脱出
「どうやって脱出するかなんだけど、テレビとかが、使えないからもうわかってると思うけれど、この空間は電波が届かないのよ。その理由は電磁波によってこの空間が形成されているからなの。詳しい説明は省くけど、電磁波ってのは、空間を流れる波なの。いま、その波をたくさん起こして、この空間を形成してるの。いや、歪ませてるっていったほうが正しいかもね。で、ここからが本題。波があるっていったけれど、波が小さいところも絶対どこかにあるはずなの。そこをつけば、脱出出来るはずよ」
そして、波が小さいところを調べるためにクルルからメーター式の電磁波チェッカーなるものを手渡され、メータが赤から緑になればそこがポイントであるのだ。
そして、リョウは波が小さいポイントを捜すことになった。
しかし、一日、二日、三日と探しても、探しても、メーターが緑になってくれることはなかった。
はぁ、とリョウはため息を吐きながら、朝食をとる。
クルルのほうも未だポイント地点が見つからないせいか、焦りのような表情をうかべている。
いつものようにペンをとって、筆談をする。
クルルのほうは耳栓ではなく、ヘッドホンをつけていた。なぜ耳栓ではないのかというと、――なんだか気持ち悪いんだもんとのことだ。
『さて、いつまでもこうしていられるわけでもないんだろう? タイムリミットはあとどれくらいなんだ』
「あと、一週間くらいで、どちらにしても動いてくるでしょうね」
一週間か、まだ、手がかりを掴めないことを考えると短く感じてしまう。
リョウは険しい顔をしながら、そんなことを考えていると。
「大丈夫、まだ時間はあるから、焦らず探しましょ」
そう、いわれてもやはり焦ってしまうもので、リョウはふらふら、と廊下を調べてみるが今日もダメっぽいな。
リョウがそう思いながら奥の押入れ部屋に入ろうとすると、ずどん、とまるで落とし穴にでも落ちたのかと錯覚するくらい、思いっきりこけた。
――痛たたたっ。
思いっきり頭をぶつけたので、頭が熱をもったような痛さだ。それにしても、こんなところでこけるなんて……
ふと、自分の足元を見ると、そこの床だけ、足のつまさきが、床につきささっていた。
――もしかして、これは。
リョウは驚きながらメーターを見てみると、緑だった。
「見つかった、見つかったぞぉぉー」
リョウは興奮して思わず叫ぶ。
――やっとこれでここからおさらばできる。早くクルルにも伝えてやろう。
そのことをクルルに伝えようと急いで、リビングに向かう。
しかし、クルルはリビングにいなかった。
――さっきまでリビングにいたのに。
リョウはそう思った瞬間、風呂場のほうから、どたどた、という音がした。
なんで、風呂場から音がするんだ?
――もしかして……
クルルになにかがあったのかとリョウは思い、風呂場に急いで向かうと、がらっ、と風呂場のドアを開ける。
「おいっ、なにか……」
リョウは叫ぼうとしたが、その水にうたれている白くもちのような肌、細い身体がうまれたままの姿がを見えたとたんに、リョウの思考はフリーズし、声も出なくなってしまった。
クルルは頬を赤らめながらぼそり、という。
「早く出てってくれる?」
「あぁ、ごめん。ほんとにごめん」 そういいながら、リョウは逃げ出すように出て行く。
リョウはリビングに戻って、椅子に腰掛けるが、まだ心臓の鼓動はばくばく、と絶えず激しく動いていた。
――落ち着け、俺。落ち着こう
そうリョウはおまじないのように念じながら、深呼吸してみるが、先ほど風呂場で見た光景が脳内にしっかりとこびりついてしまって、何度もさっきの光景を思い出してしまい、さらに心臓の鼓動が加速していく。
すると、クルルがリビングに戻ってくる。
リョウはどんな顔して、話せばいいのかわからなくなって、弁解の言葉を紙に書いていく。
「いや、あれは事故みたいのもので、わざとではないんだ。ほんとに……」
「いや、いいのよ。別に、それより嬉しかった。」
クルルは屈託のない笑顔をしながら話す。
――嬉しかった?
