の下まで来た。

「殺しちゃ駄目だよ! あれには、フィオナも吸収されているの!」

「……そうか」

 俺は三位一体トリニティという言葉を思い出していた。ベルゼブル、オリガ、そしてフィオナということか。ただフィオナの肉体は血を吸われていたが――アレはどういうことだろう。

「受肉か……」

 悪魔が考えそうなことだ。

 キリストがしたことを、悪魔がしようと言うのだろう。

「そんなくだらないことで殺したか」

 再び時が止まり、ハロハルハラが心臓を手で突き刺されて、前のめりに倒れた。さすがに心臓に衝撃を食らえばしばらくの間動けなくなる。

「プーちゃん。フィオナを助けて」

 ……そんなことを言われても。

 どうやって助ければいいんだ。

「プレスター。お前は遊んでくれないのか」

 ハロハルハラは足蹴にされた。悔しそうに歯を食いしばっている。

「ああ、今から遊んでやるよ」

 た、たたん……トリニティが高速で向ってきて、一気に霧散した。吸血鬼の技だ。血と化して、俺を包み込み圧殺しようとした。俺は飛び上がりながら後退、血の霧が追いかけてきた。霧は諦めなかった。俺は壁の外へ出て、両手両足を使って、落ちるように駆けた。血の霧の後ろに回り、再び壁の上に行った。

 いなかった。

 次の瞬間、俺は傷一つ付いていなかった。

 時を止めたかと思ったが、そうではなかったのか。

 だが、トリニティが目の前に現れて、驚愕の表情を浮かべていた。

「馬鹿な……」

 何に驚愕しているか分からないが、俺はトリニティに掴みかかって力任せにハロハルハラへ向けて投げた。ハロハルハラは倒れながらも短刀を投げてトリニティの左腿に突き刺した。

 俺は追撃して、腰を蹴り、背中に組み付いて、城壁に投げた。

 トリニティは叩きつける前に蹴って反撃してきた。

 トリニティの手刀が俺に突き刺さる前に、何かが押し返した。

「くそっ! アイギスだと」

 俺は何事も無く、トリニティを両手で叩きつけた。

「神の力が……」

 俺は両手を握り締めてみた。

 力は沸いていないが、全身を見えない膜が覆っているようだ。

 これは――俺たちがベルゼブルと闘っているときに感じた力に良く似ていた。

「フィオナが死んだからか」

 現人神として崇められたフィオナが死に、民たちの畏敬の対象が俺に変わったのだろう。

「形勢逆転だな」

 トリニティが四方八方から攻撃をしてくるが、アイギスが全てを弾き返した。

 城壁の下にいる味方が歓声を上げ続けている。

「こんなことが……」

「残念ながら、運が無かったようだな」

 俺は剣を隠すように構えて、力の在り処を探った。全身を包み込んでいた不思議な力は身体を纏っているが、その在り処を移動させられることがわかった。

 力を剣に纏わせた。

 これならば――太陽光に曝さずとも吸血鬼を粉砕することができるだろう。

「受肉した者は何処へ帰るんだろうな?」

 天国か地獄か、それとも別の世界へ転生か、どちらにしろ此処の世界での生は尽きる。

「やめ……」

「さらば、卑しき悪魔よ」

 俺は切り抜けようとした――が様子が一変した。

 トリニティの頭が高速で振られると、優しい表情へと変わった。

「ありがとう。オリガさん」

 トリニティは自らの胸を掴むように、皮膚を切り裂いて心臓を露出させた。そのまま突き刺そうとしたが、躊躇うように動かなかった。

「止めろ。化物め……」

「いやだよ」

 トリニティの口から二つの声が漏れ出てくる。

「オジさん。私が決着をつけるよ。」

「フィオナか」

 俺は剣に纏っていたアイギスを解除した。

「うん。姿は変わっちゃったけどね。まだ私たちは融けきっていない。オリガさんもね」

 オリガも?

