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9-1








駆け寄ってきた大佐の形相に、クルミは思わずのけ反った。



「クルたん!」

反射的に、クルミを腕に抱いたカイが体を捻り、大佐と彼女の間に入るような体勢をとる。

「ちょっと、カイ部隊長・・・っ」

「彼女、怪我をしてるので騒がないで下さい」

クルミが一瞬眉間に力を入れたのを見たカイは、非難の声を上げ詰め寄ろうとした大佐に言い放った。

そして、クルミの腕から落ちた赤い点を視線で指す。

「・・・っ」

彼女は目に留まったものに絶句し、壁際に立ち尽くしている統治官を睨みつける。

その表情は、普段の柔らかさとは真逆の鋭さを放つ。


一方、カイのひと言にひと際大きく反応したのは、少佐だった。

「怪我。怪我ですか。・・・なるほど。

 統治官、そこに転がっている銃を使ったな。調べれば、すぐに分かる。

 ・・・正直に。言い逃れは罪を重くするだけだ」

彼は、こめかみに青筋を浮かべ、鋭利な刃物のような視線を統治官へと投げた。

「・・・う、あ、あ・・・」

髪を乱し、汗の伝う頬を引き攣らせた統治官は、言葉にならない言葉を繰り返して首を振る。

彼の目は、腰を擦っては伸ばしてを繰り返す、何食わぬ顔の壮年の男性へと向けられていた。

その様子に痺れを切らせたのか、少佐が彼の腕を捻り上げ、壁へと押しつけた。

だんっ、という音が白い壁を伝って響く。

同時に、壁に体を押しつけられた統治官の呻き声が重なった。

頬が潰れ、ぎし、と何かが軋む音がする。

「う、ぁあぁぁっ」

カイとクルミの立つ場所からは、少佐が邪魔で統治官の表情までは見えない。

けれど、その苦しそうな悲鳴からは、こうなるまでの余裕綽々な彼の姿は想像出来そうになかった。


クルミは、疼く腕に意識を向けないようにして、少佐の背中を見つめていた。

何かの軋む音と統治官の悲鳴が、どこか遠くに聞こえる。

気づけば、無事な方の手でカイのシャツを、きゅっ、と握りしめていた。

「・・・痛いよな。

 ごめん、早く病院に行こう」

気遣うような囁きに、クルミはカイを見上げる。

そして、首を振った。

「・・・あの人、どうなるの」

カイの黒い瞳が、揺れる。

何の感慨も浮かべない彼女の瞳が、あまりに真っすぐなことに、一瞬たじろいで。

「さあ・・・でもまあ、脅して、監禁して、あげくに傷害だからな・・・。

 傷害に関しては現行犯みたいなものだから、無罪はないだろうな」

「うん。

 ・・・わかった」

与えられた説明に、クルミが視線を少佐の背中に向けて、頷く。


その時、腰を擦っていた男性が、彼女に声をかけた。

「・・・君」

普通のおじさんだと思っていた男性は、実は普通じゃないかも知れない。

そう感じたクルミは、静かに視線を投げた。

すると、彼の方は笑みを浮かべて彼女を見つめる。

「君は、クルミ博士夫妻の娘さん・・・で、合ってるのかな?」

「クルミ、博士?」

男性の質問に首を傾げたのは、クルミを抱き上げたままのカイだ。

カイは、質問に答えずに視線を彷徨わせた彼女に視線を戻す。

クルミは、じくじくと痛む腕から意識を逸らしながら、口を開いた。

彼女の声が、沈む。

「・・・はい」

「そう・・・やっぱり。

 ええと、もうひとつの名前、何て言ったっけ・・・?」

彼女は、ちらりと頭上のカイを一瞥する。

彼は何かを訊きたそうな目をして、黙ってクルミを見つめていた。

にっこり微笑んだ男性に、クルミは首を振る。

腕の痛みなのか、胸が痛いのか、よく分からないまま。

「知ってるんなら、そういう訊き方しないで下さい。

