表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

リューチの決心

「あ〜、食った食った。」

さっき俺と哲平とリューチの3人は、近くの中華料理店でたらふく夕飯を食べたばかりだった。そのついでにリューチが俺の家に泊まると言い出して、哲平もその意見に大賛成したおかげで、今こうして俺は部屋の床を掃除するはめになってしまったのだ。

「お前らなー、うちにも都合ってもんがあるんだからな。」

母親はいきなり2人が泊まると知って、どうやら慌てて家中をかたずけたり飾りつけたりしているらしく、下でバタバタとせわしなく音がする。いつもはしないクセして・・。隣の部屋からはキャーキャーと甲高い声がして騒がしい。

「まーまー、今日は航紀と腹割って話をしようと思って、実は哲平と計画してたワケよ。

計画!?そんな急な話あるかよ、バカヤロウ。

「そうなの、オレたちズバリ、コーキに質問したいことがいくつかあるんだよねー、リュ   ーチ。」

「航紀、お前さ、ホントのとこどこまで記憶あんの?」

やっぱりきたか、この質問・・。いつかはくるだろうと思っていたけど、極力この話題は避けたかった。

「・・記憶がなくなったあの日以前の記憶が全くない・・・。」

リューチはポリポリと頭をかいた。

「んー・・?たとえば?」

長い付き合いであるらしい哲平とリューチに本当のことを言うのはなんだか胸が痛む。

「リューチと哲平とのことがすっぽりそのまんんま・・。部活のこと、自分がどんな性格でど んなやつなのか・・。

でも、ホントのことを言うと、俺の場合、記憶を失くしたのではなく、最初っからないのだ。

「そっか・・。でもさ、コーキ記憶失くす前と全然変わってないよ。ずっとこんな感じだっ  た。」

哲平はごろんと床に寝っ転がってお腹をさすっている。

それにしても、少し安心した。実を言うと、今の自分のどこまでがホントの自分なのか分からなくなりかけていたのだ。今の自分の存在は、なんだか嘘の存在のような気がして・・・。

「心配することねぇよ。たかがストレス性の記憶喪失だ。すぐ戻るって。」

リューチはさっそくタバコに火をつけている。

この間のホテル事件以来、タバコと女はやめたのかと思っていたが、そうではないらしい。相変わらず、しょっちゅうPANDORAにも通っているし、タバコも今まで通り吸っている。

「それよかよ、航紀、こないだ俺のこと捜してPANDORA行ったんだって?」

ドキっ!俺の考えてることとあまりにタイミングがよすぎて、思わず焦ってしまう。

「えっ、なんで知ってんだよ!」

哲平は何焦ってんだとばかりに、不思議そうに俺を見ている。

「お前、3人組の女と話しただろ?そいつらから聞いたんだよ。」

ああ、あのやたらに化粧の濃い・・。

「そう言えば、あのエイコさんって人怒ってなかった?」

哲平もちょっと心配していたらしく、急に飛び起きた。

「ああ、こないだのホテル代返したらケロっとしてやがるよ。ってさリ気なくてめぇ話すり替 えただろ。」

さ、さすがリューチ、鋭い・・。

「マコが連絡くれねーって俺にうるさいんだよ。お前連絡入れてやってねぇの?」

マコ?連絡?・・・があああ!!あのときはリューチを捜すのに必死で、それどころじゃなかったから気にもしてなかったけど、確かに3人の中の1人に帰りがけに連絡くれって番号書いた紙もらった覚えが・・。

「え・・、やっぱ入れなきゃダメ?」

哲平は目をキラキラをさせて座り直した。

「ナニナニ!?コーキ、女の人に気に入られちゃったの?」

こいつ、絶対おもしろがってる。人の気も知らないで。とりあえず、あの時来ていたジーンズのポケットを探るってみると、やっぱりあの時の紙が出てきた。藤田真・・か・・。

女のときってこんなにモテたっけ・・。

「あっ、ちゃんと残ってるじゃねぇかよ。ほら、今すぐ電話入れろ。」

リューチは携帯をひゅっと俺に投げ渡した。

話しろっつったって、いきなり“航紀でーす、こないだはどうも!これからカラオケでも行きませんか〜?”って言ったりするワケ!?ムリだよ、ムリ!!

「可哀想じゃん、そのマコさんって人、期待して待ってるんだよきっと〜。」

畜生、哲平め、どこまでもこいつは。

「俺あの人ら苦手なんだよ。連絡っつったって〜・・。」

ってさっそく電話かけてんじゃねえよ、リューチ!

