第三章 三引く一と暗号文の秘密
霊夢、魔理沙登場。魔理沙が出ると一気に東方らしくなるのは何ででしょうね?
現場の和菓子屋は町の中心部、一会の家から太い道を歩いて15分と、離れたところにあった。
その間に一会から聞いた話の概要をまとめてみる。
その和菓子屋は七時に開店し、八時には店内で閑古鳥が鳴いていたそうだ。残念ながら人気はない店らしい。だが、八時三〇分には朝市の流れに乗って客がちらほらと見え、そして、八時四五分頃、誰も買わなかったはずの高級最中が一つなくなっていることに店主が気づいた。来店中だった一会が依頼を受け、偶然見つけた怪しい足跡を追跡し……。
そして見失ってしまった、と一会は残念そうに言った。
到着した和菓子屋はこぢんまりしていたが小綺麗な店だった。不況だから客は少ないと一会が言っていた通り、繁盛しているようには見えなかった。
「やあ一会君。……どうだった?」
店主は意外にも、若い男性だった。一会より七、八歳年上だろうか。挨拶すると、私の第三の目を見て驚きながらも、ニコッと挨拶を返してくれた。
「すみません。逃がしました。しかし証拠が何か集まるかもしれません。少し調べてよろしいですか」一会が言った。
店主は優しい口調で、
「そうか……残念だったね。構わないよ。どうせ客も来ない。好きにしてくれ」と言った。
すると、
「おいおい、私達は客じゃないのか?」
「魔理沙はむしろ泥棒でしょ」
「私が何か盗んだことがあったか? 私はいつまでも真っ白だぜ?」
霊夢と魔理沙だ。店の、私達から死角になる場所にいたらしい。
「久しぶりね。何でここにいるの?」
「お、お前は地霊殿のさとりの妹の! ……えーと」
「……誰だったかしら?」
とっても彼女達らしい返事をしてくれた。店主さんとの話が終わった一会が、
「古明地こいしさんだ、君達はすぐに忘れるねえ」
と言うと、二人は納得顔をする。もう一度質問すると、
「なにしに来たって……ねえ?」
「売れ残りを失敬……いやいや両者同意の元で頂戴しようとしてただけだぜ」
店主が困った笑顔で、
「ほっといても、駄目になっちゃうから、売れ残りを安くして二人にあげてるのさ」
「こんなに美味しいのにね」
「誰も買わないから私達に回ってくるんだ、むしろありがたい」
「盗んだ奴はここの味が分かってるってことね……魔理沙、自首するなら今のうちよ」
「毎回よだれを垂らしながら売れ残りを平らげる貧乏巫女に言われたくはないな」
私が霊夢達と話している間、しばらく店内を見ていた一会が店主に話しかけた。
「店主さん、店主さん。その最中がなくなったのは、そっちのガラスのショーケースの方ですか、それともこの小さい机の方ですか」
変なことを聞くなあ。一会が聞いたのは、こういうことだ。
こぢんまりした店内には二箇所、件の最中がおいてある。
一箇所目、ガラスのショーケース。幻想郷の和菓子屋にしては珍しく、ガラスで出来たケース(様々な種類の和菓子が並べられていて美味しそう)がある。その中と、その上の、よく目立つところに最中が積んであった。『新発売』と書いてある。この箇所は、ケースとしてだけでなく、代金の受け渡しなども行う、まさに店主の目の前だ。ここから持って行ったらすぐにわかりそうだ。
二箇所目、店の入り口から入って真横にある、小机。『新発売』の大きい紙があり、最中がこちらにも沢山積まれている。ショーケースの側からでも、良く見える位置だ。ショーケースからは一会の足で三、四歩。三メートル程度かな。
私は当然小机の方から持っていったのだと思った。でも、
「実はショーケースの方なんだよ」と店主は言った。意外だ。
「ふーん……」
一会は意外だ、とも、やっぱり、とも表情を表さず、しばらく黙ってケースと机を見比べていた。何回か小机とショーケースを往復しショーケースの辺りから小机を見たり、その逆をしたりした。
しばらくたって、みんなが手持ち無沙汰になった頃、一会は突然思いついたように言った。
「店主さん、どうやって最中がなくなったことに気づいたんです? もしや、一つ一つ数えて確かめたんですか?」
「まさか。一目見れば分かる。ほら、箱を三つずつ積み上げて並べてあるだろう」
言うとおり、細長い箱は、ショーケースの方も小机の方も、縦に三つずつ積んで、横に長く並んでいる。見ると、ショーケースの上の並びの一つが欠けている。間違いなくここから取ったようだ。
「これですぐにわかったんだよ」
「……なるほど、やはりね」一会がにやりとした。「解りましたよ、方法が」
ええっ?
