全身鎧が居間にいる
家に帰ったら全身鎧がいた。
突然何を言い出すのかと思うだろう。
だが言葉の通りなのだ。
肌を焼くような強い日差しと、ジワジワと鳴くセミの大合唱の中、夏休みの補習を終えて家に帰ると、畳の居間に、全身に銀色の鎧を着こんだ誰かが胡坐をかいてテレビを見ていた。
今日のおやつにと棚にしまってあったポテトチップス(のりしお味)の封を開けて、フルフェイスの兜の口の隙間から器用にボリボリと食べている。
鎧姿でポテトチップス。外の暑さで頭が回っていない私の目にも、実にシュールな光景に映った。
何事かと思った。本当に何事かと思った。
まず浮かんだのが家の人間のコスプレだ。
これだけ思い切り寛いでいるのだ、よもや他人ではないだろう。
母や妹のどちらかにそんな趣味があるとは知らなかったが、私も家族に言っていない趣味は持っている。全然、アリだ。
「ただいま?」
「あ、おかえりー」
コエ、チガウ。
動揺のあまりカタコトの日本語が頭を駆けた。
兜越しにくぐもっているからとか、ポテトチップスを食べているからとか、そんな類のものじゃない。
そんなものを大きく跳び越えて、まず声が違う。我が家にテノールはいない。せいぜいアルトくらいだ。主に私だ。
バス、つまり成人男性であろう、声。
私、母、妹。三人家族の我が家に、そんな声を持つ人物などいない。
不審者だ。どう軽く見積もっても不審者だ。
だがしかし、家でこれだけ寛いでいるのだ、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
私にこんな趣味を持った知り合いはいなかったはずだが、家族の誰かのそれではないと言い切れない。
電話の子機に手を伸ばし、意を決して私は問いかける。
「…………ドチラサマデショウカ?」
私の問い掛けに全身鎧はポテトチップスを食べる手を止め、居住いを正した。
あ、ちゃんと正座した。
そう思った私の目の前で、全身鎧は兜を脱いだ。
「あ、はじめましてー。俺、違う世界から来た者でしてー」
おそらく彼は微笑みかけているのだろう。
だが私は、その挨拶に応える事は出来なかった。
顔がない。
鎧を脱いだ先に顔らしきものが何一つない。のっぺらぼうなんてレベルじゃない。そもそも、無い。
頭があるであろうその場所からはしっかりと、向かい側のテレビに映る世直し時代劇が見える。
一切、何一つ、隔てるものがないクリアな状態。
頭どころか、立っている私の位置からは、鎧の中身までしっかり見えた。
ヨロイノナカミナンニモナイデスヨ?
私は声に鳴らない悲鳴を上げた。
水に上げられた魚のようにパクパクと口が動く。
どこから突っ込めば良いのだろう。何に突っ込めば良いのだろう。
暑さと現状に混乱した私の頭から絞り出せた問いかけは一つだった。
「私ののりしおは体内のどこへ消えたの……!?」
「お姉ちゃん、ツッコミ所そこじゃないよ……」
奥の方から妹の声が聞こえてきたけれど、言葉は頭に入らなかった。
意識が遠のく前に頬をつねってみた。ちゃんと痛かった。