リューチを捜せ
次の日、案の定リューチは学校に姿を現さなかった。
俺は重い口を開いて、哲平に昨日おばさんから聞いたことを全て話した。
「うっそ・・、リューチに子供が・・??」
哲平もひどく驚いた様子で、まだすぐには信じられそうもない。俺自身も、未だにまだ考えがまとまらずに、授業も右の耳から入って左の耳から抜けていくような始末である。哲平も、この日は部活をやる気にはなれなかったらしく、珍しく俺と一緒に下校した。この帰り道、俺たちは一言もしゃべらなかった。唯一しゃべったと言えば、別れ際に、
「またな。」
っと言ったことぐらいだった。
その夜、俺の家に電話がかかってきた。
「お兄ちゃ〜ん、電話だよー。」
珍しいことに、携帯ではなく電話にかかってきたのだ。
「かわりました。」
俺が不思議に思って受話器を取ると、聞き覚えのある声だ。
『あっ、航紀くん!?重家ですけど、龍一そちらにお邪魔いてないかしら・・?』
心配そうなその声は、紛れもなくリューチのおばさんだった。
「え!リューチまだ帰ってないんですか!?」
昨日出て行ったっきり戻っていない!?
「そうなの、一日帰らないことはよくあるんだけど、こんなに長いとちょっと心配で・・!」
もしかして家出?いや、どっかで飲んだくれて帰りに事故ったのかも・・!こんな考えが一 挙に浮かんだ。
「とりあえず、哲平とも連絡とって、俺達も探しに行きます!」
おばさんからの電話を切ったあと、慌てて哲平を呼び出して俺達はリューチの行きそうな場所を探し回った。公園、学校、近くの映画館・・・。後輩やバスケ仲間にも1人1人連絡をとってもみたが、何の手がかりもつかめない。俺たちが学校近くの公園を出たとき、時計はすでに11時半を回っていた。
「ちっくしょ、どこ行ったんだろ・・。もう捜すアテなんて・・。」
「あっ!待って!。」
哲平が思い出したように、自分の財布から、白い名刺のような物を取り出した。
「これ、リューチがよく行くって言ってた店のなんだけど、もしかしたらここにいるかも。」
PANDORA、この店は俺も知っていた。以前から何度もその前を通ったこ ともあったし、結構人気の店であるらしく、
ときどき道端で広告を渡されることもあったからだ。ただ、あそこは未成年者立ち入り禁止のはずだ。でもまあ、リューチがそこにの常連であっても、誰も疑いはしないだろうが。
俺と哲平がPANDORAの前までやってくると、入り口の辺りでは相当酒の回った人達がビールを片手に大いに盛り上がっている。こりゃあ店内に入るのはちょっと大変そうだ。
「コーキ、中に入って見てきてよ。オレ絶対バレちゃうから!」
確かにどちらか片方がここに残るって言うのは賛成だった。ひょっとしたら入れ違いになる可能性もあるし、未成年であることがバレたときに、2人共が捕まらないで済む。でも、俺が中に入るのもどうかと思う。確かに哲平は部活上髪は染めてないし、しかも童顔ときた。10人に聞いたとしたら、10人ともがどっからどう見ても学生に見える、っと答えるだろう。それに比べたら、いくらか俺の方がまだマシかもしれないが、バレない自信なんてない。
「俺!?俺だって絶対バレるって!」
っとは言うものの、結局どちらか1人が中に入らなければならないのだ。
「絶対大丈夫だって〜。
ほら、いっつも道端でホスト勧められてんじゃん。コーキで無理なら誰も入れないよ。」
はい!?俺って道端でホストの勧誘受けてんの?し、知らなかった・・・。
「わかったよ、しゃーない、行ってくる。」
とうとう俺は観念して、しぶしぶ店の入り口に向かった。
「おい〜。」
なるべく早足で溜まっている人達の間を取り抜けようとしたのだが、やはり絡まれてしまった。
「ちょっとちょっと〜、まあここに座れって。」
これはかなり酔っ払っている。
「いや、あの、急いでるんで・・!」
服の袖を引っ張ってくる男をかなり強引に振り払って、なんとか店に入ることができた。
どうやら年はバレていないようだ?中は思ったより広く、ガンガン鳴り響く音楽の中で若い人でひしめいてる中からリューチを捜すのは一苦労だ。とりあえずバーのところまでやってきたが、一通り見たところリューチらしき人物はいない。じゃあやっぱりこの人ゴミの中に・・・?
