表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

再会

長時間の飛行での疲労感と、時差ボケで頭痛のする体で、リューチは懐かしい国、アメリカの地へと帰ってきた。海外渡航にしては少なすぎる荷物を手に空港を出ると、青い空とニューヨークの街並みがリューチを出迎えた。巨大なビルや渋滞する車の列、クソ煩いクラクションの音、自由な足取りでショッピングを楽しむさまざまな人種のカップル達。まさにここは自由の街ニューヨーク。長い間話すこともなかった英語がやけに親しみを感じさせた。やはり長年育ってきた国なだけに、早くもアメリカの文化を体で取り戻し始めている。

(懐かしいな・・・)

単純にそう思える自分に、そしてそうさせるこの街にも驚きを隠せなかった。

あまりの圧倒さに、思わず本来の目的を忘れかけていた頭を、手の甲で強く叩きつけ、意識を現実へと引き戻す。少し額がジンジンと痛んだが、気にもせず、ポケットからきれいに折り畳まれた紙をおもむろに取り出した。盗難が多発するこの街で、荷物から目を離すことはあまりに危険な行為であり、馬鹿のすることだったので、リューチはしっかりとスポーツバッグを肩に掛け、抱えるようにしてからその紙を片手にタクシーに乗り込んだ。その紙には、どうやら住所が書かれているようだった。タクシーの中年の太った運転手が、銀歯と金歯だらけの汚い歯を見せて、しっきりなしにベラベラと話掛けてきたが、リューチは窓の外をぼんやりと眺め、何か考え込んでいて、ほとんど曖昧な返事しかしなかった。


「着いたよ、お客さん。」

そう言われてはっと気が付いたのは、タクシーに乗り込んでから30分程経った頃だった。

はて、渋滞をいつ抜け出したのか、思わず首をかしげながら、リューチは運転手に金を渡すと、ぼうっとした足取りでタクシーを後にする。

「大丈夫かい、お客さん・・・?じゃ、俺は行くけどよ、なんか知らねえが、しっかりしろ  よ!」

太った運転手は、汚い歯でニカリと笑うと、クラクションを合図に去っていった.

あの運転手にはよほどリューチの具合が悪くみえたらしい。よくしゃべる割に、意外と心配はしてくれていたようだ。

 リューチはゆっくりと自分が立っている場所の周囲を見渡した。決して大きいとは言えない同じような家が、一直線にずらりと何10軒も軒を連ねている。その道を挟んで反対側に、ブランコや滑り台のある公園で、小さな子供たちが楽しそうにはしゃいでいるのが見えた。すぐ隣に、フェンスに囲まれた小さな広場があって、その中にボロボロになったバスケットゴールが1つ立っている。そのすぐ下で、数人の青年たちがワイワイと溜まって何やら話しているところだった。

その光景を見ていると、またしてもリューチに懐かしさが込み上げてきた。大好きだったバスケを、自分は一体何年やっていないだろう、と考えてみるが思い出せない。と言うよりも、タクシーの中にいるときから、頭を占領している、緊張感というやつが、他に何も考えさせてくれないと言った方が妥当だろう。そう、ここ数年感じたこともなかった緊張感が、リューチを襲っていたのだ。

そのせいか、なかなか足が動こうとせず、気が付くと、手に持っていた紙がねっとりと汗で湿っていて、くしゃくしゃに握りつぶされてしまっていた。

しかし、リューチには向かうべき家はどれなのか、はっきりと把握できていた。右から3軒目の家、あれがまさしくケイトの家なのであった。

リューチはただ怖かった。

何が怖いと言うと上手く説明しにくいのだが、自分の子供を直接目にするのが怖かったのだ。写真で1度は見たと言えども、本物を目の前にすると、もう後戻りはできないことを自分でも分かっている分、余計に恐怖を感じるのだろう。

でも、ここまで来て怖気づいて逃げる訳にはいかない。リューチは、軽く深呼吸すると、いつもの冷静な顔つきと、迷いのない目で、一歩、一歩とケイトの住む家に向かって歩き始めた。


「おい、見ろよ、あれ。」

広場で溜まっていた青年のうちの1人がリューチに気が付き、他の仲間に呼びかけた。

「なんだあの派手な頭!見ない顔だな。」

不審に思った青年たちが口々に言い出した。

「あいつ、アレックスん家に向かって歩いてくみたいだぜ。」

広場の隅でガムを噛んで座り込んでいる一際大きな青年が、気に触ったように顔をしかめた。

「なんだって?」

他の仲間たちが見つめる先に体を向けると、すっくと立ち上がった。がたいが大きく、骨組みのがっちりしたその青年は、身長もかなりあることがわかった。耳や下唇にいくつものピアスをしていて、決して柄がいいとは言えない。

「アレックス、あいつ、お前の知り合いかよ?」

仲間にそう尋ねられて、アレックスという名のその青年は、むつかしい顔をしたまま首をかしげている。

「いや、知らねえなあ・・・。どうせまた喧嘩吹っ掛けに来た奴だろ。」

青年たちはニヤリと顔を見合わせて笑うと、からかってやろうとばかりに、ぞろぞろと広場を出た。


(この家か・・・。)