「さて、まだ犯人こそ解りませんが、トリック……正確にはトリックのひとつ、が解りました。この方法を使えば、仮に魔法や、妖術などを」ちらっと霊夢と魔理沙を見て、
「使えなくても犯行可能です。僕でもね。
はじめに言っておくと、実にシンプルです。拍子抜けしないように。
では始めましょう。店主さん、あなたはショーケースから最中を取られたとおっしゃった。しかし僕に言わせれば、本当はあちらの」指を指す。「小机の方から取られていたんですよ」
いや、それはおかしい。
「確かにショーケースから、なくなってるよ?」
私が欠けた箱の当たりを指さして言うと、一会は頷いた。
「確かに。でも僕には確信がある。ちょっと順序を替えて説明しましょう。店主さんはずっとショーケースの向こう側から、つまりショーケースの上、そして小机の両方を見張ることができる位置にいましたね」
店主さんが頷いて肯定する。すると、いらいらと魔理沙が言った。
「それがどうしたんだ?早く方法とやらを教えてくれよ」
「まあ待ってくれ。待てない? 仕方ないなあ。じゃあ魔理沙、こっちに来て、そう。ショーケースの向こう側。店主さん、この辺ですね、足跡が付いてる」
再度店主さんが頷いた。一会が魔理沙の隣に立って話し掛ける。
「じゃあ魔理沙。今君はこの店の店主だ。さあ、客が何人か入ってきたぞ。もしかしたら高級最中が危ない。君ならどうする? どこを――誰を、じゃなくて――どこを、見張る?」
魔理沙は黙って小机を示した。
「そう、そうだ。当たり前だ。なにせ、あそこから取られたら簡単に逃げられるからね。店主さんもそうした……したんですね、ありがとうございます。
じゃあ魔理沙。こうして小机を見張るときに、すぐ近くのショーケースの上の最中を取られたら気が付くだろうか」
魔理沙は見せつけるように溜め息をついた。
「残念、気づくに決まってる。それがトリックか? お粗末すぎやしないか」一会が意地悪く笑った。
「まだあるさ……。とりあえずそういう状態だと思えばいい。さて、さすがに直接持っていかれれば気づく位置だ、ここは」一会がガラスの表面をつつく。
「じゃあどうしたか。ここで最中の箱の並べ方が関わってきます」一会はショーケースと小机を指し、小机に近づいていった。そして三段重ねの箱の一つを持ち上げて、霊夢に聞いた。
「霊夢、3−1=?」
「2! ……バカにしてんのか!」
一会はもう一個箱を持ち上げた。
「魔理沙、2−1=?」
「1。なんだコレ」
一会はまた一個箱を持ち上げた。
「こいし。……1−1=?」
「0、だよね」
「全員正解。では最後は足し算」
一会は三個の箱を持ったままショーケースに移動する。ショーケースの上に箱を二つ置いた。
「店主さん、0+2=?」
「2だね」
「正解。……以上で終了です」一会は手に持った余りの箱を軽く振った。
え、終わり? 全員の顔に同じことが書いてあった。
「説明になってないよ。どういうこと?」
一会はそこで初めて周りの反応を見て、皆が納得していないことを発見した。
「あれ、解りませんか」
「わかんないよ」
一会はがりがり頭をかいた。
「もう説明することはあんまりないですよ。
今僕が動かした箱を見て下さい。小机の方は動かしてしまった分はもうありませんが、まだたくさん箱は残ってます。今第三者がこれを見ても、誰も、何かなくなっているとは思わないでしょう。ショーケースの方もまた然り。
いいですか、三個に積み上げた列の中に、二個加えるだけで、まるで一個減ったように見えてしまうんです!これが主なトリックです」
場に静けさが漂った。少しの間が去り、霊夢が口を開いた。
「でも、それでも箱を取るときに見つかるんじゃない? 小机はずっと見張られてるのよ」
「本当に『ずっと』とは行かないよ。他にも客はいる。その相手をしなくちゃあね。盗人はその一瞬の隙を見て最中の箱を三個取り、ショーケースに二個乗せた……盗んでいくより置いていく方が断然、わかりにくい。そして店主は小机に変化が見られないため警戒しない」
また一同は沈黙に包まれた。しかし、私は一会の話に単純な矛盾があると気付いた。
「それならそのまま三個盗めば良かったのに。どうして一つしか持って行かなかったんだろう?」
一会は痛いところを突かれた、という顔で、
「分からない。ただ、この方法なら誰でも出来る。さらにショーケースから取ったように見せかければ犯人は普通の人間ではない、という誤った結論を誘導できる。……ただ、はじめに言ったようにこれは一つの可能性でしかない。別の方法かもしれない」
「結局、」魔理沙がショーケースの裏から出てきて言った。「犯人の範囲が広がっただけだな」
魔理沙の言うとおりだ。これで容疑者はこの店に来た客全員になってしまった。どうするつもりだろう?