「ねー、キミ。誰か捜してるの?」
バーで座ってカクテルを飲む3人組の女が話しかけてきた。高校生の自分からすると、相当化粧が濃い。いや、待てよ・・・。もしかしてリューチのこと何か知ってるかも?
「あ、重家龍一って知ってます?」
思わず敬語でしゃべてしまった〜!やばい、ばれる!?
「うん、知ってる知ってる〜。」
やった、ビンゴ!この人達も常連客のようだ。
「さっきまでここに居たんだけどねー、なんかあったらしくて飲みすぎてデロンデロンになっ ちゃって。」
やっぱりリューチはここにいたんだ!じゃあ今はどこに・・?
「ホ、ホントですか!?」
3人はきょとんとしている。
「うん、ホントだよ。ほんのちょっと前にエイコがお持ち帰りしちゃたけどね、ハハ。」
はいっ!?お持ち帰り!?リューチー!お前ちょっとやりすぎだバカヤロー!!
「エイコずっと龍一くんのこと狙ってたもんねー!なんか腹たってきちゃった〜。」
ひょっとして、リューチにとってはこんなことは日常茶飯事だったりするのかもしれない・・・。そんな不安が頭をよぎる。
「アイツ、よくこういうことあるんですか・・?」
3人のうち1人がタバコを取り出して火をつけ始めた。
「龍一くん?あの子は結構遊んでるわよー。相当お金も持ってるみたいだし。」
哲平は知っているのだろうか。リューチが酒とタバコだけでは飽き足らず、女にまで走っていることを・・。でも、リューチの気持ちもわからないこともない。だからと言って限度というものもあるんじゃないか!?
「でもさ、龍一くんって来る者は拒まないけど、絶対にキス以上のことはしないよねー、あり ゃ絶対女いるよ!」
ここにいるときのリューチは、俺達の知っているリューチではないようだ。でも、やはりロスでの1件を引きずっている為、まだそれがなんとか歯止めとなっているようだ。今ならまだ立ち直れる、なんとなくそんな気がした。
「だけど今日はあれだけ酔っちゃってたら、エイコの思うツボでしょー。」
「やーだ、キヨミったら!まるでエイコが悪役みたいじゃ〜ん。」
「だってそうじゃん?」
エイコがどうだか知らないけど、リューチはいったいどこ連れてかれたんだよ、肝心なのはソコだろうが。
「それよりさー、キミなんて名前?今からアタシ達飲み会行くんだけど一緒に行かない?」
こりゃあ実咲よりも手強そうだ。
「あ、溝内です。今日は急いでるんで!アイツがどこ連れてかれたかわかります?」
3人は顔を見合わせて首をかしげている。
「違うわよ、名字じゃなくて名前!」
名字でも名前でもどっちでもいいだろが!!
「航紀です。それで、なんか聞いてないですか!?」
イラ立ちがついつい顔に出る。
「う〜ん・・、聞いてはいないけど、こっから1番近いホテルなんじゃない?」
俺のイラ立ちを知ってか知らずか、相変わらず話すペースはのんびりだ。1番近いホテル・・か・・・。
「ねーねー、コーキくん。あたしたちに付き合ってよ。」
女の1人が飲んでいたカクテルを進めてくる。
「いや、ホント今日は急ぎの用があるんで!外に連れを待たせてますし。」
女達はとてつもなく残念そうな顔をしている。
「え〜、彼女〜〜?」
こんな話をしてる場合じゃないんだって。
「男ですって。。じゃあ、そろそろ・・・。」
なんとか無理矢理話を切り上げて立ち去ろうとすると、女の1人に腕をぐっと引っ張られた。そして何やら丸めた紙を手の中に隠すようにも持たせてきた。
「これ、アタシの携帯の番号。連絡ちょうだいね。」
っと耳元で囁くと、つかんでいた手をすっと離した。やばい・・。哲平を中に連れて来なくてよかった・・。
それより今はリューチが先だ!また同じ過ちを繰り返させてたまるか!こんな感情は女のときには決して持たなかった。女と男は単に体つきが違うだけでなく、確実に精神状態や感情の表れ方も違うんだな、っとこんなに冷静な自分が感じているのを不思議に思う。
「PANDORAから1番近いホテルて言ったら、ここしかないよね・・。」
俺と哲平は周りの目を気にすることもなく、迷わずツカツカをホテルに入っていった。そしてカウンターでリューチの名前がリストにないか、急いで調べてもらう。もうここにいなければ諦めるしか・・。
