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髪を染めた日

「まじでー!?ホントに山崎さんに日曜誘われたの??」

ブランコで立ち漕ぎしながら哲平は叫んだ。

「哲平!声がでかいっ。」

いつ何時実咲が、またはその友達がこの話を聞いているかわからないっていうのに、哲平はお構いなしだ。

「モチ断ったんだろ?」

近くのベンチで足を組んで座っているリューチは、胸のポケットからお洒落なライターと煙草を取り出した。

「まあ断ったことは断ったけど。」

哲平の乗っているブランコは、どんどんスピードを増して、ますます声がでかくなる。

「でもさあ、コーキ、山崎さんと同じクラスじゃなくてよかったねー。クラスメートだったら きっともっと付きまとわれてるよ!」

考えてみればそれもそうだ。実咲と同じクラスだったとしたら、ノイローゼになっていてもおかしくない。哲平はとうとうほとんど地面と平行になるまで勢いをつけた。

「そういや航紀、お前等分部活どうすんだ?」

リューチは煙草を吹かしながら言った。そういえば、俺は何部に所属しているんだっけ?

「ほっとんどさぼって来てないリューチが言う言葉なの?」

序々に速度を落としながら哲平は噴き出した。

「さぼってるって人聞きわりーな、掛け持ちしてる水泳部の練習にまわってるっつってるだ  ろ。」

リューチはフゥと鼻から白い煙を出した。

「それは表向きの言い訳だろ〜?だってさ、水泳部って冬の間は筋トレしかないじゃん。しか も自由参加だし。」

聞いたことはある。リューチはバスケ部と水泳部を掛け持ちしていて、どっちも本気でやればいい線いくらしいのだが、この男、極度の面倒くさがりでさぼってばかりいるのだと、顧問の先生達が愚痴をこぼしていた。

「コーキ、今はやっぱ休みとった方がいいとオレは思うなあ。」

ぴょんっと哲平はブランコから飛び降りた。哲平はバスケの推薦でこの高校に入ったと言う、バリバリのスポーツ少年である。そういうことは、俺もバスケ部?女のときもやはりバスケ部に所属していた。

「そうだよなあ・・。」

今のこの新しい暮らしに慣れていないせいか、自分の家の中でさえ、妹や両親にまで気をつかっている状態だ。三日目にして、すでに精神的にも身体的にも、序々に疲れが出てきている。朝から調子がよくないのも、きっとそのせいだ。休部届けを出す、それもいいかもしれない。今のまま無断欠席をし続けるよりはよっぽどマシだ。

「明日、休部届け出すことにするよ。」

それを聞いて安心したらしく、哲平はニカっと笑った。

「じゃ、オレそろそろ練習戻るね!」

哲平はわざわざ部活を抜けて、ジャージ姿のまま俺達に付き合ってくれていたのだ。

「ああ。頑張れよ。」

哲平は、駆け足で行ってしまった。そして公園には、オレとリューチだけが二人残された。急に辺りが静かになったような気がした。哲平一人いるだけで、どんなにその場の雰囲気が変わるのかがよくわかる。

「お前さ、あの山・・なんとかっつう女のこと、どう思ってんの?」

リューチはいきなり切り出した。あまりにも急でびっくりした。

「正直、あんまり関わりたくないって思ってる。」

俺はしゃがみこんで砂を手に乗せたりしながら言った。

「俺も同感。」

すっかり短くなった煙草を地面に落とすと、ジュッと靴のかかとで踏み潰した。

「それよかよ、お前当分部活行かねんだったら、今から俺に付き合え。」

足元で砂まみれになっているリュックを拾い上げ、パンパンと払い落としながらリューチが言った。

「ん?なにに?」

結局この後、俺はリューチに無理矢理付き合わされ、美容院で八千円も使って髪を染めるハメになった。リューチは前染めた分がほとんど元に戻ってしまったので、そろそろ染め直そうと思っていたのだそうだ。そして以前と同じように、ツンツン逆立った髪を再び真紅に染めたという訳だ。そして俺は・・・。すっかり栗色になってしまった髪をグシャグシャとかき乱した。

「いい色出てんじゃん。」

リューチはこう言うが、自分ではそうは思わない。生まれつき白い肌の色と、このリューチ推薦の髪の色で、どう見ても色素が薄いだけのように見える。それと同時に、なんだか自分の存在まで薄くなってしまうような気がして、どうも納得いかないのだ。

「よくないって。ますます存在が薄くなっちまうよ。」

俺がブチブチ言っているのを聞いて、リューチは変な顔をする。

「何言ってんだ、目立ちすぎっつう位目立ってんじゃねーか。」

リューチが言う意味が分からずに、俺も変な顔をした。

 

その後、俺達は無言だったが、不思議にもそれが自然だった。

俺とリューチの仲も相当のもののようだ。リューチと別れて役5分程の所に自宅があった。門に前には何台か、見慣れない自転車が止まっている。どうやら妹の真希が友達を呼んでいるらしい。うちに入ると、上の階から笑い声がする。その声を聞いて、妙に懐かしくなった。

女の頃、自分もああやって友達とキャッキャと騒いだりしていたことを思い出したのだ。もう二度と美穂たちと騒ぐこともないだろうと思うと、なんだか寂しい気持ちになった。

 

 そんなことを考えていると、ドタドタとすごい勢いで階段を駆け下りてくる音がする。俺が荷物を床に降ろすと、ひょっこり真希と二人の女の子が顔を出した。

「お兄ちゃんおかえり!」

そして瞬間驚いた顔をした。

「髪切ったの!?ってか染めたの!?」

あとの女の子達もじっとこっちを見つめている。

「あ、ああ。友達の付き合いで。でも、色が気に入らないんだよ。」

そう言って苦笑いしたところ、

「そんなことないです!めっちゃ似合ってます!」

真希の友達の髪を一つに束ねた子が言った。

「うんうん、色もすごいいいよね!」

もう一人のちょっとぽっちゃりした感じの子も言った。真希もうんうんと頷いている。

「そっかあ?」

襟元を緩めながらリビングに入ろうとすると、後ろで何かコソコソ話し始めた。でもまあガキの言うことだ、そう思いながら気にも留めず、俺はソファーにどっしりと座り込んで、テレビのリモコンを手に取った。


「ちょっとお!真希のお兄ちゃん、マジでやばいよっ、ホントかっこいい!」

「ここまでかっこいいなんて思ってなかったよねー、アタシ一瞬で惚れちゃった!」

真希はニヤニヤと笑いながら自慢げに話す。

「でしょでしょ!?でも惚れるのはまだ早いよー?お兄ちゃんの友達が、こりゃまたかっこい いんだな、これが!」

すっかり友達の方は興奮してしまっている。

「うっそ!いいな〜、真希の幸せ者!アタシ達も見たいよね〜?」

真希はブイサインを出した。

「いいよ!今度お兄ちゃんの友達がうちに遊びに来たときに見においで。」

すぐ後ろで、妹とその友達がこんな話で盛り上がっていることに全く気付くことなく、俺はテレビでロンブーの再放送を見ていた


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