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6-6







「何を言おうとしてたんだ・・・?」

掠れた声が耳元で響いて、クルミは体を震わせる。

同時に、熱がつむじを突き抜けていく感覚に翻弄されていた。


そろそろと体を這う大きな手が孕んでいる熱は、彼女の感覚を研ぎ澄ませていく。

呼吸をするのも苦労するような自分に、クルミは戸惑いを振り切って困惑していた。

どうしてこうなったのか、どうしたらいいのかが分からない。

大声を上げろと教えられたけれど、それをカイ相手にしてもいいのか、踏ん切りがつかない。

そうしている間にも、その口から漏れる吐息が、カイの唇が生み出す振動が、彼女の頭の芯を痺れさせていく。

そうしてわけが分からなくなった彼女の胸の膨らみに覆い被さった手に、わずかに力が込められた。

恥ずかしさからデパートの店員の助言を無視して、成長途中の体に合わせた下着を身につけなかったクルミの胸を守るのは、カップ付きのキャミソールだ。

カイは、想像していたよりも自分の手に伝わる感触が生々しくて、一瞬息を飲んだ。

「・・・、クルミ・・・?

 言わなくちゃ、分からないだろ」

きゅぅぅ、と掴まれた部分とは別の場所が縮み、苦しさに似た感覚が襲う。

クルミはカイの言葉に、ぶんぶんと首を振って、それに耐えた。


・・・言わなくちゃ、って・・・言わせてくれないの、カイさんなのに・・・!





