7-5
『花火大会で、第8の下っ端君に偶然会ってね』
統治官の弾むような声が、受話器から漏れ聞こえてくる。
歯の根が合わなくならないようにと口を引き結んで、クルミは彼の言葉を拾っていた。
『そしたら彼、クルミとはぐれた、って言うから。
・・・その後、なんとなく気にしてたら帰りの車の中から、走ってるクルミが見えてね。
まったく、その少し前には変死体の話が舞い込んできてたものだから冷や冷やしたよ・・・。
声をかけようかと思ったところで、彼女の向かう先がカイ君の家だと気が付いたわけだけど』
「それはどうも、気にしていただいてありがとうございました。
・・・彼女は部下とはぐれて、私の所へやって来たそうです。
その途中で女性の悲鳴を聞いたらしく、今しがた、やっと落ち着かせたところで・・・」
『それは災難だったねぇ』
統治官の相槌に、カイは小さくため息をつく。
「それにしても・・・尾行でもしていたんですか・・・?
人違いであれば、被害届のひとつも出されていたかも知れませんよ。
もう少し、ご自身の心配もなさったらいかがですか?」
カイがちくちくと棘のある言葉を放ち、それを統治官は小さく笑う。
『そうなったら、まあ、仕方ないよねぇ。
一応私も、自分の治める街で保護された女の子の心配をしているんだけど』
「それには礼を申し上げますが・・・」
苦虫を噛み潰したように口元を歪めたカイは、それからひと言、ふた言統治官を会話をした。
それをそばで聞いていたクルミは、彼の服の裾を掴んで、震える息を吐きだしていた。
「クルミ?」
冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出したカイは、日付を跨ぐように放送されるニュース番組を食い入るように見つめるクルミに声をかけた。
その背中には、カイのTシャツが覆い被さるように着られている。
案の定カイの声は彼女の耳を通過したらしく、一切反応がない。
彼は頬を緩め、小さく息をついて冷蔵庫を閉じた。
「・・・ひぁっ?!」
突然頬に感じた冷たさに、クルミの肩が、びくんっ、と揺れる。
それを見て、してやったり顔をしたカイが隣に腰を下ろす。
「呼んでも返事しないから。
・・・ほら、」
「う・・・」
氷入りのよく冷えたグラスを差し出され、困り顔のままそれを受け取ったクルミは、そっと窺うように隣を見上げた。
カイは何食わぬ顔で缶ビールを開け、口を付ける。
彼女が今まで気にしたことすらなかった彼の喉仏を上下させ、ビールが喉を通っていく。
・・・初めて見た。カイさん、お酒飲むんだ・・・。
ぼんやりとそんなことを思っている彼女の視線に気づき、カイは小首を傾げた。
「何?」
何気ない仕草すら久しぶりに目にしたクルミは、ふるふると首を振る。
「・・・あ、あの・・・ありがとう」
小さな声で呟くように言った彼女は、そのままグラスに口を付け、戸惑う気持ちごと、胃の中へ流し込む。
オレンジジュースの甘酸っぱさに顔をしかめた彼女は、それを誤魔化すように口を開いた。
「統治官の言ってた事件、まだニュースにならないね」
「ん?