リョウはその言葉を聞いて首をかしげた。
クルルはヘッドホンをつけて、話を続ける。
「いや、語弊があったわね、露出するのが好きなわけじゃないのよ。ほら、わたしって脳みそ以外は、全部贋者なわけじゃない。だからさ、たまにものすごく不安になるんだ。わたしってほんとに人間の心を持っているのかな、贋物じゃないかなってね。でもさっきの自分の反応で気づいたの。まだ恥ずかしいと思えるんだって、まだ心は人間なんだって、だからいま、最高に気分がいいのよ」
それを聞いて、リョウはペンを走らせる。
『ばかだなぁ。俺はクルルのことをロボットだと思ったことは一度もないぞ。クルルは人間だよ』
「ありがとう…ほんとにありがとう。絶対、一緒に脱出しましょうね」
そういって、クルルはリョウの手を握る。
リョウはゆっくりと大きく頷いた。ちょこん、とした小さな段差であるがリョウ達にとっては、大きい意味をもっている段差だった。
いまはまだ小さな穴なのだが、この穴を広げて脱出する、つまり電磁波によって歪んでいる場所から歪みを取り除くということなのだが、それにはクルルの肉体に内蔵されている電磁シールドを穴の周りの空間に張り巡らせて、時間をかけて穴を広げなければいけないのだが、もちろん、それをすれば宇宙人達に知られるのは時間の問題である。
そして、おそらく知られるだろうと思われる想定時間は24時間だ。
「ここなのね」
その言葉にリョウはこくり、と頷く。
「わかったわ。後は任せといて。あいつらがやってくる24時間以内には終わらせるから待ってて」
クルルは電磁シールドを張り巡らせる。
そういってから10時間、クルルは苦痛に耐える表情をしながら、狂った空間の一部を少しずつ元に戻している。
リビングに戻り、椅子に座りながらリョウは思う。無力だなと自分がやったことといえば、このポイントを探したことだけ。この待っている間、リョウは何も出来ないのが歯痒かった。
「終わったわよ」
廊下から聞こえてくるクルルの声は疲れきっていた。リョウが廊下にでてみると穴はさっきの針のような大きさから人が通れるくらいに大きくなっていた。
「お疲れ様」
「ありがと、気づかれないうちにさっさと脱出するわよ」
「あぁ」
その時、リョウの右頬を銃弾がかすめていった。
クルルの右手は消え、さっきまで右手があった場所には銃口が見えた。
クルルは悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「わたしから逃げて、早く」
クルルはそう言って、むりやり、銃口を天井に向けて、銃弾をぶっ放す。
急いで、リョウはリビングに逃げこんだ。
それはまるで百メートル走の時に空砲が撃たれて走り出すようだった。しかし、今回はそれとは大きな違いがある。空砲ではなく本物の銃弾が放たれること。それはリョウに狙いをさだめているということ。そして、一番になるためではなく、生きるために走ることだった。
リョウは思わずリビングに逃げ込んだが、事態は変わらず。
廊下から何回も銃声が聞こえてくる。
――クルルは俺に向けて銃弾を放った。
それはもちろんクルル自身が望んでやったことではないことはわかる。でも、あの目は別人になったみたいで、恐ろしくなった。
さらに、もう相手に俺達やっていたことはもう知られてしまったのは確実だということ。
しかし、まだクルルがこちらにやって来ないということはまだクルルにもまだ自分自身を制御出来ているということなのだろうか?これからどうすればいいんだ。
悩んでも答えは出ない。いや、最初から正解がない問題に悩んでるのといっしょのような気がしてきた。
「き、こ、える?」
クルルの苦しそうな声が廊下から聞こえてくる。
「聞こえるぞ」
どうやらまだクルルは意識を失ってはないらしい。
――まずは一安心。
「わたしは、もうすぐ意識を失って、あなたを殺そうとしてしまうかもしれない。だから、わたしについてる首輪を壊して」
「わかったけど、その首輪は簡単に壊れるものなのか?」
「大丈夫よ、壊れるわ。今からそっちに行くから」
――なら、いままでなんで壊そうとしなかったんだ?