はぁっ、と詰めていた息を彼女が吐きだしたのを見計らって、カイはシャンプーの甘い匂いが纏わりついた耳たぶに唇で触れる。

「や、ぁ・・・っ」

そしてそのまま、はむ、と咥えると、クルミがひときわ大きく体を震わせた。

彼女がまた、息を詰めて何かをやり過ごしているらしいことに気づいたカイは、耳たぶを咥えたまま口角を上げる。

「嫌がるなら・・・」

囁きながら手に力を込めた彼は、小さく震える膨らみに指を飲みこませた。

ふにょん、と柔らかいカップ越しに、カイの指が沈む。

そうしてクルミの胸が意外と大きいことに気づいた彼は、無意識のうちにやわやわと手を動かした。

柔らかい塊が、自分の手の動きに合わせて形を変える様子に目を細めたカイが、彼女の脳に直接声を沁み込ませる。

「もっと、ちゃんと嫌がらないとダメだろ・・・?」

「ん、やっ・・・やめ・・・っ」

自分の胸がカイの大きな手の中で形を変える感覚に、クルミはわけが分からなくなっていた。

だんだんと逆上せあがって、吐息が熱を含む。

「・・・や、だ・・・ぁっ」

鼻から抜けるような声を出して、彼女は体を捻って逃げ出そうとする。

けれど、軍人らしく鍛えた腕は、それを許そうとしなかった。

カイは少しの隙間もないくらいに、ぴっちりと体を密着させる。

ぐい、と引き寄せられたクルミは、その腕の硬さに自分の鼓動が暴れるのを感じていた。

されるがままの状況に、苦しげに眉根を寄せる。

その表情を目の当たりにしたカイは、堪らずに彼女のうなじに唇を落とした。


・・・まだ今は、痕を付けられないけど・・・。


頭の隅で思いながら、彼は音を立てる。

その音は、クルミの背骨を伝って全身に響いた。

「ん・・・っ」

そして、不意打ちのようにやってきた感覚に、思わず声を上げてしまう。


カイは、彼女が堪えていた声を吐きだした瞬間、自分の指が彼女の胸の芯の部分を掠めてしまったことに気がついた。

無意識のうちに、目の前の彼女に没頭していたことにも。

我に返ったカイは、かくん、と膝を折ったクルミの腰を、床にへたりこむギリギリのところで抱きとめた。

彼女が倒れずに済んだことに、胸を撫で下ろす。

その刹那、呼吸の乱れた彼女の吐息が、カイの耳元を掠めていった。

「・・・っ」

彼は思わず目を閉じて、やってきた何かをやり過ごす。

気を緩めたら、何かに飲みこまれそうだ。

眉間にしわを寄せたカイは、ぞくぞくと背中を駆けていったものを自覚して、クルミを抱きとめている腕に力を入れた。


「・・・、カイ・・・?」

弱々しい声に、彼は我に返る。

折れた膝に力を入れようと、クルミがもがくのが分かって、彼は腕の力を緩めた。

「ん、っと・・・・」

立ち上がらせたクルミは、腕の中でほぅ、と息をついている。

色めいた声を、吐息と一緒に発していた彼女は、もうそこにはいなかった。

「これで、分かったろ?」

カイの問いかけに、クルミは首を横に振る。

翻弄されて、何の話をしていたのかも、すぐには思い出せそうになかった。

素直に否と表現した彼女に、カイは苦笑いを浮かべるしかない。

「・・・どうして、あんなことしたの・・・?

 わたし何か、カイを怒らせ、」

「黙って」

遮るように言ったカイは、向こうを向いたままのクルミの肩に手を置いて、ぐるりと体の向きを変えさせた。

唐突に視界が回転したクルミは、驚きに目を閉じる。

瞼の裏で視界が波打つ感覚に、彼女はそっと目を開けた。

薄紫の瞳が、さきほどまで快感の波に晒されていたとは思えないくらいに、真っすぐにカイを見上げている。

その瞳が負の感情を宿していないことを知った彼は、そっと手を持ち上げた。

少し前には乱暴に触れていたはずの手が、壊れ物を扱うように彼女の頬に触れる。

するとクルミの口から、吐息を漏れた。

「ん・・・?」

・・・従順にも程がある。

それが、カイが彼女に抱いた感想だった。

あれだけの思いをしたのに、怯えも怒りもなく、ただ自分が何か言うのを待っている少女。

彼の胸の内に、苦いものが広がっていく。

「・・・怖かった?」

囁きに頬は強張らせたクルミは、視線を彷徨わせて囁きを返す。

「・・・平気・・・」

手のひらに彼女の上気した頬の温もりを感じていたカイは、そのひと言が真実ではないことくらい、簡単に想像が出来た。

「嫌だったんじゃないのか?」

「・・・そんなこと、んぷ、ぅっ」

首を振るクルミは、言葉の途中でカイの腕の中に閉じ込められる。

ぎゅ、と力を込められた彼女は、圧迫感に肺から息が漏れ出る。

けれど、それ以上に安心感が彼女の胸を満たしていた。

カイの上に折り重なるようにして眠った時とはまた違う感覚に、半ば無意識のクルミの腕が、彼の背に回される。


予想外に抱き返されたことに、彼は内心で驚いていた。

そして、柔らかな感触に目を閉じ甘い匂いを吸い込んで、囁く。

「本当は・・・?」

自分の胸の辺りで、黒い頭がぴくりと跳ねた。

それでも、彼女の腕は彼の背から離れようとはしない。

「・・・ほんとは、」

くぐもった声が、密着した体の隙間から聞こえてくる。

カイはそっと目を開く。

「ちょっと怖くて・・・でも、」

ぐ、と力を込めたクルミが、ぴったりついた彼の胸板から顔を引き剥がす。

そして、真っすぐにカイの目を見上げた。

「嫌じゃなかったのは、ほんと・・・」

「・・・そ、っか・・・」

あまりに真っすぐに言葉を紡いだ彼女の視線に耐えかねたカイは、目を泳がせる。

完全に、たじろいでいた。


・・・嫌じゃないのかよ。


胸の内で呟くと、彼はすぐに我に返って言葉を並べた。





「今みたいなことしてるって、噂されてるかも知れない」

「・・・今みたいなこと」

ため息混じりのカイの台詞を、クルミが呆然と反芻する。

「もしかして、もう忘れちゃった・・・?」

思い当たる節のなさそうな彼女の様子に、彼は耳元で囁いて見せる。

半分、悔し紛れだ。

すると彼女は、慌てて首を横に振って、それを否定した。

顔が赤くなっているのを見る限り、恥ずかしがるようなことだったのだと、自覚があるらしい。

そこに少しほっとしたカイは、続きを口にした。

「俺がクルミに手を出してるって、そういうこと。

 ・・・実践したけど、もっと先もある・・・って、分かってるよな?」

「う、うん・・・?

