席替え
学校に着いて一番最初に、俺は顧問に休部届けを出しに行った。
髪を染めてしまたので、仕方なく黒のニット帽を深くかぶって誤魔化した。
「航紀、哲平から聞いたぞ。お前、ストレス性の一時的記憶喪失なんだって?」
この身長190程あろうかという顧問、浅賀はいつになく小さな声で言った。
「はあ、それでしばらく休養を取りたいんで、届けを出しに来ました。」
俺が休部届けを出すと、浅賀は心配そうな顔でそれを受け取った、
「そうだな、それが一番いいだろう。また体調が戻ったら来なさい。すぐに取り消してやるか ら。」
浅賀と話したのはこれが初めてだったが、思っていたよりも優しくてホッとした。もっと怒鳴られたり、どつかれたりするのではないかと、内心ビクビクしていたのだ。
「それにしても、お前ちゃんと俺のことは思えてるのか・・?」
浅賀が一番聞きたかったのは、どうやらその部分らしい。
「覚えてますよ。」
可哀想なので、覚えているということにしといてやった。弱冠嬉しそうに頷く浅賀が妙におもしろくて、ついつい噴き出しそうになった。
職員室から2―Bの教室までの途中で、不運にも5人程の女子を引き連れた実咲にばったり会ってしまった。
「コーキくん、おはよう!」
あ〜・・、しまった。捕まってしまった・・・。そう思いながらも、早く話を終わらせようとわざと笑みを作る。
「おっす。」
やはり実咲はどうも苦手だ。
「昨日メール送ったんだけど、見てくれた?」
えっ、メール!?慌ててポケットから携帯を取り出して確認してみると、確かにメールがきている。
「あっ、ごめん。全然見てなかった。」
やってしまった・・。これで話が長引いたら嫌だなあ。
「やっぱり!返事が来ないから、きっと見てないだろなって実咲思ってたんだ〜。」
実咲はにっこり笑いながら言った。どうやら怒ってはないらしい。
「じゃあついでだから今言うね。日曜の件なんだけど、気にしなくていいよ!予定は入ってた んなら仕方ないもんね。また別の日に遊ぼう。」
予想が的中、絶対この話題だろうと思っていたのだ。
「お、おう。」
は、話はとりあえず終わり・・・?
「また近いうちに誘うね!」
あ〜、やっぱどっちみち誘われるのか。実咲は手を振りながら、そのまま行ってしまったが、俺は誘われときのことを今から考えて、会ったときよりもがっかりしていた。ホント言うと、“またの機会に”なんて書かなけりゃよかったと心底後悔している。
「ん?コーキ、またなんかあったの?」
哲平はおはようよりも先にそう言った。
「あー、相変わらず山崎さんのことでだよ。」
机の上でへたばっていると、哲平は俺の髪をいじくり始めた。
「いい色じゃん。」
「そか〜?」
リューチはまた遅刻なのだろうか、もうすぐチャイムが鳴るというのに、来る気配すらない。留年する気なのか・・?
「そう言えばさ、今日の6限目のホームルーム、席替えだったよなー。」
哲平はため息をついた。
「そうだっけ?何、お前イヤなん?」
哲平は口を尖がらせる。
「だって、今の席寝放題なんだもんよー。あの席から動きたくないよ。」
哲平の席は教室の窓際の隅の一番後ろの席だ。あそこは視覚になって確かに教卓からは見えにくい場所だ。
「哲平〜、お前なあ・・。」
俺もできたら今日の席替えで今の哲平の席に行きたいものだ。っとは言っても、くじ引きだから40分の1の確立となるのだが。
そうこうするうちにとうとう6限目がやってきた。リューチは昼休みにどうどうと登校してきて、今はきっちり自分の席に着いている。
「今からくじ引きの箱を回しますので、端の人から順に引いていってください。」
代議員が箱を回すと、次々とくじが引かれ、教室中が誰がどこの席だとかなんとかと、すっかり騒がしくなった。
「コーキ、どこの席だった!?」
哲平は俺が引いたのを見てすぐにすっとんできた。
「まだ見てないってば。」
俺が折りたたんだ紙を開くと、そこには赤い文字で大きく“31”という数字が書かれていた。あの寝放題の特別席は“6”だったので、かすりもしなかった。
「うわ、かなり遠いよ。オレ“10”だもん。」
こういうときは決まって遠くが当たるものなのだ。
「リューチ、どうだった??」
哲平は今度はすばやくリューチの持っていた紙をひったくって開いた。
「“1”!驚きっ。」
1が出たリューチには悪いが、ちょっと可哀想だと思ってしまった。“1”なんか出た日にゃあ、寝るどころかウトウトすることさえできない。それにあそこは黒板が反射して、字がやたらと見えにくいのだ。
「哲平、お前俺に喧嘩売ってんのか。」
リューチは軽く哲平の足を蹴飛ばした。
「まあ、みんなバラバラだっつうことだな。」
巧く話をまとめてしまうリューチは、ある意味すごい。
「そろそろ全員にくじが回ったようなので、静かに席を移動してください。」
代議員がそういい終わらないうちに、ガタガタとみんなが動き始めた。俺の席は、教室の右から2列目の、後ろから2番目だ。机の横に掛けていたリュックを取って、そこへと移動する。リュックを新しい席の机にどかっと降ろすと、自分もさっさと腰を降ろした。みんな周りが誰だとか、席が近いとか遠いとかで盛り上がっているが、俺はそんなことは結構どうでもよ
かった。
机に肘をついて、ぼうっとしていると、ふっと目の前を美穂が鞄を抱えながら通過した。
あの子はどの席になったのだろうか。
なんとなく目で追うと、なんと、自分のすぐ前の席に着いたではないか。それを知った途端、急になんだか話しかけたい衝動にかられた。
「河上さん、当分よろしく。」
美穂は驚いた顔をしている。
「あ、こ、こちらこそよろしく・・。」
そしてまたバッと目をそらすと、前を向いてしまった。俺はひょっとして嫌われてる?
美穂はよく髪を編み込んていた。手先が器用なのだ。そして今日も、本当にきれいに髪を編み込んでいる。その後姿を見て、純粋にこう思った。
またこの子と友達になりたい。




