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第104話 炎の記憶

 最初の記憶は焦げる臭いだった。屋根裏の汚らしい布団に子供が眠り、白煙を混ぜながら熱波が逆巻き、火が壁を舐めながら昇っていく、ふいごの溜息のような隙間風が火を悪魔のように変貌させていた。

 見開かれた眼には燃えながら飛ぶ葉っぱが映った。飛びながら朽ちる葉に命の儚さを知った。肉と髪の焼ける嫌な臭いを避け、火から逃れるために窓へと向った。逃げようと窓を開けると、酸素が炎を加速させて爆発した。

 飛び、落ち、隣家の屋根に叩きつけられ、乳歯が折れ、屋根から滑って地面に落ちた。知った顔が叫び声をあげ、知らない顔が笑っていた。凄い笑顔だ。天使すら凌駕するほどの善性を感じるほどの笑顔だった。

「子どもが落ちてきたぞ」

 馬が近づいてきて、酒の匂いを放つ男が顔を近づけてきた。

「ただのガキじゃねえか。しかも赤髪か……売れんな。殺せ」

「止めてください」

 悲鳴を上げていた女が縋って来ようとしたが、下半身に組み付いている男が背中に拳を叩きつけた。聞いたことの無い音が響き、女は力なく地面に落ちた。

「子どもか?」

「は、はい……」

「なら晴れ舞台を見せてやろうか」

 女の首にあてられたのはのこぎりだった。今では分かる――プーちゃんが教えてくれた横挽目だ。ギザギザした刃がぷつぷつと皮膚を貫き、細かく千切るように波の如く動いた。血が溢れ、刃を伝い、地面に雫が落ちて、血溜まりになった。血だけではなく、皮膚も肉もブツ切りに落ちた。悲鳴と言葉が混じり、切断された首から呼吸が漏れた。

 生きる苦しみに、他人の人生を踏み潰すことも含まれている。

 でも、こんな酷い事を……。

 私の魂に刻み込まれた人間の悪は、感情を凍りつかせた。目の前にいる女が酷い目にあい、醜態を晒しながら死に行こうとするのを見て、私は弱音一つ吐かずに死のうとした。

 だが。

 私の下腹部が熱くなり、丹田で何かが千切り飛んだ。

 光る――燃えた。

 光る――燃えた。

 光る――燃えた。

「や、やめて……」

 細い光が指先を破り、四方八方に光線を飛ばした。線が通り過ぎると、人間は分解されて魂を飛ばした。勝手に身体が動き、野生の生存本能が『敵』を分断した。

 ぼどっ、ぐぼん、ごろ。

 ど、ぐしゃ、ごぼごぼ、びあっ。

 ぴゅ、びじゃじゃ、ぴ、ぴ、ぼぺっ。

 全て人間が死の間際に出した音だった。ああ、変な音を出して死ぬのだな、と私は思った。私の光線は悪を殺し、善を助けなかった。力の無い私は弄ばれ殺された女の人達を引きずることはできなかった。

 燃える村は周囲の森に延焼して、徐々に逃げ道を塞いでいった。私は無力だった。悪を倒せる光を持っていても、私の力は人を助けることができない。

 だから思った。

 こんな光ではなく、力が欲しかった。

 人を引きずることのできる力を。


「おかしいな。君は念動力の使い手なのか?」

 美しいが威圧の雰囲気を崩さない男が、私を見つめていた。炎上する森から救出してくれたのは目の前の男だったようだ。名前は忘れた。でも、私が平然と喋っているのを、周りの人達が驚いていたから、よほど高貴な男なのだろう。

 私が近くの壷を動かした。

 私は溢れ出す光の力を封じ込めて、ありあまる力で念動力を創った。後にアイビーと名付けるけど、アイビーにも光の素質があった。透明になったり、自分の姿を変えたりもできる。幸い光線は出さなかった。

 何故、幸いかと言うと。

「君以外に生存者はいない。だが、あの力は明らかに光の能力だった」

「わかんない」

「嘘はいけないよ」

 私は首を傾げた。

 私が冷静沈着なのは母の死と、この男によるものかも知れない。

 数十日間の問答の末に、私は解放された。男は溜息をついて、聖書を渡してくれた。

「よく読むんだよ。ここには全ての答えが書かれている」

「ねえ。なんで光をさがしているの?」

 私の質問に男は目を光らせたが、教えてくれた。

「それは光が闇を消して、光が闇を生むからだよ。聖書を開いてごらん」

 私は開いてみたが、読めなかった。

「闇の中に、神は光を作り、昼と夜が生まれたんだ。最初に神が創ったのは光だ。だが、もっと前に闇があったんだ。……まあ、それは良いとして、大事なのは光さ。光の力を持つ者は危険なんだ。世界を変えかねないからね。ちなみに、この後に空海陸ができるんだが。これは時系列ではなく、論理に基づいており……」

 私が首を傾げた。

「あー、子供には難しいか。最初に外枠、次に三つの要素、次に動かないもの、次に動くもの、次に人間……駄目か」

 私は眠くなってきた。

「まあ、良い。それは後々に覚えろ」

 その言葉を最後に、私は本当に眠ってしまった。起きた時には森の中で夜だった。聖書を片手に、私は自分を育ててくれる人を探した。

 その後魔女裁判にかけられるけど、それは別の話である。



「ほー?」

 プーちゃんがアイビーを睨みつけていた。アイビーは私の能力の副産物で産まれたけど、私の光の力を扱える。透明になるのもそうだけど、実体化するのも光の力だ。触れば肉体があるけど、その実は光だ。

 光が先で、実体化している。

 そう考えると、凄い能力なのだけどアイビーがたいして強くないので何とも言えない。

 プーちゃんとアイビーが睨み合っている。

 アイビーの姿がプーちゃんそっくりになった。

「こんなことも出来るのか」

「さっき言ったじゃん」

 だからプーちゃんの目の前で変身させた。

「じゃあ、行って来る!」

 プーちゃんは鶴嘴ツルハシを持って最前線へと走って行った。ゴブリン王の居城を囲んでいるが、防備を崩せないでいた。後ろからはEaterの攻撃も続いているので、プーちゃんが最前線に行くわけにはいかなかった。本陣でどんと腰をすえて戦うしかなかった。それほどにプーちゃんの存在が大きな物になっていたとも言えるけど、決定打を出せなかったのでプーちゃん自身が攻撃に出たがっていた。

 だから影武者を欲しがっていた。影武者がいれば相手も決定打を打てないからだ。

「……鶴嘴ツルハシ持って何処へ行くんですかね」

 アイビーがプーちゃんの姿をしながら、私に言った。

「そんなの……掘りに行くに決まっているじゃない」

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