 ・・・隠したり、嘘ついたり、しませんから・・・」

「ああ、ごめんね。

 そうだね、ちゃんと腰を落ち着けて話をした方が良さそうだ・・・」

真意の読めない笑みから、困ったように眉を八の字にする。


大佐が“おじさま”と呼んだ人物を、カイは胡散臭そうに見つめた。

突然現れた割に、クルミについて知っているらしいことは、なんとなく分かる。

カイは、彼の会話の仕方が統治官と似ているところが、クルミの体を強張らせている、ということにも気づいていた。

彼女の体を抱える腕に、力を入れる。

温もりが、今は少し熱いかも知れない。

彼女の額には前髪が張り付いていた。

痛みを我慢していることは、眉間のしわを見れば分かる。


早く病院に連れて行かなくては・・・と、口にしようとした刹那、壮年の男性は床に視線を落とす。

そこには、赤い点がある。


「怪我をしてるようだし、まずは病院だね。

 ああうん、ダリア、分かってる。クルたんの安全が最優先なんだよね。分かってます。

 ・・・ええと、君。

 せっかく現場を押さえたから、ちょっとだけ質問させてくれるかな?」

目を細めて彼らのやり取りを見守っていた大佐を振り返ってから、男性はクルミに向き直る。

そして、頷いた彼女を見届けて、尋ねた。


「そこにいる統治官は、君にとって何だろうか」

質問に、クルミは一瞬首を傾げた。

どういう意味なのだろう、と考えて、素直に言葉を選ぶ。

「・・・キモチワルイひとです」

「ぶはっ」

回答に、男性が噴き出す。

「言うに事欠いて、気持ち悪い・・・!」

繰り返して、頬がひくつく。

「だって、」

まさか自分の回答が笑われるだなんて思わなかったクルミは、憮然と続きを口にした。

腕の痛みに耐え続けているせいなのか、苛立った心がそのまま飛び出す。

「いっつもわたしの前に現れて、手、握ってきたり・・・お茶しようって言ってみたり。

 それに、協力しないとカイさん達を傷つけるって言って、ここに閉じ込めたんです。

 あと、わたしの血が欲しいとか言い出して・・・キモチワルイ人だと思います」

ほら、間違ってないでしょ・・・と言わんばかりの表情を浮かべたクルミを、彼らが凝視する。

特にカイと少佐の視線は、まるで槍のようだとクルミは思った。

少佐の舌打ちが聞こえて、統治官の口から悲鳴が上がる。

「なるほど。

 免許もないのに採血ですか」

クルミが視線を投げれば、ちょうど少佐が、統治官をさらに壁へと押さえつけているところだった。


・・・あたま、割れないといいけど。

・・・割ってもいいけど、わたしの見てないとこでやってよ。


半ば拷問のようにも見えるその光景に冷たい視線を送った彼女は、男性へと顔を向けた。

カイもそれにならって、笑いを堪えて震えている男性を見据える。

すると、自分に意識が向けられたのを感じ取ったらしい男性が、ふぅ、と息を吐き出した。

「うん、分かりやすい回答をありがとう。

 じゃあ、少佐はどうだろう。

 君にとって、彼は一体どんな存在なのかな」

「え?」

向けられた言葉と、男性の真剣な眼差しに気圧されたクルミは、思わず声を漏らす。

目を背けてきた話題を突き付けられて、手のひらがじわりと汗を掻く。

「え、と・・・」

カイを見上げれば、黒い瞳が興味深そうに煌めいた。


もしやこれは物凄く大事な場面なのではないか、とクルミは思う。

見たこともない壮年の男性ではあるけれど、大佐と少佐が連れてくるような人物なのだ。

きっと2人と似たような身分の人間なのだろう、と。


・・・顔は怖いけどお金くれる優しいおじさん、とか言ったら絶対怒られる!




