第107話 火達磨
玉座の間を横断して、銀の銃弾を避けて、柱の陰に隠れた。煙草を巻いて、ぷかっと煙を味わった。異世界の火縄銃に匹敵する銃とは比べ物にならないくらいの殺意が篭った銃弾だ。空気の塊を貫き、床を穿つ殺意は、俺の埃に塗れた戦闘経験を呼び覚ました。柱の影からナイを観察して、銃を撃つ姿を頭に叩き込んだ。引き鉄に指をかけると、右腕に僅かな癖のある動きがあった。俺は銃口と腕の動きを見て、試してみることにした。
柱の影から出て、銃弾を先読みした。Blam、Bam、Bam! 断続的に続く銃弾を、ふらふらと一発食らうまで近づいた。一足飛びでは近づけない距離だが、隙をつけば近接戦闘に持ち込むことができるだろう。俺は太腿に沈んだ銀玉を指で抉り取り、ナイへ向けて分投げた。ナイは両足を広げて、倒れるように避けて乱雑に銃を撃ってきた。俺は近くの柱の陰に隠れて、根元に強烈な蹴りを入れた。柱に指を埋め込みながら昇り、柱の中間に膝蹴りを食らわせて真っ二つにした。折れた柱を蹴り飛ばして、半分の柱が二つ、回転しながらナイへと向った。俺は蹴った勢いで別の柱へ飛び、ナイを視界に捉えた。ナイは柱を拳で砕き、もう一つの柱も粉微塵にしようとした。粉は自らの視界も防ぐことになるだろう。俺は柱を蹴って、光が鏡に反射するように、ナイへと突進した。
間合いに入――れなかった。
ナイは微粒機械を行使して、粉々になった柱を材料に自らの身体をドーム状の物で包み込んだ。俺の指先はドームに刺さり、そのまま拳で連打した。驚いたのは、ドーム状から棘が伸びてきたことだ。俺は両手で棘を挟みこんだが、勢いのままに天井に叩きつけられた。天井を指で掴んで、猿のようにぶら下がると、ナイは馬鹿の一つ覚えで引き鉄を引いた。
愚か者が……。俺は心底、作り物の生命に同情した。想像力の欠片も無く、既製の中でしか創造をできない、俺が微粒機械を自在に扱えるなら、指で引き鉄を操らずに微粒機械で操っていただろう。
そういう単純なこともできないのか……。
俺は天井に逆立ちになり、足の指で走った。指をめり込ませ、縦横無尽に高速移動する。その動きについてこられるほど、ナイの銃の腕は良くなかった。そもそも銃は扱いが難しいものだ。初心者が簡単に扱えるほど甘くは無い、箸だって上手くなるのに練習するのに、銃は別物だと考える連中が多すぎる。
「退屈だな」
ぺっと俺は逆さまで唾を吐き、足の指で天井を掴んで、蹴り投げた。そして、天井を蹴った。硬質な石がナイの自動小銃を飛ばして、俺の踵落としを後頭部に食らった。ナイは前のめりに倒れ、俺の唾を後頭部に受けた。
「もう少し頑張れ」
ナイの皮膚の表面を黒い皮膜が覆った。今度は加速装置か。俺はナイの高速移動を眼で追った。床に力の波が走り、持ち主の判断能力の限界を超える速度で向ってきた。何時の間にか自動小銃は無くなり、滑らかな鞭が同時に飛んできた。防御する腕を巻き込みながら、鞭はしなり俺の後頭部を撃った。視界が揺れたが、気絶するほどではなかった。瞬く間に俊足の攻撃が心臓を狙ってきた。肘で拳を撃ち落して、首を両手で掴んだ。動きを止めて、両手と体重を使って首相撲をして、床に叩きつけた。追撃で踏みつけ、心臓は潰せなかったが、右脇腹は踏み壊した。ナイは転がるように逃げたが、走って追いながら踏み続けて、体勢を立て直したところで足の裏で蹴り飛ばした。
「くそっ、くそが……」
「はいはい、悔しがってないで」俺は煙草に火をつけて、指で挟みながら近づいた。「もう少し、殺人御遊戯を楽しもうぜ」
ナイは床を微粒機械で変化させて、巨大な腕で俺を叩きつけようとした。俺は手の甲で弾き飛ばして、腕に乗り……トットッ走った。間合いの内側に入り、顎に拳を打ち上げて、煙草を目玉に押し付けた。ナイは苦悶の表情を浮かべたが、悲鳴は上げなかった。
「これぞ目玉焼き」
「ふざけやがって」
「ふざけてねーよ。俺はお前を細胞一つ残らずに消滅させることが出来ないか考えている」
ナイの焼けた目玉は瞬く間に回復した。おそらく微粒機械の賜物だろう。超回復は吸血鬼も得意だが、微粒機械の超回復は厄介だった。
……燃やすか。
と言っても、燃料がねーなー。
俺はナイを蹴り飛ばして、玉座の間の扉を吹き飛ばした。駆け足で近づいて、髪の毛を掴んで、城の中を引きずり回した。食料庫を探せば酒の一つぐらいあるだろう。
食料庫発見、酒瓶を掴んで、ナイの頭に叩きつける。叩きつける。叩きつける。酒で濡れた体に煙草を投げて燃やした。逃げようとするナイへ酒瓶を投げまくり、炎上する身体に酒樽を叩きつけた。もう一つ酒樽を投げつけようとするとナイは逃げ出して、玉座の間に転がるように身を投げた。酒樽を叩きつけて、悶え苦しむのを、床に置いていた鶴嘴で床に串刺にした
「こんな死に方は……嫌だぁ!」
微粒機械の超回復がアダとなり、地獄の苦しみがナイを襲っていた。ナイにとっては最悪かも知れないが、俺にとっても最悪だった。これで死なないとなると、どうやって消滅させて良いか分からなかった。
……聖遺物か?
いや、それは不死者たちにとっては有効だ。
これは腐っても神だ。
神には何が聞くのだろうか?
とりあえず瀕死にするしかないか……。
俺はナイの処遇を決断して、燃え盛る頭部と心臓を手刀で貫いた。手刀を抜いてもナイは生きていた。虫の息ではあったが……。
玉座の間にはゴブリン王が居なかった。俺とナイの乱戦から逃げたのかも知れなかったが、俺はゴブリン王を追いかける気はなかった。
要は――。
「大手柄は部下に任せるか」ということだ。
俺は仕方ないとはいえ最前線で闘い続けた。それは味方を死なせないための闘いでもあったが、同時に最前線での手柄を取る事にもなる。日本史で言うと源義経が最前線で手柄を取りまくったので、手下から評判が悪かったと言われている。
ゴブリン王はミツに任せて、城壁を内側から破壊することにした。