・・・ああ、まだ報道規制かけてるかもな」
画面が天気予報になったのを見たカイが言って、クルミは首を傾げる。
「報道、規制?」
聞きなれない単語だった。
カイは少しの間考えを巡らせてから、教えてやることにする。
「うーん・・・住民を混乱させないように、統治部が発表を遅らせたり・・・。
そういうのを、報道規制って呼んでる。
明日の朝刊には、どうかな・・・昼のニュースにはなるかもな」
「そっか・・・」
クルミは、天気予報を眺めながら頷いた。
「そういえば、花火はちゃんと見れた?」
缶ビールがずいぶん軽くなったところで、カイが再び口を開いた。
汗をかいたグラスが、テーブルの上に鎮座している。
氷が溶けて、上の方で二層に分かれ始めていた。
カイの質問に、テレビの画面から視線を剥がしたクルミは、こくりと頷く。
「音がすごくて、最初はびっくりしたけど・・・。
でも、とっても綺麗だった」
赤や青が煌めく夜の空を思い出して、彼女は笑みを浮かべる。
小さな頃に、手を引かれて見た花火とは、違った気がした。
大きく口を開けて迫ってくるような迫力は、大輪の花のようだと受け止められるようになったし、消えてしまう寸前の儚さを、薄っすらと感じ取れるようになった。
そんなふうに花火を思い出していたクルミに、カイが微笑む。
「そっか。
よかったな」
「うん・・・あの・・・」
「ん?」
言いかけたクルミに、彼は小首を傾げて先を促す。
彼女は少しの間視線を彷徨わせてから、そっと言葉を紡いだ。
「怖くて、わけ分からなくなって、この家に来ちゃって・・・」
言いながら肩が下がり、俯いたクルミを見たカイは、胃の辺りがチリチリと痛痒いような気がして、思わず顔をしかめる。
「・・・ごめんなさい・・・でも、」
俯いていた彼女がわずかに顔を上げ、カイを見た。
窺うように覗きこまれて、彼の鼓動がらしくもなく、跳ねる。
「この家に来れば、カイさんがいると思って・・・」
呟いたクルミは、再び視線を彷徨わせた。
本当は、もっと他に言ってやりたいことがあるのだ。
約束したのに、一度も個室を訪れなかったこと。
この場合、眠りこけていた自分を起こさずに帰ったことは、約束うんぬん以前の問題である・・・と、クルミは主張したい。
けれど、それを素直に言葉にしてぶつけるだけの、気持ちは、今のクルミにはなかった。
それと入れ替わるようにして湧きあがったのは、申し訳ない気持ちで。
迷惑をかけている、と自覚しているクルミは、それきり黙り込む。
もう謝ったし、言い訳もした。
それ以上何を言えばいいのか分からないのもあるけれど、それ以前に、喉が詰まったように呼吸すら苦しい。
カイの顔を見ることが出来て安心したのもつかの間、彼女は自分が避けられていたことを思い出していた。
黙り込んだクルミに、カイは自分の鼓動を宥めながら口を開いた。
「・・・謝るのは、俺の方だ」
降ってきたひと言に、クルミは顔を上げる。
そして彼は、何かを言おうと口を開いた彼女よりも早く、言葉を紡いだ。
「約束、破って悪かった・・・ごめん」
沈黙を、テレビの音が埋めていく。
クルミは、カイの黒い瞳が揺らめくのを見つめ、咄嗟に首を振る。
すると彼が頬を緩め、同時に強張っていた彼女の表情が柔らかくなる。
やがてどちらからともなく、小さな笑い声が漏れた。
「カイさん・・・ちゃんと、ごはん食べてた・・・?」
「うーん・・・どうかな」
曖昧に言葉を濁した彼に、彼女は小さくため息をつく。
見上げていた彼女の顔が曇り、カイは話題を変える。
「そういえば、勉強は順調?」
「・・・うん、頑張ってはいるけど・・・。
でもやっぱり、理数科目は苦手だから、なかなか進まなくて。
スバルに教えてもらっても、半分くらいは忘れちゃうんだぁ・・・」
勉強の話になって、眉を八の字に下げたクルミに、カイは一瞬目元を険しくした。
「スバルとは、どこで勉強してるんだ?」
「え?
・・・フードコートとか、図書館の前にあるフリースペースとか」
視線を斜め上に投げて話すクルミは、彼の表情が依然として険しいことには気づかないらしい。
「そっか・・・なるほど。
個室には、来てないんだな?」
「えっ?」
質問に驚いて瞬きを繰り返した彼女は、大きく手を振ってそれを否定した。
「まさか!
少佐が、大佐とカイさん以外は入れちゃダメだって!」
「・・・そうか、うん・・・そっか・・・」
慌てて早口になったクルミに、カイが何度か頷く。
そして、彼はひとつの思いつきを口にした。
「それなら、レコーダー貸すよ。
説明してもらってるのを録音しておけば、1人で勉強してる時も同じ説明を聞けるだろ?