一会は黙っていた。まるで何かを待つように。それにつられて、また全員が静かに、真剣に一会を見つめた。
名探偵の次なる手は……?
しかし、すぐに緊張は去った。響く、ぐぅ、と、間の抜けた音。一会が情けない顔で、
「お腹が空いた……」と呟いた。
一人残らずずっこけた。
「腹減っただけかい!!」
怒り顔の霊夢と魔理沙が同時に突っ込みを入れた。私も少し怒っている。さっきのシリアスを返せ。
「何か作戦を考えてたんじゃないの?」
「いや、朝ご飯たべてないからお腹空いたな、と」一会が純朴そうに言った。
「なんだかガッカリだよ!」
一会は私達三人に色々言われていたが、やがて、見かねた様子の店主が親切にも、「うちの和菓子でも食べます?」と言った。
『食べます!』
一会も霊夢も魔理沙も、そして私も、満面の笑顔で答えた。実はお腹空いてたんだよね……。
和菓子屋の奥の部屋、畳の床に私達は座った。店主が盆に盛った美味しそうなお菓子を持ってきた。普通の最中や饅頭、大福などだ。
「すいませんね、わざわざ」一会がお盆から目を離さずに言った。
「気にすること無いわ。どうせ売れ残りだし」霊夢もお盆に目を釘付けにして言った。
「その通りだぜ一会。ありがたやありがたや」魔理沙がお盆を睨みつけながら言った。
「そんなこと言っては駄目よ、二人とも」言いつつ、私もお盆をまばたき一つせずに見据えていた。
「沢山あるから、遠慮せずに食べて下さいね」店主が言った、その言葉を皮切りに、
『いただきます!!』
私達は一斉にお盆に襲いかかった。
「あ〜、食った食った」
「ご馳走様でした」
早めに戦線離脱した私と魔理沙は、お茶を飲みながら、未だ続く一会と霊夢の一騎打ちを観戦していた。互いの出方を見つつ、目当てのお菓子を先に取ろうと手を伸ばす。弾幕ごっこにも引けを取らない駆け引きがそこにはあった。ただ、二人の顔にあんこがたっぷり付いているのが残念だった。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、作ったかいがあります」店主は嬉しそうに言った。「良かったら、一箱どうでしょう、これ」
高級最中だ。一会と霊夢の目が輝く。
「良いんですか? 一つ二千円もするんでしょう?」私は心配で聞いたけど、
「良いんですよ。どうせ売れないんです。食べてくれるだけで嬉しいんです」店主さんは少し悲しそうに答えた。
だが、飢えた二人の手は止まらない。奪い合うように箱を開けると、たちまち最中を口に運びだしたので、私と魔理沙は慌てて一つずつ、最中を救い出した。
「お、美味いな、何入ってるんだ、これ?」魔理沙が驚いて言った。
「説明はしにくいけど、皮の生地にも、餡にも、かなりの手間がかかってるんだ。多分うちでしか作れない筈だ」
今までのお菓子も絶品だったけど、これは別格だった。口に入れた瞬間、ふわりと広がる粒あんの甘さ。一つ一つ手をかけたのがよくわかる丁寧な美味しさだ。思わずため息が出た。
そんな味わいを全然理解してなさそうなのがこの二人。ガフガフと一つ平らげると、もう一つをほおばった。しばらく至福の表情でモグモグやっていた二人だったが、
「むぐっ」
一会が急にむせた。口に押し込みすぎだって。
私はお茶を差し出して、
「大丈夫?」と言った。
しかし一会はそうじゃない、と言うジェスチャーをすると、自分の口に指を入れ、何か取り出した。
一会がそれに付いた餡を拭き取ると、みんなが覗き込んだ。中に何か(紙かな)が入ったビニル製の透明な袋だ。小さい消しゴム大のサイズをしている。
「店主さん、この最中、当たりくじとかあったんですか、先に言って下さいよ」
お茶で口を空にした一会が愉快そうに言った。でも、
「そんなもの入れないよ……どこから入ったんだ……?」店主さんが不安げに言った。
むしろ一会が気になるのは、袋の中身らしい。ワクワクと袋を開けると中身を出した。やっぱり、折り畳んだ紙だ。ビニルのおかげで汚れなかった紙を一会が広げて、畳に置いた。またみんなが覗き込む。整然とした字で、こう書いてあった。
『南陀仏、無阿弥陀、無阿弥、南無阿陀、南仏、南弥仏、南阿弥、南仏、阿、無阿弥、無弥、無陀、南無仏、南阿、南弥陀仏、陀、南無仏、無阿弥、南無仏、無阿弥、南無陀仏、南阿陀』
意味不明な文字列が並んでいた。
「なんだこりゃ」魔理沙が呟く。