クルミが少佐を見遣ると、真っすぐな視線が返ってくる。

その強さに射抜かれた彼女は、熱に浮かされるようにして口を開いた。

生じた反発心に素直になるよりも、この場に相応しい台詞を吐く必要があるのだと、頭では理解していたから。

「あ、あの・・・少佐は、わたしの・・・お、お・・・っ」

統治官を押さえつけたまま、顔だけをクルミに向けた少佐の目に、期待の色が満ちる。

見たこともない、若干鼻の穴が膨らんだような不思議な表情だ。

彼女は、そんな少佐の顔を目の当たりにした瞬間に、口走っていた。

自分でも不思議なほど、言葉が勝手に喉をするりと上がってきたのだ。


「・・・っ、パパ・・・です」









わずかに震えたまつ毛が、ゆっくりと上がる。

薄紫の瞳は焦点を失ったまま、ぼんやりとクリーム色の天井を映し出す。

そのまま何度か瞬きをした瞳が、ゆっくりと左右に視線を投げた。


ぼんやりしながら探すものは見当たらないことに、はっ、と我に返ったクルミが起き上がる。

勢いよく、のつもりだった彼女は、思うように動かない体に痛みを覚えて呻く。

「・・・っ、う・・・」

痛みに手が痺れる感覚に、深呼吸する。

そして、落ち着きを取り戻した彼女は、辺りを見回した。

「カイさん・・・?」

一度目が覚めた時には、その手で頬を撫でて傍にいてくれた彼がいない。

座っていたはずの椅子も、部屋の端に寄せられていた。

その事実が、クルミの肩を震わせる。

「カイさんっ・・・?!」

小さな声が、狭い個室に響く。もちろん返事などない。

クルミは、鼓動の乱れに合わせて息苦しさを感じて、胸を押さえた。

不安が、胸の中に渦を巻く。

それに飲みこまれた彼女の目からは、ぽろぽろと涙が零れ始めた。

どうしようもない喪失感に、声が出ない。

息苦しさからなのか、なんなのか、胸の奥が痛くて軋む。

そうして、浅い呼吸を繰り返す彼女の足が、床に下ろされようとした時だ。

病室のドアが、音を立てた。





病室に戻るなり、ぼろぼろと声もなく泣いているクルミが、視界に飛び込んできた。

カイは慌ててドアを施錠して駆け寄り、自分もベッドに腰掛けて彼女を抱き寄せた。

そして、彼女がひとしきり泣いて落ち着くのを待つ。

「びっくりさせちゃったな」

苦笑を含んだ声に、クルミが腕の中で頷く。

ひく、としゃくり上げた彼女に、もう一度苦笑を零して、カイは囁いた。

「お腹、空かない?

 ・・・下の売店で、クルミの好きそうなもの買ってこようと思って。

 それで、ちょっとだけ・・・5,6分か。出掛けてたんだけど・・・」

「ばいてん?」

涙声で呟いたクルミは、ようやく彼の顔を仰ぎ見る。

充血した瞳が、何度も瞬いた。

「うん。

 ・・・サンドイッチと、おにぎりと・・・プリンやヨーグルトも買ってきたけど」

「たべる」

カイは、ぐずぐずと鼻を鳴らした彼女にティッシュを取ってやる。

小さな声で「ありがと」と囁いて鼻をかんだクルミが、台詞とは裏腹に、恨みがましそうな目をしてカイを見上げた。

「カイさんいなくて、わたし、置いてかれたのかと思った。

 ・・・なんで起こしてくれなかったの。

 勝手にいなくならないでよ・・・ちゃんとここにいてよ」

「うん、ごめん」

間髪入れずに謝ったカイに、それでも彼女は納得がいかないのか口を開く。

「置いてかないで。独りはやだよ・・・」

言葉の勢いはなくとも、その表情に必死さが滲むのを見てしまった彼は、思わずクルミを囲う腕に力を込めた。

「ごめん。

 次からは、ちゃんと伝えてから行くよ」

「・・・ん・・・ほんとはそれも、ちょっとやだ・・・」

「それは、ちょっと困るなぁ」

俯いたままのクルミの頭を撫で、カイが笑う。

撫でる手に擦り寄るようにして息を吐いた彼女に、頬が緩んでしまった。

穏やかに流れる時間に、目を閉じる。

そして、ほっと息をついた。

「・・・でも、やなんだもん」

「めずらしく我儘だな」

かすかな呟きに、カイの小さく笑う声が響く。

癇に障るような聞き分けのない台詞でも、不思議と受け入れられる自分に、少し驚きつつ。

「・・・クルミは俺と離れたら、どんな気持ちになる?

