感謝の気持ちに想いをのせて
去年の四月に入社して十ヶ月。
入社して配属された場所は、企画部。
まさに、精鋭部隊で、私以外みんな異性。
って事で、紅一点の私としては、部署全員にお礼を兼ねた義理チョコを渡す予定なのだ。
だけど、この部所の男性陣は、皆イケメンの上に仕事が出来るメンバーなので、物凄く恨まれてるんだ。
何で、私がこの部所に配属になったのかが、未だに不思議なんだけど…。
その中でも、神谷知哉先輩が私の教育係(?)として、色々と教えてくれた。
神谷先輩は、企画部の中で、一番の出世頭。
他の部所に配属された同期の子にも、羨ましがられるほどの逸材だ。
そんな先輩に、仕事のノウハウを教えてもらえるなんて、思わなくて、お局様(お姉さま)達に毎回、呼び出される始末。
それでも、めげずに先輩からの指導を受けて、やっとの事で一人前(?)になったと自負してる。
その先輩は、私の失敗を自分がした事だと庇ってくれる程の優しい人。
「すみませんでした」
「気にするな。同じ失敗を繰り返すなよ」
頭を下げて謝る私を優しいく頭をポンポンと叩く。
そんな先輩に惹かれていく自分がいる。
そして、バレンタインまで後二週間。
お礼とお詫びをしようとして、チョコを渡そうと目論んでいる。
そこに“好き“という気もちを隠して…。
バレンタインデー前日。
私は、早々に会社を退社して、デパートに駆け込む。
先輩以外の男性陣には、同じチョコを…。
友チョコと先輩用に手作りチョコとメッセージカードを購入した。
急いで家に帰り、先輩のチョコを作り出す。
チョコを刻んで、湯銭で溶かす。
チョコが滑らかになったところに、リキュールを一滴垂らし、軽く混ぜて型に流し込んだ。
冷蔵庫に容れて、固めた。
その間に、先輩へのメッセージを書く。
“いつも助けて頂き、ありがとうございます。
感謝の気持ちです。 高林“
“好きです“とは、流石に書けなかった。
出来映えのよいものだけを選んでラッピングする。
リボンのところにカードを挟んだ。
翌日。
就業前に、チョコを配り出した。
まだ来てない人には、付箋でメッセージを書いて、机の上に置いた。
先輩、まだかな。
何時もなら、もう来てるんだけどなぁ…。
「神谷なら、今日終日、外回りだぜ」
先輩と同期の睦月先輩が言う。
「そうなんですか…」
「何、そんなに落ち込んでるんだ?」
「いえ、何でもないです」
私は、慌てて答える。
「幸樹ちゃんは、神谷の事が好きなんだ。そっかそっか…」
って、睦月先輩が突っ込んできた。
エッ…。
アッ…。
「大丈夫。誰にも言わないから」
睦月先輩は、自分の口許に人差し指を立てて、ウインクする。
ハァ…。
ばれてたのかなぁ…。
「渡せるといいね」
って、応援してくれた。
退社時間を過ぎても、先輩は戻ってこない。
やっぱり、今日は戻ってこないのかなぁ…。
「あれ、幸樹ちゃん。まだ帰らなの?」
「エッ…あ、はい。もう少しやってから帰ります」
「そっか。じゃあ、お先に」
「お疲れさまでした」
と、声をかけた。
仕事に没頭してたら、いつの間にか廻りには、誰も居なかった。
あるのは、先輩の机に置かれてるチョコの山。
ハァ…。
時計を見る。
十一時を回ったところ。
結局、渡せなかったなぁ…。
もう、帰ろ…。
先輩の机の上に、チョコを置いて……。
私は、会社を出て駅に向かって歩き出した。
ちゃんと、手渡したかったなぁ…。
「……き」
ふと、名前を呼ばれた気がして、足を止めてキョロキョロと辺りを見渡す。
が、誰もいない。
空耳か…。
「幸樹!」
やっぱり、呼ばれてる。
振り返ると、先輩が走ってくる。
私は、平静を取り持ちつつ。
「先輩、お疲れさまです」
と言う。
「お疲れ。追い付いてよかった」
先輩が、安堵の溜め息を漏らす。
あれ、何かあった?
って、私、何かしでかした?
私の不安を余所に。
「幸樹。これ、ありがとうな」
って、先輩が私のチョコを手にして言う。
ああ。
その事か…。
「いいえ。大したものじゃないですけど…」
「なぁ、幸樹。本当にこれだけなのか?」
「?」
なんのことだろう…。
「このメッセージ以外にないのか?」
エッ…。
あっ。
先輩、私の想いを知って…。
「先輩…。私、先輩の事好きです…。付き合って欲しいとは、思っていません。ただ、自分の想いを伝えたかっただけですから…」
ヤバイ。
もう、恥ずかしくて、顔をあげられない。
「幸樹。本当に、付き合わなくてもいいのか?」
エッ…。
どういうこと…。
「俺も、幸樹の事好きだ。だから…」
それって…。
私は、恐る恐る顔をあげる。
先輩が照れ隠しするように頭を掻いてる。
「俺と付き合ってください」
先輩が頭を下げてきた。
う、うそ……。
私は、信じられなくて、瞬きを繰り返した。
「返事は、幸樹」
先輩に促され。
「私でよければ、喜んで」
って、答えていた。
「“よければ“はいらない。俺はお前がいい」
って、抱き締められてた。
「先輩…」
「先輩じゃなくて、名前で呼んで、幸樹」
「…知哉さん」
って、呼んでみた。
すると、益々赤くなっていく先輩。
可愛い…。
普段見せてくれない先輩の顔が、私だけに見せてくれてるんだって…。
それだけで、嬉しかった。