リューチがケイトの家の正面まで来ると、

「おい、にわとりヤロー、アレックスの家に何の用だよ。」

っと、背後から好戦的な声を掛けられた。

真紅に染めた髪の男の顔が、振り返って見えた途端、青年たちはドキリとした。

思っていたよりも丹精な顔立ちのアジア系の人種だったせいもあるだろうが、それよりも、彼に全く威嚇的な表情や、慌てた表情が窺えず、落ち着いた様子だったせいだ。

「お・・・お前・・。」

でも、その中でも特に驚きを隠せなかったのが、アレックスだった。アレックスは、まるで死んだ人間が生き返ったかのように、目を丸くしている。

「アレックス・・・?」

仲間たちはそんなアレックスを不思議に思ったのか、表情を覗き込もうとした。

「わ、悪い・・、お前ら、今日のところは帰ってくれ。今度何かおごるからよ。」

アレックスはわざとらしい笑みで強引に仲間の背中をぐいぐいと押して追い返し始めた。

「ちぇっ、なんなんだよ、全く。アレックスらしくもねえ。」

ブツブツと文句を言いつつも、アレックスには歯向かえないようで、しぶしぶ離れていく青年たちの後に、厳つい青年アレックスと、真紅の髪のリューチが2人向かい合ったまま残された。

「おう、久しぶり。」

リューチは相変わらず冷静な顔つきのまま口を開いた。

「お前、その・・日本で元気してたかよ?」

アレックスはリューチに気遣っているのか、頭を照れ臭そうにポリポリと掻きながら言った。

「まあな。」

数年前、アレックスの姉ケイトと、ああいう事になってしまってからと言うもの、リューチは親友であり、幼馴染みであったアレックスに合わせる顔がなく、この再会が事件依頼初めての会話となった。

「アレックス、悪かったな。今更かもしれねえけど、一言謝りたくてな。」

アレックスの体がピクリと反応する。

そしてあることに気が付いた。

よく見ると、ここ数年見ないうちに、リューチの眼つきがすっかり変わってしまったのだ。以前はあんなにやんちゃで、純粋な眼をしていたリューチだったが、今目の前にいるリューチの眼は、すっかり大人びて、どことなく冷たさを感じさせるものがあった。それは、成長によるものというよりは、どちらかと言うと、苦悩の末によるものであろう。

「リューイチ。違うんだ。実は・・・。」

アレックスが深刻な顔で何か言おうとしたその瞬間、『ガチャリ』と家のドアが開き、

「アレックス兄ちゃん!ボクね、ボクね、さっきママに褒められたんだよ!」

っと、まだほんの幼い少年が勢いよく飛び出してきた。

「こらっ!マイク、待ちなさい!服は着替えたの?」

その少年の後を追うように、スラリとしたブロンドの女がドアの外に姿を現した。

そして、何かおかしな空気を感じ取ったのか、ふと顔を上げると、リューチを見るなり真っ青になって動きを止めた。

「リュ、リューイチ・・!どうしてここに!?」

リューチはケイトとの突然の再会にどう対処していいか分からず、アレックスの足にじゃれつくマイクという少年に目をやった。

彼の眼と髪は黒かった。

アレックスはそんな2人を気遣ってか、とりあえず家の外ではまずいと、リューチを家の中へと招き入れた。家の中は、決して広いとは言えないが、きれいに片付けられており、小物などで飾りつけられていた。こじんまりとした部屋のソファーに腰を掛け、コーヒーとクッキーを出されたが、リューチは口をつけようとしなかった。マイクはどこか別の部屋に連れて行かれたらしい。

「突然来るんだもの、びっくりするじゃない。来るんなら連絡くらいくれればいいのに。」

ケイトは、なんだか落ち着かない様子でコーヒーを一口飲んだ。

「俺、どうしてもケイトに謝りたくて来たんだ。」

アレックスとケイトの眉が小さく動いた。

「あ、謝るって何を?」

ケイトは真っ直ぐなリューチの目線から逸らすようにして、やや左下の方を見ている。

「今更だって思われるってわかってはいたけど、俺、あの頃よりずっと成長したし、自分のや った罪の重さもちゃんと理解してるつもりだ。だから・・・。」

リューチはすっくと立ち上がると、そのままドンと膝を床につき、両手をついて額を床に擦りつけた。

それは、疑いようもなく土下座の姿勢だった。

「リュ、リューイチ、お願いやめて!もうやめて!」

ケイトはひどく動揺して、カタカタと震わせながらコーヒーを机の上に置いた。

「許してもらえるなんて思ってない。けど、自分のしたことに責任を取りたい。一生かかって も償っていきたいと思っている。」

土下座をしたまま、リューチがそう強く言い切ると、ケイトはガタガタと震えたまま、真っ青な顔で狂ったように泣き始めた。

「悪い、リューイチ、今日はもう帰ってくれ。」

様子を見かねたアレックスが、とうとうリューチを無理矢理引き起こすと、またもや強引に家から追い出した。

「わざわざ家まで来てくれたのに、悪いな。

 けど、ケイトは見ての通りだ。ケイトにあの話題は禁句なんだよ。本当に悪いけど、もう顔 は出さないでくれ。」

ケイト同様、目線を合わさないようにして、アレックスはリューチをドアの外に置き去りにしたまま、バタンと謝絶するようにドアを閉めてしまった。

 

 時刻はすでに夕暮れ時で、日が傾き始めていた。ある程度の覚悟をしていたとは言え、これにはさすがのリューチも堪えた。


「リューチ!これ位で落ち込むとか、らしくないじゃん。」

すぐ隣で哲平の声がしたような気がした。

「そうだよな、らしくねぇよな・・。俺はこれからどうすればいい?なあ、航紀・・。」

アレックスに無造作に放り投げられ、地面に転がっているスポーツバッグを拾い上げると、リューチは空を見上げた。


(今俺がするべきことは、とりあえず当分寝泊りする所を探すことか・・・。)

見上げた空が、航紀や哲平がいる日本の空とも繋がっていることだけが、リューチの気持ちをほんの少しだけ和らげてくれていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