 例えば、今みたいに。俺がいなくなったら、どうする?」

その言葉に、腕の中の温もりが硬直した。

どうやら、息を詰めているようだ。

カイはそんなクルミから、ゆっくりと体を離す。

そして、彼女の俯いた顔に手を添えて、そっと上げさせた。

薄紫の瞳が小さく揺れる。


意地悪な質問をしている、という自覚はあった。

カイは、そんな自分を胸の内で自嘲しつつも、彼女の答えを待つ。

何と答えるのかなんて、ある程度予想出来ていた。

模範解答を引き出すような会話に、我ながら汚いやり口だと、カイは自分を見下げる。

けれど、それでも構わないと思えた。

お互いに好意を抱いているとはいえ、自分と彼女の差は歴然としている。

それくらいのことは、しっかり認識しているのだ。

まだ“好き”の概念・・・この場合は、感覚に近いものがあるのだろう、とカイは思う・・・の輪郭がぼやけているクルミのことだ。

初恋だ、と自分の気持ちを自覚出来るようになる頃には、その相手が自分でなくなっている可能性が否定出来ない。

・・・笑えない。まったくもって笑えない。

そう考えたカイは、多少強引で策略的で打算を含んだ駆け引きをしても、いいのではないかと思ったのだ。

まだ色恋ごとや自分の感情を理屈で考えるクルミには、切ないだとか、恋しいだとか、言葉にするのは恥ずかしいような自分の気持ちなど推し量れるわけもない。


だから、そのひとつひとつを教え込んでしまおう、と。

今のうちに絡め取って、甘い棘の生えた腕の中に囲い込んでしまおう、と。


少なくとも、次に危険が迫った時には、迷わず自分に助けを求められるくらいには・・・と。




顔を、目を背けることを許さない彼の両手に、クルミは瞳を揺らして動揺している。

やがて、彼女は口を開いた。

「・・・不安で怖くて・・・それで、悲しくなったよ。

 寂しかったし・・・カイさんのこと、探しに行かなくちゃって、思って・・・」

それで足を下ろそうとした時に、戻ってきたのだと、彼女は言った。

「そっか」

相槌を打ちながら、カイは彼女の顔を覗き込む。

無意識にその顔にのせられた穏やかな笑みに、クルミの瞳が凪いでいく。

その様子に笑みを零した彼は、彼女の額にキスを落とした。

すると、みるみるうちに彼女の頬が赤くなっていく。

視線が泳いで、手元が落ち着かない。

「・・・真っ赤」

ぷ、と噴き出しかけたカイを、クルミが睨む。

「カイさんが、急にそんなことするからっ」

「しちゃ、いけなかった?」

「そうじゃなくって・・・!」

わたわたと、慌てふためく彼女が面白い。

カイは笑い出しそうになるのを堪えて、彼女の頬を撫でた。

瞬間、クルミが固まる。

「・・・クルミ。今、どんな気持ち?」

からかうような声色で、尋ねた。

彼女は視線を彷徨わせてから、観念したように口を開く。

「は、恥ずかしくって、心臓が口から出そう・・・っ」

「そんなにか」

真っ赤になったクルミに、笑いを噛み殺す。


・・・面白い、なんて言った日には、しばらく口をきいてもらえなくなりそうだな。


けれど、次の瞬間彼女の放ったひと言に、カイは愕然とすることになる。




「お、おかしいな~。スバルの時は、全っ然平気だったのに!」

クルミが照れ隠しの勢いで放ったとは露知らず、カイの表情が凍りついた。

「スバルの、とき・・・?」

「・・・カイ、さん?」

低く唸るような声に、クルミは息を飲む。

ついさっきまで、ドキドキと煩く騒いでいた心臓がなりを潜める。

むしろ凍りついて、その仕事を放棄するのではないかと思うくらいに、鼓動が鈍く強く、打ち付けているのを感じていた。