何度もスバルの手を借りなくて済む」
「か、借りてく・・・!」
こくこく頷いた彼女の頭をひと撫でしたカイは、苦笑交じりに「ちょっと待ってて」と言い残して、リビングを出て行った。
ほどなくして戻ったカイはクルミにレコーダーの使い方を教え、彼女がそれを覚えたのを見届けてから言った。
「そうだった・・・録音する前に、ちゃんとスバルに確認するんだよ。
本人が了承してくれなかったら、ただの犯罪になるからな」
「・・・えっと・・・録音させてね、って?」
「そう」
小首を傾げるクルミに頷いて、カイは重ねた。
「ああでも、スバルが録音を拒否するようだったら・・・その時は教わらなくていい」
「え?なんで?」
彼女の言葉に、カイは口角を上げる。
「・・・秘密」
「えぇぇぇ?」
にやりと笑う彼に向かって、クルミは不満そうに声を上げたものの、それは長くは続かなかった。
カイが、ぽんぽん、と自分の膝を叩いたのだ。
「・・・またぁ?」
目を点にしたクルミに噴き出して、彼は意地悪く口角を上げた。
じたばた暴れ、押し問答の末にカイの膝の上に収まったクルミは、大きくため息をつく。
その目じりには、涙が浮かんでいた。
相変わらず恥ずかしいのは恥ずかしいけれど、抵抗するとわき腹をくすぐられることを身に沁みて理解したのだ。
これはもう、大人しくするよりほかない、とクルミは静かにしている。
もっとも、くすぐられて呼吸が乱れ、ひーひー泣いて疲れきった、という注釈付きで。
クルミは心の中で叫ぶ。
・・・なんなの・・・なんなのなんなの・・・!
一方、家の前で蹲っていた時の姿など最早思い出せないくらいのクルミの様子に、カイは内心で胸を撫で下ろしていた。
彼は、ぐったりして黙ったままのクルミの頭を撫でる。
「大丈夫?」
大丈夫なわけがないのも、こくりとクルミが頷くのも、分かっているというのに訊いてしまう。
そんな自分に苦笑を浮かべたカイは、両腕を彼女の背に回す。
「ひゃぁぁっ」
一瞬またくすぐられるのかと、条件反射的に悲鳴を上げた彼女に、申し訳ない気持ちで笑みを浮かべ、カイが囁く。
これがトラウマになって、次から断固拒否でもされたら困るのだ。
「もうくすぐらない。
・・・ごめん、ちょっと調子に乗りました」
そのまま、くっと腕に力を入れると、2人の顔が近づいた。
「わっ?!」
「ん?何?」
驚いて、その手をカイの胸についたクルミが、慌てて手を離す。
するとカイは、離れた手を捕まえる。
「・・・クルミ」
彼の声が、いくらか緊張を孕んでいることを感じ取った彼女は、そっと視線を上げた。
黒い瞳に映る自分の姿が、急に大人びて見えて戸惑ってしまう。
掴まれた手が熱い。
「クルミ?」
手から伝わる熱に気を取られていたクルミは、もう一度名前を呼ばれて我に返る。
「ん・・・?」
なんとなく、たくさん言葉を紡ぐのが憚られた彼女は、小さく返事をして小首を傾げた。
そんな彼女を、彼は熱のこもった目で見つめて、ゆっくりと捕まえた手に指を絡めた。
自分が囚われたのだと気づかない彼女は、今度は反対に傾げ、彼の名を呼ぶ。
「カイさん・・・?」
「クルミは、俺と会わないでいた間、どうしてた・・・?」
「どうって?」
問われたことの意味がよく分からなかった彼女は、眉根を寄せて聞き返す。
するとカイは、半ば自嘲気味な笑みを浮かべて、言い直した。
「・・・そうか、はっきり言わないと伝わらないんだった。
少佐の個室で生活し始めてから、俺のこと、考えたりした・・・?」
はっきりした言葉に、クルミがわずかに目を見開く。
そして、間を置かずに口を開いた。
「考えたよ。
いっぱい考えた。考えたに決まってるでしょ」
すぐに返ってきた答えに、彼は瞬きを繰り返す。
カイとしては、多少は艶っぽい会話になるかと思いつつ口にした問いだったのだけれど、現実は少し変わった展開になっているらしい。
どういうわけか、クルミは若干怒っているようだった。
絡め取られたはずの指に力を入れた彼女は、そのままカイの手をぎゅっと握る。
こんなふうに男性の手を握るのは、おそらく初めてだ、などということには考えが至らないまま。
目元を険しくしたクルミは、カイに言った。
「ほんとにもう、人の気も知らないで!