「あ、マコ?俺俺〜。今ここに航紀いるからかわるわなー。

トホホ・・、やっぱりこうなるのね。

『あっ、もしもし航紀くん?なんで連絡くれなかったの〜?アタシずっと待ってたんだよぉ  〜』

「あ〜、いやちょっとバタバタしてて・・。」

哲平がニヤニヤしながら電話の声を聞き取ろうとしてくる。

『でもよかった、また話せて!ねえ、アタシ達ほとんど毎日PANDORAにいるから、今度 龍一くんと一緒に来てよ!』

「えっ、はい。」

あ〜、やっぱこうなるんだ、トホホ・・。

『じゃ、その時に番号教えてねー、楽しみにしてるからっ。』

思ったより早く電話は切れたが、またしても面倒な約束をしてしまった。相変わらず悪い癖だ。

「ぷぷっ・・。」

1番に吹き出したのは、やっぱり哲平だった。

「あはははははっ、コーキの焦りようったらツボにはまる〜〜!!」

ムカッ。こいつ、いっぺん絞めたろかっ!

「哲平〜、お前人事だと思って。」

「うわ!?いてててっ、コーキ、はやまらないでっ、いでっ。」

俺が哲平の腕をひねって二人で格闘している様子をリューチはなんとも満足げにタバコをふかしながら眺めている。ったく、どいつもこいつも。ようやく哲平がヒーヒー言いながら謝ってきたので、解放してやると、ほんの少しの沈黙が続いた。

 

 正直言って、リューチのホテルの件ではあまりに首を突っ込みすぎたと反省している。あれでリューチに愛想をつかされたとしても、文句なんか言えるはずはない。その上、都合よく俺には1番大切だった親友達の記憶がないのだ。まさか、またこんなに元の仲に戻れるとは思ってもみなかった。これは、今の哲平もリューチも同じことを感じているはずだ。それ程、俺の知らない3人の間の信頼関係が深いと言うことなのだろう。その証に、アルバムを見てみると中学から高校にかけての学校行事の写真には、この2人がたいてい写っている。

「リューチ、あのさ、古傷をえぐるようだけど、ちゃんと聞いておきたいことがあるんだ。」

俺はこの沈黙を破り、ついにリューチの過去の話を持ち出した。リューチはタバコを、俺が別の部屋から持ってきた父親の白い灰皿の上でぎゅっと押し潰すと、3回位頷いた。

「リューチは今ニューヨークにいるっていう自分の子の顔って見たことあるのか?」

リューチはポケットからまた新しいタバコを取り出そうとしたが、突然やめてあぐらをかいた足の上に乗せた。

「一回だけ写真でな。」

そういわれると、分かってはいたが、なんだかますます現実味を帯びてくる。今、俺と哲平の前にいる、同い年で誰が見てもかっこいいこの少年に、まさか子供がいるなんて今だにピンとこない。

「ねえ、ホントにリューチの子なの!?もしかして違うってことない・・?」

哲平もまだ信じたくない気持ちがあるのだろう、どうにかリューチの口から“違います”っという言葉を出させたいようだ。

「いや、間違いなく俺の子だ。黄色人種の父親である証拠に。母親がブロンドなのに対して、子供は黒髪だった。」

この数日の間で、リューチはまたしても大人になった気がする。この話し方からして、どうやら過去を全て受け入れたように俺には見えた。

「今、その子と母親はニューヨークでどうやって生活を?」

こんなこと聞くなんて、俺もずいぶん無神経だと思う。でも、哲平の祖父のときみたいに、

何もできないなんて絶対に避けたかった。たとえそれが、リューチの心の傷を再び開くことになったとしても、ちゃんと知っておいて、どんなことでもいい、役に立ちたかったのだ。

「親父がロスから毎月仕送りしてる。あと、ニューヨークの学校でも教師続けてるみたいだか ら、それの給料とでまかなってんじゃねぇかな。」

そうか、リューチの父親はロスで会社を経営してるんだもんな、女1人と子1人が暮らしていけるだけの金なんてすぐに・・。

「・・リューチ、悪い、その子って今いくつだっけ・・・?」

急に俺の中で何か引っかかった。

「そんなこと聞いてどうすんだよ。」

リューチは変な顔をしている。

「いいから!何歳?」

そう、何か引っかかる・・。

「こないだ届いた手紙には4つって書いてあったぜ。」

4つ・・。黒髪か・・・。これの何が引っかかるって言うんだ?自分でも妙だった。ホントに。


「お兄ちゃん、入ってもいい?」

すぐドアの向こうで真希の声がした。

「あ、ああ。」

俺は慌てて妙な迷いを吹っ切った。

ドアが開いて、真希がトランプを片手に入ってくる。後ろには見覚えのあるぼっちゃりした子と、髪を1つに束ねた子もいる。

「こんにちは〜、お邪魔してます。」

この子達は確か、以前にも家に遊びに来ていた。

「こっちの子が瑠美子、そっちの子が昌代。」

真希は丁寧に2人の友達を俺達に紹介した。

ぽっちゃりした子が昌代ちゃんで、1つに束ねた子が瑠美子ちゃんらしい。

「いらっしゃい、ゆっくりしてってね。」

思わず女のときの癖で母親のようなことを言ってしまった〜!!やばい、気付かれた!?