「仏教は管轄外ね」食べ終わった霊夢が紙を眺めて言った。
私は困惑して一会を見た……一会は奇妙な顔をしていた。
「どうしたの、一会?」
みんなが一会の顔を見た。
「いや、……たぶん、この暗号はどこかで見たことがある」
「暗号?」と全員から驚きの声。
「見るからに暗号だろうよ。見たことがあるんだ。ただ、どこだったか……どう解くんだったか……」
「覚えてないの」
一会はすまなそうに首を振った。
「暗号だって言うなら、誰が書いたんだ?」魔理沙が暗号を取り上げて言った。
「多分、最中泥棒」一会があっさり答えた。
「なんで?」私の質問だ。
「それはね……。店主さん、この箱はショーケースから持ってきたんですか?」
「そうだよ」
「じゃあ違いない。僕がさっき見せた方法で泥棒は最中を二つ、ショーケースに置いた。その時にこの紙を最中に押し込んだんだろう。それ以外に最中に紙を入れられる奴はいない。……まさか店主さんじゃないでしょう?」
とんでもない、と店主はかぶりを振った。
「なんで泥棒はこんなことを……?」
「解けば分かると思いますよ。解けばね」
一会が暗号をじっと見ながら答えた。
しばらく皆で頭を抱えていたが、やがて、昼を告げる鐘の音が聞こえ、一会がよいしょ、と立ち上がった。
「店主さん。ちょっと時間がかかりそうなんで、家に帰って調べてもいいですか」
「構わないよ。私には解けそうもないし、持って行ってくれ」
しかし一会は首を振って、
「いや、いや。原本は大事ですからここに置きます。ちょっと写し取りますね」そう言って一会は紙と鉛筆をポケットから出して、書き写し始めた。
一会は左手で茶を飲みながら、写しを書き終えた。それを私に見せて、
「間違いがないか確認して欲しい」
間違いは無いけど……字が汚い。アンバランスに字が崩れ、明らかな劣化コピーになってしまっている。
「大丈夫かな。よし、ありがとう」一会は大事そうに紙をしまうと「ご馳走様でした。進展があり次第、また参ります」と頭を下げた。
霊夢と魔理沙はまだ残って暗号を解くつもりらしい。私は別れの挨拶をして、一会について店を出た。
太陽は高く登っていて、冬でもまだ暖かい。一会は両手をコートのポケットに突っ込んで、歩き始めた。
「これからどうするの?」
「これを解く」
何か考えている様子だったので、それきり私は話しかけなかった。がらんとした道を二人で歩いて帰った。
再び一会の家にたどり着いた。相変わらず本だらけだ。ソファに座り、しばらく互いに頭をひねっていたが、突然一会が言った。
「眠い」
空腹の次は眠いと来たか。
「寝てる場合じゃないでしょ!」
「いや人間に睡眠は必要不可欠だ……ふああ」
一会はソファから腰を上げた。
「ちょっと散歩して、目を覚ましてくるよ。すぐ戻る」
そう言うや否や、コートを着て、さっさと部屋から出て行ってしまった。それにしても、会って数時間の相手を自分の家で留守番させるというのはどうなのか。私が例えば魔理沙だったら、今のうちに色々泥棒しているだろう。
「それにしても本当に凄い本の数ねえ」
暗号を解く糸口すら掴めない私は、次第に飽きてきて、本の山を物色していた。いっそのこと、読書して待っていてやろうか、推理小説ばかりだけど。そう思って、本棚の一つに手を伸ばそうとしたとき、一会が推理小説について言っていたことを思い出した。
――捜査の役に立ったりもするんだから……
私は『暗号・ダイイングメッセージ』の棚に移動した。本当に役に立つ本があるならここしかない。ただ、困るのが、
「多すぎ……」
本棚から追い出された物も含め、上から下まで全部読むのは無理かもしれない。というわけで、私は自分の無意識にビビっと来るものを選ぶことにした。たまにはこういうのも大事だよね。
「うーん、暗号、和菓子……最中……高級……二千円……最中」
その瞬間、パッと目に入った本があった。
『二銭銅貨 作 江戸川乱歩』
二銭銅貨と二千最中ってなんか似てる! それだけの理由で私は本を取った。当たらなくてもともとだ。
しかし、奇跡と言うものは存在したらしい。
「あ……。当たっちゃった……」
大当たりだった。ネタバレになるから詳しくは言えないが、全く同じ暗号とその解き方がそこには記されていた。
それに即して解読すると、こうなる。
『さとのちかくのかわのおーきなすぎのきのした』
里の近くの川の大きな杉の木の下!