 もっと先・・・?」

念のため、と恥ずかしさと気まずさを堪えたカイの問いかける。

けれどクルミはきょとん、と瞬きを繰り返した。

その様子に、彼はがくんと肩を落とす。

欲を抑えて身を投じたというのに、これでは酷い。

こんなことならいっそのこと、もう少し・・・と思ってしまう。

そんな風に考えてしまう自分は最低だ、と自覚出来るだけの余裕は、もうなかった。

カイは若干の苛立ちを隠そうともせず、クルミに言う。

「あのまま色々してたら、子どもが出来る・・・って言えば、分かるよな?」

もうこれ以上言わせるな、というニュアンスを含んで説明すれば、クルミの顔が真っ赤に染まった。

湯気が出そうだ。

「そ、そんなこと、して・・・?!」

「そう。

 ・・・ごめん。脅かすにしても、実際にあんなことするのは、良くないと思ったんだけど。

 ともかく、そういう噂に統治官が付け入るかも知れないんだ。

 ・・・それにゆくゆくは、クルミの将来にも悪影響かも知れないし」

「・・・う・・・」

あけすけな説明の方が、彼女には伝わりやすかったらしい。

カイはクルミが一応納得したことに、やっと胸を撫で下ろした。


「でも、カイと離れるのは怖いなぁ・・・」

腕の中で、納得したはずのクルミが呟く。

真っすぐにカイの黒い瞳を見上げていた彼女は、視線を落としていた。

よくよく考えると、この体勢も何かがおかしい・・・そう思うのに、カイは自分の背に腕を回してしがみ付いている彼女を、引き剥がせないでいる。

それどころか一度離した手を持ち上げて、もう一度彼女の髪を撫で、頬に触れていた。

無意識とは恐ろしいものだと、カイは彼女の温もりを感じながら思う。

「・・・別に、会えなくなるわけじゃないよ」

出来る限り優しく、穏やかに言い聞かせる。

指先から伝わる温もりに、クルミは再び視線を上げた。

「ほんと・・・?

 じゃあ、いつ・・・?

 ごはんは、別々・・・?」

か細い声に、カイは言葉に詰まる。

こんなに頼りない声は、初めて聞いたかもしれないと思うのだ。

よく笑うようになった彼女は、笑顔の下に負の感情をしまいこむ技を身に付けたらしい。

だから、とカイは思う。

自分にその顔をもっと見せればいいのに、と。

「ごはんは、別々。

 ・・・でもたまに、ここに何か買って持ってくるよ。一緒に食べよう。

 本当はクルミの作ったものが食べたいけど・・・それは、もうしばらく先だな」

不安そうに顔を歪める彼女を安心させようと、カイは笑みを浮かべる。

するとクルミは、渋々頷いた。

「・・・我儘言って、ごめんなさい・・・。

 あの、カイ・・・?」

「ん・・・?」

優しい囁きに促されて、彼女はそっと囁く。

「わたしのこと、嫌いにならないで・・・」

「え?」

唐突な台詞に、カイは耳を疑った。

一瞬動きを止めた彼に、クルミはさらに言葉を重ねる。

「いろいろ知らなくて、まだ子どもで・・・だけど、嫌いに、ならないで・・・!

 ちゃんと勉強もするし、少佐の言うことも聞くから・・・カイ・・・!」


ぽろぽろと、彼女の目から涙が零れる。

カイは、そんなふうに感情を溢れさせたクルミを目の当たりにして、頬を緩めた。

そして、ほんの少し体を離して、髪を撫でる。

「心配しなくても・・・」

目じりの涙を、指先で払う。

いつだったか、指についた彼女の涙を舐めてみたことがあったのを思い出した彼は、胸の中で自嘲してしまった。


・・・何やってたんだろうな、俺。


内心で独りごちて、クルミの額に貼りついた前髪をよける。

「俺はクルミのこと、ちゃんと好きでいるよ」

「ほんとに・・・?」

しゃくりあげる一歩手前だった彼女が、ひくつく喉に力を入れて言う。

するとカイは苦笑を浮かべて、指先で彼女の唇をなぞった。

「ほんと。

 ・・・好きだよ、クルミ」

「ん、よかった・・・」




信頼している人から見放されるのではない、と思えた彼女は、彼の二度目の囁きを聞いてやっと、不安に駆られた涙を止めることが出来た。

けれど入れ替わるようにして、しばらくの間、クルミの脳裏にこびりついて離れなかったものがある。

それはあの時彼女の唇に触れた、カイの指先の熱だった。









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