「ぶっ!」

またしても哲平が吹き出した。

「コーキが言うと妙〜にあってるよね、ひゃははっ。」

転がっていた座布団を哲平の顔に投げつけてやった。昌代ちゃんと瑠美子ちゃんは・・と見ると、黙ったまま真っ赤になっている。やっぱまずかったかな。

「ね、ね、それよりお兄ちゃん達、一緒に大富豪やんない?」

真希が持っていたトランプを顔の前にかざしながら言った。」

「おっ、大富豪!賛成〜、やろやろ。」

案の定哲平が飛びついた。まあ気分転換にトランプもいいかも。そんな訳で、俺達6人は大富豪をすることになった。2時間半の間、俺達は大盛り上がりだった。

「哲平くん、見て見てー、これ真希の最高傑作の写真なの!」

すっかりゲームにも飽きて、いつの間にか個人的なトークに変わっていたが、それはそれでなかなかおもしろい、

「うわ、真希ちんこれどこで撮ったの!?UFOじゃん、すっげー!!」

真希が塾の帰りに撮ったという、ウソかホントか判らんような写真を見て、哲平は目を輝かせて夢中になっている。

「でしょでしょ!?真希ホントにこれテレビに出しちゃおうかなって思ってるの。」

おいおい、哲平、お前いったい何歳だよ。中3と思考レベル対張ってんじゃねーよ・・。まあそこが女子の人気集めてる理由の1つになってんだろうけども。

 

 そんなこんなで、すっかり夜も更け、はしゃぎすぎたせいか、妹達は床の上で寝入ってしまった。哲平はと見ると、真希と仲よさげにヨダレを垂らして爆水している。こいつ、ホントに高校生か?なんて思いながら、俺は4人に毛布をかけてやった。リューチはすっかり静かになった部屋の壁にもたれかかって、一息ついたところで、一服でもしようと思ったのか、ポケットに手をやったが、タバコを切らしていることに気付き、手を引っ込めた。俺も散らかった床のトランプを足で掻き分け、自分の座り場所を確保して腰を下ろした。

「航紀。」

以外にも、リューチが先に口を開いた。

「ん?」

哲平達を起こしてしまうのを気遣って、俺達は声を潜めた。

「俺、来週ニューヨークに行ってくる。」

リューチなら、たぶんそう言い出すだろうと予想はしていたから、さほど驚きはしなかった。

「来週って、学校はどうする気だよ。」

だが、友達として簡単に賛成することはできない。それでなくてもリューチの場合、たびたびの欠席と遅刻で進級が心配されているのに、ニューヨークなんて行って、1日や2日で帰って来られるとは思えない。

「ケイトにちゃんと謝罪したい。許してもらえるかはわからねぇけど、このまま時間が経って謝罪のチャンスを逃しちまうと、俺はこの先ずっと自分で自分が許せなくなると思う。」

一息ついて、リューチは再び話し始めた。

「俺ももうガキじゃないし、自分がどんな取り返しのつかないことをしたかも十分理解して  る。今だからちゃんと謝罪すべきなんじゃねぇかと思う。」

リューチの言うことは、10人いたら10人が納得いく理由だとは思う。でも、俺は単純にその理由に頷くことはできなかった。リューチが次に言うことを、だいたい予想できたからだ。

「それで話し合って、もしケイトがいいようなら、俺は学校を辞めてニューヨークで住もうと 思ってる。結婚も考えてる。」

わかってはいても、すごくショックだった。なんだか、急にリューチが遠くに行ってしまうような気になった。

「リューチ、せめて学校卒業してからじゃ駄目なのか?」

なんとかリューチを引きとめたいと思った。

「今じゃなきゃ駄目だ。」

リューチの決心は相当固いもののようだ。いくら俺達が止めたところで、彼は決心を変えないだろう。誰よりも相手のことを気遣う優しい男だからこそ、こう言い出すだろうと予測できたのだ。もしかしたら、リューチはこのまま日本に帰って来ることはないかもしれない・・。記憶はなくても、長年の間に心に染み付いたリューチとの思い出が、まるで自分の片腕をもぎとられるかのような辛さを感じさせた。

「そうか・・。」

俺にはもう、彼を止める術はなかった。これは変えることのできない定めだったのかもしれない。

「このこと、哲平には黙っててほしい。話したら、ニューヨークまで一緒についてくってごね るに決まってるだろうし。」

哲平は自分が眠っている間に、こんな話をされているなんてまさか考えもしていないかのように、寝息をたてて眠っている。

「わかった・・。」

リューチが突然うちに泊まるなんて言い出すなんて。何か変だと思っていたが、やはり裏にはこんなことが隠されていたのか。リューチなりの別れの挨拶って訳か・・。


この後、朝日が部屋の窓から差し込むまで、リューチと俺は一言も話さなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