解けた嬉しさで一人で喜びの踊りを踊っていると、一会が帰ってきた。
「解けたよ! 暗号!」
驚く一会にそれまでの経緯を説明した。
「ああ、『二銭銅貨』か! よく分かったね。お見事だ」 一会は感心したように拍手した。
「勘だけどね」
「勘も使いこなせば、良い武器になる! よし、店主さんのところに行こう」
霊夢と魔理沙はまだそこにいた。
私が暗号を解いた旨を伝えると、霊夢と、とりわけ魔理沙は悔しそうな顔をした。
「こんな何も考えてなさそうな奴に負けるとは……」
そんなことを思われていたのか。確かに魔理沙には弾幕ごっこの時にいろいろと誤解を生んだ気がするが。
失礼ね、と言い返す前に、
「じゃあ行こうか、この暗号が示すゴールに!」と、一会が店を飛び出してしまったため、みんなで追いかける羽目になった。
里の近くの川、とは、私と一会が出会った場所だった。一会は、やっぱりここだった、と私に言った。店主さん含め、五人全員で近くの杉の木を調べたところ、
「ここ、怪しいわよ。お金の匂いがするわ!」
霊夢の人間や妖怪を遥かに超えた嗅覚はさておき、確かに大きな木の真下には掘り返したような跡があった。
「掘ってみるか」
一会はコートの裏側のポケットから折り畳み式の小型シャベルを取り出して、組み立てた。
「河童お手製、じゃあなくて、外の世界のホームセンターで買ったんだ」一会は珍しそうに見ていた私に説明した。
外来人だったのか。地味に私に衝撃を与えた一会は、黙って手を動かしていたが、やがてカチンと音がした。
「あったあった」
シャベルを置いて、穴に手を突っ込む。スチール製の箱が出てきた。
「さて、何が入っているのかな。皆さん、ご覧あれ」
箱の中には、小さい茶封筒がひとつぽつんとあった。それ以外には何もなかった。
「なんだ。宝石でも入ってたら面白かったのに」魔理沙は残念そうだったが、
「だったらお金よ。間違いないわ!」霊夢は大興奮で言った。
「だとしても」一会はとがめるように言った。「これは店主さんのものだろう。どうぞ開けて下さい」
店主は頷いて、茶封筒を開けた。
中には、十万円ほどのお金(「やっぱり! 私の鼻に誤りは無かったわ!」と霊夢が声を上げた)と、暗号同様の整然とした字で書かれた手紙があった。
『あなたがこれを読んでいるなら、暗号を無事解いたということだろう。
おめでとう。その金はあなたの物だ。
最中は実に美味しかったよ。ご馳走様。だがもう少し価格を下げてはいかがかね? 一般庶民にはやや高すぎると私は思うね。
美食家の怪盗紳士より』
「変なの」私は呟いた。
「確かに変だ。江戸川乱歩を使っておきながら、なんでルパンなんだ。二十面相だろう、そこは」一会が答えた。
変なのはそこだけじゃないと思うけどな。
「で。犯人は分からないままか。逃げられたな、名探偵?」魔理沙がにやにやしながら言った。
「ああ、僕の負けだよ」一会が悔しさをおし隠すように、しっかりした口調で言った。「店主さん。もう手掛かりがありません。残念ですがここまでで……」
「いや、一会君。君は良くやってくれた。そちらの」店主が私に笑いかける。「妖怪さんもね。どうもありがとう。君達がいなかったらただ損をしただけだったんだ。本当に感謝してるよ」
そう言って、店主は頭を下げた。
◇◇◇
こうして、奇妙な最中窃盗事件は幕を閉じた。
霊夢はお金が手にはいらなかったことが残念そうだったが、魔理沙に引きずられて帰って行った。一会はお礼は要らない、犯人は捕まらなかったんだから、と言ったけれど、店主さんはじゃあこれだけでも、と和菓子の詰め合わせのセットを渡してくれた。