わたし、カイさんがいつゴハン持って来てくれるのかって、ずっと待ってたんだからね!」
話しているうちに言葉が加速して、語気が強まる。
溢れるように口から飛び出した言葉を聞いたカイは、瞬きしていた目を見開く。
「やっと来たと思ったら起こさないし、メモ残していなくなっちゃうし!
それに人の髪で遊んで帰るし・・・っ。
カイさんが来ないから、わたし、“おやすみ”って言える人いなくて・・・!」
今までにない勢いで紡がれていた言葉が、最後の方で失速する。
そして、クルミは俯いて小さな声で呟いた。
「寂しかったんだよ・・・」
その言葉を聞いた瞬間、カイはクルミの腰を引き寄せていた。
絡め取ったはずの手は、今や彼女の手中だ。
いつの間に自分が絡め取られたんだろうか・・・などと考えながらも、カイは目の前にきたクルミの肩に顔を埋める。
「うん、ほんと、ごめん。
俺も・・・」
くぐもった声に、クルミが耳を澄ます。
すると彼は、しばらく迷った末に正直に言葉を選ぶことにして、言葉を続けた。
「会いたかった」
「・・・ほんと・・・?」
抱き寄せられたことに気づいているのか、いないのか・・・彼女は、カイのひと言に気を取られて身動きが出来ないまま、独り言のように囁いた。
自分が、ただ避けられていたのではないと、そう言われたような気がして。
頷いた彼は顔を上げ、間近にある薄紫の瞳を見つめる。
何かを問いたい、けれどどうしたらいいのか分からない、という瞳が可笑しくて可愛らしい、と感じた瞬間に、カイは小さく笑っていた。
すっかり飲まれていたけれど、自分にずいぶん余裕がある、と気が付いて。
「クルミ?」
「ん・・・?」
呼べば、すぐに返事がある。
真っすぐに自分を見上げる瞳は、少し前とは違って凪いでいた。
「明日からは、個室に顔を出すよ。
仕事の状況にもよるけど、毎日。
・・・クルミに会いに行く」
そのひと言に、クルミは満面の笑みを浮かべた。
それにつられてカイも笑みを浮かべてしまうのは、もう必然的だ。
「よいしょ、っと」
カイの膝から下ろされたクルミは、自分の足で何度か床を踏みしめた。
「ね、カイさん」
立ち上がりかけた彼に声をかけ、クルミは首を傾げる。
「これからも、今みたいに座るの?」
「・・・え?」
間の抜けた声が返ってきたことに、彼女はさらに質問を続けた。
「意識、かいかく?だっけ?
・・・ああやって座るなら、もうスカート履かない方がいいよね。動きづらいもん」
「・・・あー・・・」
クルミの言葉に、カイは思わず額に手を当て天を仰ぐ。
彼女はぶつぶつと、「スカートばっかり買ってもらっちゃって、もったいなかったかも・・・」などと呟いている。
・・・これが計算なら・・・いや、むしろそっちの方が良かった・・・。
なかなか手強い、と胸の内で嘆いた彼は、首を振って言った。
「いや、俺はスカート歓迎だけど」
「・・・そ?