カイの漆黒の瞳が、すっと細められる。

死神の大鎌のようだと、縁起でもないことを思ったクルミは小さく身震いした。

そうでもしないと、カイから放たれる冷気に耐えられそうにないのだ。

「え?なに?」

掠れた声が出たことに、クルミは自分が緊張していることを知る。

どうしてカイ相手に緊張しているのかなどと、どうしようもないことに考えを巡らせていると、ふいに、彼の口元に笑みが浮かんだ。

ただし、悪役顔であるけれども。

「・・・スバルと、キスしたんだ?」

「え・・・キっ、キス?!」

飛び出できた言葉を、一瞬遅れて理解する。

クルミは背中に冷たいものを感じて、強張った頬を動かした。

「・・・っ、するわけないでしょ!」

「ほんとに?」

否定するものの、依然としてカイの目つきは厳しい。

思い切り疑われているのだと知って、クルミは大きく息を吐き出した。

「だって、スバルは友達だもん」

言い切った彼女は、そのままの勢いで花火大会の夜にあったことを伝える。

するとカイは、訝しげにしながらも渋々頷いた。

もちろん、表向きは頷いているけれど、頭の中はおどろおどろしいことを考えながら。


「友達か・・・それなら俺は、クルミの何だろう?」

にやりと口角を上げたカイが、言った。

「うーん、なんだろ・・・おにーちゃん・・・?」

言葉を選んだらしいクルミに、カイが絶句する。

彼が絶望を感じたのは、人生で何度目だろうか。

そんなことはお構いなしに、彼女は眉を八の字にして呟く。

「でも、わたしは頑張ってもハルミちゃんの代わりにはなれないから・・・」

そこまで聞いたカイは、そうだった、と思い出した。

曖昧な聞き方をした自分が悪い。

しっかりはっきり言葉を選ばないと、クルミには伝わらないことが多いのだ。

「そうじゃなくてさ・・・俺が訊きたかったのは・・・。

 ・・・俺、クルミのことが好きなんだよ?覚えてる?」

「お、オボエテマス」

こくん、と彼女の頭が上下したのを見届け、カイは頷く。

「だから聞いてるんだけど」

「でも、ほんとに知らないんだもん・・・。

 カイさんの“好き”って、普通の好きとは違うんでしょ・・・?」

「違うよ」

本当に困っているのか、クルミが俯いた。

カイはそんな彼女の頬を上げさせて、頬を撫でる。

少しずつ、少しずつ顔を近づけて。

「カイさん・・・?」

「クルミは、こんなに俺が近くにいても、何ともない?

 スバルの時は、全然平気だったんだろ・・・?」

吐息のかかる距離まで近づいた彼に、クルミはそっと口を開いた。

「あの時は、こんなに緊張しなかったよ・・・。

 でも今は、なんか、心臓が口から出ちゃいそう・・・。

 顔、熱くて、動けないし・・・」

「そっか・・・」

囁きを聞きながら、カイは相槌を打つ。

“心臓が口から出そう”を、ドキドキしている、に訳して良いものかと考えつつ。

「じゃあ、スバルと俺は、クルミにとって違う?」

「ん・・・ちがう」

考える様子もなく、クルミが答えた。

彼女の吐息が、カイの唇を掠める。

その気配に、頭の中が真っ白になりかけるのを、何とかやり過ごす。

そして彼は、最後に、と自分の中で前置いてから、口を開いた。

「・・・クルミ」

甘いものを含んだ囁きで名前を呼ばれて、彼女は思わず目を上げる。

「こうやって俺が触れてるのは、嫌?」

カイの言葉に、彼女は咄嗟にふるふると首を振った。

とんでもない、とでも言いたげに。


彼はその仕草に微笑んで、そっとクルミに口付けた。










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