私と一会は、まもなく薄暗くなっていくであろう、和菓子屋からの帰り道をのんびり歩いて帰った。私は断ったのだけど、一会は私に貰ったお菓子の全てを渡した。
「君がいなくては」一会はにっこりした。「暗号は解けなかっただろう。君を助手に選んで正解だった」
里の出口まで一会は見送りに来てくれた。
「いつかまた、会うことがあったら」一会はそう言って手を振った。
私も手を振りかえしたが、『また』はないだろうなと思った。彼も分かっているはずだ。
私は妖怪。彼は人間。霊夢や魔理沙と言った特殊な人間でもない限り、私達妖怪と人間との差は大きいのだ。やがて一会は背を向けて、あの、居心地の良かった本の住処に帰って行った。その背中はなんだか寂しそうに見えた。……そういえば、彼に友達はいるのか。霊夢、魔理沙とは年齢が離れているし、慧音さんや店主さんとは敬語で話していた。
一会が建物の角を曲がって姿を消した。あの先には彼の家がある。狭い階段を上がって、手書きの表札付きのドアを開けて……と、ここまでを頭の中で追いかけて、やめた。だからどうした。この後、彼が一人で過ごすからなんだというのだ。
私は一日ぶりに地霊殿に帰った。お姉ちゃんにお土産だと言ってお菓子を渡して(お姉ちゃんは喜んでくれた)、夜ご飯を食べ、風呂に入って、ペットの世話をして、自分の部屋に入った。そのままベッドに横になる。あとは寝るだけだ。
ああ、今日は面白い日だった。怪盗紳士って誰だったんだろう。でも楽しかったな……。
そんなことを思い、私は目を閉じた、が。
なんだろう。何かが引っかかる。何かがおかしい。
私の無意識が何かを察していた。この違和感はなんだ。まるでパズルのピースが正しく収まっていないような、すっきりしない感じ。これは何だ。
私はベッドから身を起こして、考えた。考えて、考えて、考えまくった。何だ、何だ、何だ……。
気が付くと私は寝ていたらしく、ベッドの中にいた。地底だから朝日は無いけど、時計を見て、寝過ごしたと知った。いけない。朝ご飯はあるかな。
朝食のテーブルには誰もいなくて、置き手紙があった。お空の字だ。
『こいしさまへ
さきに朝ごはんはたべてしまいました。こいしさまの分はれいぞうこに入ってます
空より』
へたくそだけど、一生懸命に書いたのだろう。微笑ましくなる文章だった。
私は置き手紙の通り、冷蔵庫から朝ご飯を出して、自分でコーヒーを入れた。ミルクと砂糖もたっぷり入れた。スプーンでくるくる混ぜる。
その瞬間だった。何の前触れもなく、稲妻のように私の頭の中を考えが駆け巡った。昨日一日のことが、違和感の正体が、はっきりした。はっとしてスプーンを取り落とす。
分かった! 答えが!
私は大急ぎでコーヒーを飲み、パンをくわえると、地霊殿を飛び出した。向かう先は、一会の家だ。
【読者への挑戦状】
一会「さて、『二千最中』のこの時点で、偉大なるエラリー・クイーン氏を見習って、皆さんに挑戦をしたいと思います。
こいしはこの時点で、ある一つの結論に達しました。
あなたはそれがわかるでしょうか。
怪盗紳士とは、最中を食べた犯人とは、一体、誰なのか……。
どうぞ、最初から(登場人物紹介からでも良いですよ……)読み返して推理してみて下さい。
分かった、もしくは予想がついた方は、ぜひ感想欄に答えを(できれば理由も)書いて、僕の挑戦に応えて下さい。
さあ、僕はこいしを迎える準備をしなくては。合歓垣一会でした。また次回会いましょう」