なら、あんまり気にしないことにするね」
カイがほぼ毎日会いに来る、と宣言したのを受けて、クルミはご機嫌だった。
そんな彼女を見て、彼は内心ため息をつく。
・・・そういうふうに慣れて欲しかったんじゃ、ないんだけどな・・・。
「ま、いいか。
そろそろ寝るよ」
ひとまず問題を棚上げすることにしたカイは、クルミの頭をひと撫でして、テーブルに放置されていた缶ビールを持ち上げた。
そして、まだ若干重さの残るそれを耳元で振り、口元へ持っていく。
「大人、なんだね」
「ん?」
クルミがぽつりと零した呟きに、思わず動きを止めた彼。
そんな彼に、クルミは言った。
「カイさんは、お酒強いの?
わたし、初めて見たよ。カイさんがそういうの飲んでるとこ」
「ああ・・・うん。
好きでも嫌いでもないけど、たまに飲みたくなるんだよな。
・・・まあ、どこまで飲めるのかは試したことないけど・・・どうだろう、強いのかな」
「ふぅん・・・」
缶ビールを持つ手を見つめたクルミは、なんとなく言葉を続ける。
持つことにも、それを口元に持って行く仕草も慣れていて、カイが急に大人の男性に見えたのだ。
そして、興味本位で尋ねてみた。
「美味しいの?どんな味?」
「どんな、って・・・ほろ苦・・・?」
表現に困る質問だし、大体美味しくて飲んでるわけでもない・・・と言い放ってしまえば簡単なのだけれど、それでは少女は納得しないのだろう。
おそらく「それなら、どうして飲んでるの?」となるはずだ。
そう考えを巡らせたカイは、ふと悪戯心がむくむくと首をもたげるのを感じて、口角を上げた。
そして、不思議そうに答えを待つクルミに向かって、こっちに来い、と手招きをする。
「ん?
・・・ぅあっ」
素直に寄って来たクルミの腰を引き寄せたカイは、咄嗟に暴れそうになる彼女を宥めすかす。
「大丈夫、もうくすぐったりしない、って約束しただろ。
いいか?・・・顔上げて、口閉じてろよ」
「へ?」
密着した状態で、色気も何もない声を上げた彼女を鼻で笑ったカイは、くい、と缶ビールをあおる。
その様子を言われた通り、クルミは顔を上げて見つめていた。
嚥下した時のカイの喉を間近で目撃して、心臓が早鐘のように打ちつけ始める。
なんだか、見てはいけないものを見た時のような、罪悪感に似た、けれど目が釘付けになって離せなくなるような、不思議な感覚だった。
そして、その感覚に呆然としていた時だ。
残っていた温くて美味いとは言い難いビールを飲み干したカイの唇が、力の抜けて緩んだクルミの唇に重なった。
「ん、ぅぅっ・・・?!」
突然降ってきて、ぴったりとくっ付けられた唇の感触に、クルミは大いに戸惑う。
けれど、その隙間からほろ苦さと香ばしいものが入りこんできて、その正体を想像しているうちに、だんだんと落ち着きを取り戻す。
そして、クルミがどうやら息を止めていることに気づいたカイが、忍び笑いをしながら唇を離した。
「どうだった・・・?」
「苦い!ビール嫌い!
わたし大人になんかならなくていいっ!」
てっきり突然、わけが分かっていないところへキスをしたことに憤慨するかと思いきや。
クルミの台詞は思い切り、ビールと大人への批判で済まされてしまった。
「・・・いや、そういうことじゃなくて・・・」
カイがため息混じりに呟いている間に、クルミがビール缶を持って鼻先を近づけている。
そして、すんすんと鼻を鳴らしたかと思えば、思い切り顔をしかめた。
「うえぇ、にがー・・・」
その表情に、カイは自分とのキスがビールの苦みに負けた挫折感を味わう。
けれど、ぶつぶつと何かを呟くクルミの唇を見つめて、頬を緩めてしまった。
「ま、いっか・・・。
ほら、寝るよ」
その時、カイが胸の内で「ちょっと物足りなかった」などと呟いていたのは、秘密である。