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記憶喪失

「しっかあしまあ、あれだね、びっくりしたよホント。記憶喪失だったなんて。」

哲平が廊下の開け放した窓に寄りかかりながら言った。

「ストレス性の一時的なものって言ってたけど、航紀、お前なんか悩みでもあんのか?」

リューチは冷たい床に腰を降ろした。

「別に自分でじゃそうは思わないんだけどなあ・・・。」

そう言いつつ、内心では、覚えてないっつうか、最初っから知らないんだからしょうがないだろ。なんて思っていた。

「もしなんか悩みとかあるんだったら、オレたち相談乗るし、なんでも言えよな!」

哲平に軽く頭を小突かれる。

「なあ、思うんだが、航紀のストレスになってるんて、もしかしてアレじゃねえの?」

そう言ってリューチが指したその先には、見覚えのある女子達。それは、山崎実咲率いるその女子グループだ。

「そ、そうかもね〜。」

哲平は苦笑いをして窓の方に向き直った。何だ?あのグループが俺のストレスになってるって?それはいったいどういうことなのか。確かに、女のときも、あのグループはどうも好きになれなかった。っとは言っても、関わる機会など一度もなかったのだが。

「コーキくん!」

どうやら実咲の方もこちらに気付いたようだ。しかしなんで俺の名前・・・?リューチと哲平を見ると、なんか急によそよそしい態度で無口になる。哲平なんか、外に向かって何の曲かもわからないような曲を口笛で吹き始める始末だ。

「聞いたよ、昨日気分が悪くなって保健室にいたんだって?大丈夫なの?」

えらく心配した様子で話しかけてきた。

「あ、うん。ただの風邪だから大したことないと思う。」

どういう態度をとっていいものかよくわからずに、リューチの方を見るが、リューチはそっぽを向いたまま目を合わせようとしない。

「ホントにー?無理しちゃダメだよ?」

山崎実咲って、こんな性格だったっけ。そんなことを考えながらも適当に話を合わせておいた。実咲が去った後、哲平がまたくるりと体をこちらに向けてふうとため息をついた。

「オレ、な〜んか山崎さんって苦手なんだよね。」

リューチも頷く。

「俺もああいう女うざいよ。航紀も苦労するのな。」

いやいや、状況がいまいちよく飲み込めない。

「へ?」

俺がわかっていない顔をすると、リューチは呆れたように言った。

「お前、アイツのこと無意識に忘れようとするが為に記憶喪失になったんじゃね?」

くくくっと哲平が傍らで笑う。

「コーキ、現実逃避はだめだよ。山崎さんに猛アタックされてるっていう現実は、忘れようが変わらない。ははは〜。」

リューチが哲平の足をバシッと叩いた。

「哲平、お前はちょっと黙ってろ。」

「へ〜い。」

な、なんと、俺があの山崎実咲に好かれているなんて、全く信じられない。あの子と言えば、女子の間では性格が悪いと相当評判だったが、男子の間ではあの大きな目と小作りの顔が可愛いと評判でもあった。とにかく、いい意味と悪い意味も含めて校内でも知られている女の子なのだ。そんな子に自分が好かれているなんて、女のときのことを思うと考えられないことだった。活発ではあったが、別段目立つ訳でもなく、その他大勢の中に埋もれるその一人だったのだ。だから、これが驚かずにいられようか!

「さっきさ、お前山崎に風邪だっつったけど、はっきり『お前のせいで記憶喪失になった』って言ってやればよかったのに。」

リューチは立ち上がりながら言った。前はもっと高いと思っていたリューチの身長は、今の自分から見ると、目線も少ししかかわらない。

ほんのちょっとリューチの方が高い程度だ。

「いやいや、まだ山崎さんが原因と決った訳じゃ・・。」

リューチが歩き始めたので、俺と哲平も歩き始めた。

「まあ、確かにね。山崎さん以外にもコーキには色々障害があるわけだし?」

色々?他にどんな障害があるのだろう?このとき、まだ自分自身でもどんな障害があるかなんて全く予想もつかなかった。


 

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