「あっ、ありました。重家様。ただ今53号室を御使用になられておりまが。」
その言葉を聞いた後、俺はどうやって53号室まで来たかも覚えていない。気がつくと、哲平と2人でゼエゼエ言いながら部屋のドアをバンバン叩いていたのだ。
「だ、誰・・?」
部屋のドアがガチャリと開く。ほんのちょっとの隙間から、ローブ姿の女が顔を覗かせる。これがエイコなのだろうか。リューチは!?俺は構わずにドアの隙間に手を入れると、そのまま体を滑り込ませた。
「えっ、何!?なんなのキミ!!」
エイコは混乱してアタフタしている。哲平も続いて部屋に入った。部屋に入った瞬間、大きなベッドの上でうつ伏せで寝っ転がっているリューチの姿が目に飛び込んできた。まだエイコとは何もないようだ。それどころか、酔い潰れてグースカと俺達が来たことに気付きもせずに熟睡している。俺は近くにあったグラスを引っつかむと、風呂場へ行ってあふれるまで水をいれ、寝ているリューチの頭へぶっかけてやった。
「リューチ!起きろっ。」
エイコはいきなり入ってきた男が、水までリューチにかけたのを見て驚いて口をパクパクさせている。
「あん・・?」
リューチが気分悪そうにむっくりと起き上がった。ぽけーっとして、今どういう状況なのか分かっていないようだ。
「帰るぞ。あんまりおばさんに心配かけんじゃねえよ。」
「リューチが起き上がるのをなんとか手助けしてやる。
「あれ、なんでお前ここにいんの?哲平も・・。」
リューチはきょとんとしている。
「おばさんから電話があって、迎えに来たんだよ。」
やっと状況が飲み込めてきたのか、リューチは小難しい顔をして頷いた。
「ちょっと、キミ達いきなり何なの!?」
エイコの反撃がようやく始まった。
「俺達、こいつの友達なんです。すいませんけど、今日のとこは連れて帰りますんで。」
リューチを無理矢理引き起こすと、腕を引っ掴んで部屋を飛び出した。足元のおぼつかないリューチに構うことなく、俺は無言でズンズンと歩いた。
「コーキ、コーキ!」
哲平が後ろから小走りで呼ぶ。
「なんだよ。」
なんでかイライラして答える俺。
「もうここまで来たら誰も追ってこないんじゃない?一体どこ行く気だよ!」
そう言われて思わず足を止めた。ヨタヨタのリューチは息を切らして、半分俺に引きずられている。俺は一体どこへ行くつもりだったのか?別に宛てなんてない。それに俺がイライラする必要だってない。じゃあなんで俺はこんなにイラついてるんだ?
「お前、昨日お袋に俺の過去を聞いたのかよ。」
今まで何も言わなかったリューチが、急につぶやいた。
「聞いたよ。哲平にも話した。」
哲平はいつになく真剣な顔をしている。
「そうか・・。」
あきらめたようにリューチは溜息を漏らした。
「なんで今まで俺達にナイショにしてたの?」
哲平が今回初めて口を開いた。そうだ、俺がイライラしてたのは、リューチが1人で悩んで俺達にさえ隠していたからなのだ。
「言える訳ねぇだろ・・。あの件以来、ロスの友達はみんな俺のこと軽蔑しちまって離れてい った。お前らは日本で初めてできたダチだったんだ。また離れてかれちまうくらいなら、絶 対隠し通そうと思った。」
びっくりした。俺は最初からリューチや哲平と過ごした記憶を持っている訳じゃないけど、初めてリューチの本心を耳にした気がした。
まさかあの大人びていつも冷静なリューチが、いつもこんなことを思っていたなんて・・。
「バカ!オレたちがリューチのこと嫌いになるはずないだろ!?いったい何年友達やってるん だよ・」
いつもの頼りない子供っぽさを感じさせない、哲平の妙にしっかりした言葉だった。リューチはがっくりとうな垂れて何も言わない。ときどき小刻みに震えているようだ。リューチはまさか泣いて・・?
「それよりさ、今からラーメン食べに行こうよっ!オレお腹空いちゃってさ〜。」
哲平はリューチの袖をぐいと引っ張った。
「・・おい、哲平、もしかして俺におごらせる気じゃねぇだろな。」
さすが哲平、どうやらいつものリューチに戻ったようだ。
「あったりまえじゃん。」
「アホかっ!誰がてめえの為に金使うか。」