ふらふらと歩きながらクルルはリビングのドアを開ける。
リョウはテレビの横にある小棚から工具用具入れを引っ張り出して、首輪を壊すためにトンカチを取り出す。
「すぐに首輪を」
「わかった」
そういってリョウはクルルに近づく。
「もう、ダメ」
ぷっつり、とクルルの何かが切れてしまったかのように目の色を青から黒に変わり、左手を鋭い刃に変えた。その刃はリョウの心臓を目がけて突進していく。
いきなりのことにリョウは避けるどころか身体が動けなかった。――もう、ダメだ。死ぬ。
思わずリョウは目をつぶる。ぐさり、と何かが肉を押しつぶすような感覚を味わい、すぐに火傷のような熱をもった痛みを感じた。
しかし、リョウは死んでいなかった。リョウは目を開けると刃は心臓ではなく、左肩を突き刺したまま、動きを止めていた。
クルルの目は青色に戻っていた。
「いまのうちに、早く」
リョウはトンカチを振り上げて、首輪に叩きつける。すると、首輪にひびが入って、機能しなくなってしまったみたいだ。
いつの間にか、刃は左手に戻っていた。
「大丈夫?」
刺された場所を見てクルルはいう。
「浅いし、大丈夫だ」
――正直、めちゃめちゃ痛い。でも心配させたくなかったし、クルルが自分のことを責めないためにそういって見せる。
「ごめんね」
クルルはそういうと、脱力して、貧血をおこしたみたいに倒れこんだ。
リョウは思わず右腕で、クルルを支える。
「おい、どうしたんだよ」
思わぬことに頭が追いつかない。
「あはは、予想的中ってとこかな」
「予想的中ってどういうことだよ?」
「首輪を壊したから、わたしを生かしてくれていたエネルギーが供給されなくなっちゃったみたい。だからここでお別れ」
――それじゃ、俺が殺したようなものじゃないか……こんなの嘘だ。
リョウはあまりのことにまともに思考が働かなくなってしまった。
「別にリョウのせいじゃないわ。もともと死んでたんだし、これで、いいのよ。それに大丈夫、あいつらビビリだから失敗したことで、もう地球を襲うなんてこともないわ」
青い目は見えているのか、わからないほど、虚ろになっていた。
――何が大丈夫だ。お前は……
「よくないだろ、一緒に脱出するんじゃなかったのかよ」
クルルは口から油臭い赤色の液体を吐き出す。そして茶色の床が少しずつトマトをすり潰したみたいな色になっていく。
「出来たよ。死にたくて、死にたくて、それでも死ねない状況から。だから、いまのうちに……早くリョウも逃げて」
「でも、でも、」
リョウは言葉が続かなかった。
――最初から、このつもりだったのかよ……
クルルは頬の筋肉を少し動かす。笑顔を作ろうとしたんだと思うが、笑顔にはならなかった。もう、リョウは何もいうことが出来なかった。
――やはり自分はまだなにもできない糞ガキなんだと。結局最後にやるのは彼女なのだ。それはもともとは関係ない事ではあったとはいえ、巻き込まれたからには何かしたかった。あの少女、クルルを救ってやりたい。しかし、助けられるほうは、結局自分だった。
無力な自分が悔しかった。
「い、しょ、て、た、のかた」
クルルは声を出そうとするが、ほとんど聞こえなかった。でも、いいたいことはわかった。
「俺も楽しかったよ」
もう、クルルは壊れた人形のように動かなくなっていた。
リョウは人形を抱きしめて、しばらくの間、動けなかった。
「さよなら。いままで、ありがとう」
そして熱くなる目頭を押さえながら、リョウは穴を通ると、
――頭が割れそうだ。痛みで今までのことを忘れそうになるくらいだ。
どんどん目の前が真っ暗になっていき、体の感覚が失われ、意識を失った。
『じりりり』
目を覚ますとベッドの中だった。
目覚まし時計を止めて、リョウは起き上がる。
――長い間、おかしな夢を見ていたように思う。どういう夢だったのかは、思い出せないのだけど。
手に不思議な感触があるのに気づき、手を開くと、何か書かれた小さな紙切れを持っていた。
『ありがとう、そしてごめんなさい』
そう一行、書かれていた。
「ごめん」
リョウは無意識にそう言っていた。
何でこんなものを持ってるのかもわからないし、この文の意味も理解出来ないのだけれど、何故だかとても悲しくなった。
(了)