第102話 速贄
筋繊維が四方八方から襲い掛かる。八頭の脳を連結させた攻撃は苛烈で、絶対死を与えようと高速で飛んでくる。筋繊維の動きは風に舞う襤褸切れを繋ぎ合わせるように巧みで、身体の中心線にある急所に殺到した。常人ならば数分のうちに何百人も犠牲になる攻撃だが、俺は筋繊維以上の高速移動で避けた。
戦闘は筋肉や頭脳に左右されるが、戦闘を大きく左右するのは戦闘の技術である。
俺より遥かに大きく、脳を複数所有していようが、九頭竜と俺との間には数百年の歴戦の差があった。
「無能がっ!」
俺は筋繊維を踏みつけて、石を拾って投げ、歯を砕いた。
九頭竜の苛烈な攻撃は正確だが、真っ直ぐすぎた。真っ直ぐに、最短最速、急所のみを狙った攻撃、常人ならば効くだろう。
常人なら効くが……俺は鬼だ。
動体視力、身体能力、戦闘技術、三者により素人丸出しの攻撃を防いだ。
余りにも単調すぎる――俺はすでに攻撃パターンを覚えてしまった。さらに俺の戦闘経験が別の攻撃方法を想像させたが、それに到達することは無かった。
「無能だけではなく、単細胞だったか?」
「強がりを。逃げてばかりでは勝てんぞ?」
「そうか? なら俺の攻撃の嵐に耐えるんだな」
俺は筋繊維を束にして掴んで、思いっきり引っ張った。縄を昇るように手を動かして、間合いの内側に易々と入った。九頭竜は自らを攻撃してしまうのに躊躇い、俺にもう一つの頭部を潰された。
残り――七頭。
頭部が真っ二つに破裂、血潮が瀑布して、身体を包み込んだ。冷や汗の出る嫌な感覚があった。その感覚は正しく、俺の周りで電撃が走った。俺は九頭竜の身体を転がりながら逃げ、正面に立つ二つの肉塊を睨んだ。現世にはいない服装――前世の服装をした肉塊が立っていた。九頭竜が昔語りした時代から再現したものだろう。昔語りによればEater達は脳に微粒機械を注入している。微粒機械により服を再現したのだ。
二つの肉塊――特殊部隊の姿をした男たちだった。
「己の力で来ないのか?」
「これが己の力だ」
俺は初撃を受けることにした。
何が来るかは分かっている。
特殊部隊の肉塊は九頭竜の皮膚を蹴るように突進してきた。俺が前世で何度か相手にした加速装置だ。眼にも止まらぬ速さで突進してきて、俺の胸と頭部に拳を叩き込もうとした。骨が軋み、苦痛が伝わってきたが、先ほどの同じように狙いは分かっていた。俺は胸と頭部の前を腕で防御して、何とか初撃を耐えた。加速装置は一朝一夕で扱えるものでは無い、所有者もあまりの速さに単調な攻撃になる。初撃を防ぎ、身体を掴んでしまえば、こちらの番である。
片手で頭部をつかみ、拍手するように特殊部隊の頭部を合わせた。
赤い肉の花を咲かせたが、中身は無かった。
そこには脳すらない――肉塊が生者の真似をしていたようだ。
俺は九頭竜に肉塊を放り投げて、あかんべーをした。
「ばーか! そんなド三一で俺を殺せるか! もっと頭を使え!」
……言っちゃあ悪いかも知れないが、九頭竜はベルゼブルと比べて遥かに弱かった。ベルゼブルの場合は信仰の力で無敵に近い力を持っていたが、九頭竜は信じている者が遥かに少ないのだろう。攻撃に対する反発力が存在しなかった。
半島の住民はEaterを知っているものは少なく、もしかしたら前世の信仰も影響するのかも知れないが、それを合わせても微々たる力なのだろう。
俺は口笛を吹いて馬を呼び、九頭竜を倒した後の準備をした。
「さてさて、そろそろ終わらせようか」
「……痴れ事を」
九頭竜は翼をつかって不細工に飛び上がり、俺に圧し掛かってこようとした。クダラナイ攻撃だ。最悪の攻撃だ。なんの創造性も無い攻撃は紛い者の証だろう。他の生物を食い、自分の血肉とする能力だが、化物の形を自由に操る術を作り出そうとしなかった。
だから、この便所の落書きにも劣る糞っ垂れな攻撃方法なのだ。
ああ、笑える。
腹が痛くて死にそうだ。
良いだろう。
かかって来い……相手になってやろう。
九頭竜は落ちてきた。
俺は避けずに両腕を掲げて、受けた。
全身の骨が軋んで、軟骨が爆ぜたような音を出した。
俺は完全に受け止めた。
そして片腕で支えて、右の拳で下から振り上げるように殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
貫通。挿れる。内臓を掴む。引きずり出す。身体の下から走って逃げる。内臓を引きずり出す。九頭竜も引き摺られて、不細工に悲鳴をあげていた。
腸に引っ張りを感じた。
限界まで引きずり出せたのだろう。俺はその場でハンマー投げのように回転した。九頭竜は踏ん張っていたが、俺の馬鹿力に耐えられずに浮いた。広場にいた亜人たちを巻き込み、打ち倒して、次々と死体を量産した。
「あががががっ……」
「ああああっ、疲れるぅ……我慢できねぇ!」
俺は近くの森の上空へ九頭竜を放り投げた。
「面倒だから、殺しちゃうよーん」
俺は急いで走って、森まで駆けた。九頭竜は羽を使って飛ぼうとしたが、上手いこと制御ができないようだ。
その隙に、絶対死を与えてやろう。
俺は木を引っこ抜いて、上空の九頭竜へ向けて投げた。
九頭竜の左翼を貫き、二撃目に右翼を破壊した。
「ああああっ!」
九頭竜は密生した樹の上に落ちて、数本の樹に串刺にされた。俺は樹を担いで、枝を足場に樹の上に昇り、釘を槌で叩くように樹を何度も振り下ろした。
打撃を与えるたびに、肉体を樹が貫き、苦悶の悲鳴が聞こえた。
「百舌の速贄みてーだな」
死ねや、死ねや、死ねや……。
俺が打撃を加えていると、他のEater達が樹の上に昇ってきた。十人返り討ちにしたところで、思った以上に敵が増えたので、樹から飛び降りて馬に乗った。
「ま、待て……」
九頭竜が追い縋ろうと足掻いたが無駄だった。
「お前に俺は殺せない! 人間に憧れるものが、人間の天敵である吸血鬼に勝てるはずがなかろうがっ!」
俺はレッドが率いる本隊を追いかけるように、追撃する亜人たちを追いかけた。