「ごめんね。オジさん。私……本当はEaterだったんだ」

「Eater?」

「うん、ごめんね。私はフィオナに成り代わっていたんだよ。でも、信じて……私忘れていたんだよ。悪気は無かったんだ」

「そうか……」

 そうか……そう考えると、シェリダンの言葉の意味が分かった。Eaterについて知っていたのは、フィオナのことを言っていたのだろう。

「楽しかった……。短い間だったけど、本当に楽しかった」

「ああ、楽しかったな」

「心残りなのは、オジさんを独りで行かせること。オジさんにはレッドさんがいるけど、それは愛の関係、私たちは志で結ばれていた。……ごめんね。オジさん。独りにさせちゃって」

 トリニティの両目から血の涙が流れている。

 その眼には光り輝き、トリニティの背後に落ちようとしている天使の梯子が映っていた。

「止めろ……」

 ベルゼブルが太陽に気付いたようだ。

「もう少し一緒にいたかったなぁ」

「俺もだよ」

「うん。ありがとう」

 トリニティは天使の梯子に飲まれて、苦痛の悲鳴と共に黒い霧が飛び上がった。爆風が巻き起こり、天使の梯子をかき消すように暗闇が広がった。

 揺らめくような光が三つ飛んだ。

 大きな蝿と、フィオナ、そしてオリガだった。

 オリガは俺に一瞥して、ハロハルハラの身体へ飛んで行った。

 そして光り輝く者がフィオナを掴んで撫で、大きな蝿を足蹴にした。


 黒い霧が消えると、天に真っ黒な穴が開いている。

 黒い、漆黒よりも黒く、闇よりも深く、本能を擽られるように恐怖が沸き起こった。

「蝿の王よ。これで終わりだな。貴様は受肉をしてキリストを侮辱した。しかも、よりにもよって不老不死と言う救いのない生き物と化した」

 神々しく光り輝くものは天使だった。

「う、り、え、る……」

 ……あれがウリエル? 天使の一人じゃあないか。

「貴様には地獄では生温い、永劫奈落タルタロスが相応しい」

「い、や、だ」

「無理だ。これが運命だったのだよ」

 蝿は天に穿った闇に吸収されて永劫に消え去ってしまった。叫び声も闇に吸収された途端に消えてしまった。

 ウリエルはそれを見届けると、俺を無視して、手のフィオナを撫でた。

「お前も永劫奈落タルタロスへと行くのだ」

 俺は剣にアイギスを込めて、ウリエルへ向けて飛ばした。

 無視しきれなかったのか、炎を纏う剣を振り、相殺しきれずに力を天へと飛ばした。

「止めろ!」

「危険だな」

 炎の剣が再び振り下ろされたが、俺の剣圧がそれを押し返した。

 伏兵は突然現れた。俺の真横にバロンに乗ったレッドが来ると、掌を天使へ向けて翳した。

「おい、隠れていろ」

「大丈夫だよ。プーちゃん」

 レッドの掌から光が放出されると、永劫奈落タルタロスは閉じ、天使は光に包まれた。天使の掌からフィオナは離れて、宙を漂い瞬時に消えてしまった。

「……光を持つ者か。闇の住人に魅せられたか?」

「天使が人間以外に感心を持って良いの?」

「人外には人外の行きつく先があるのだ。それが永劫奈落タルタロス……扉の鍵を持つ私が感心を持って何が悪いのか」

「へー、そうなんだ」

 レッドはそういうと疲れたように深く深呼吸した。

 ウリエルは手から放たれたフィオナを探した。

「流れてしまったか」

 ウリエルはそう言い、最後に炎を飛ばして姿を消してしまった。


 玉座は冷たかった。

 ゴブリン王は死に、フィオナも死に、俺が生き残った。

 バルティカ王国も帝国も侵攻を止めて、半島の反抗勢力も黙らした。

 これから冬が来る。

 初時雨はつしぐれが半島を濡らしている。

 俺は黒い服を身に包み、喪に服しながら国家を手にした。

黎明期完

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