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言葉を捨てた子供たち

その場所には、世界で最も純粋で、最も残酷な静寂が横たわっていた。 旧市街の廃校を利用したシェルター。そこには、十代から二十代前半の若者たちが数十人、肩を寄せ合って暮らしている。彼らの共通点はただ一つ。「一切の言葉を捨てた」ことだ。


 彼らは互いに視線を合わせず、手話さえも使わない。意思疎通は最低限の筆談か、あるいは単なる「察し」で行われる。廊下を歩く足音さえも忍びやかで、建物全体が巨大な墓標のように静まり返っていた。 彼らは、この街のシステムに絶望した者たちだった。「おはよう」という挨拶に含まれる微かな憂鬱、「大丈夫」という返事に混じる強がり。そんな些細な社交辞令さえもが「嘘」としてカウントされ、自重を増やしていく日々に耐えられなくなったのだ。


「……誰も、何も話さないのか」 私が廊下を歩くと、数人の少年がこちらを見た。彼らの足元にあるポータブル秤の数値は、どれも「〇グラム」を指している。完璧な無垢。だが、その瞳には生気がなく、ただ重力から逃げ切ったという安堵だけが張り付いていた。


 私がここを訪れたのは、一人の少年・レンが「沈黙したまま重くなっている」という通報を受けたからだ。 奥の教室に入ると、レンという名の少年が床に座り込んでいた。彼は一言も発していない。口は固く結ばれ、呼吸さえも慎重に行っている。 しかし、彼の足元のデジタル表示は「四〇キロ」を示し、今も一分ごとに数百グラムずつ増え続けていた。


「レン、君は何も話していない。なのに、なぜこれほど重い?」 レンは答えない。ただ、恐怖に満ちた目で私を見上げるだけだ。 周囲の若者たちが、怯えたようにレンから距離を取る。彼らにとって「重くなること」は感染症よりも恐ろしい裏切りであり、この静寂の聖域を汚す穢れだった。


「言葉を捨てれば救われると思ったか? だが、秤は残酷だ。沈黙そのものが『真実の隠蔽』である場合、それはこの世で最も重い嘘になる」


 私はレンの前に膝をついた。彼の体はすでに自重で震え、床板が悲鳴を上げている。「君はこのコミュニティの中で、何かを見たはずだ。それを『言わない』と決めた瞬間から、君の沈黙は言葉よりも雄弁な嘘になったんだ」


 レンの目から涙が溢れ出した。それでも彼は口を開こうとしない。彼にとって、言葉を発することは、この「無重力の楽園」からの追放を意味するからだ。 だが、その時、教室の隅にいた一人の少女が、震える手でメモ帳を差し出した。『レンは悪くない。あの日、管理人が食料を横流ししているのを見ただけ』


 その瞬間、レンの数値が五〇キロを突破した。少女のメモによって「彼が何を知っているか」が確定し、それを隠し続ける重圧が物理的な質量となって彼を襲ったのだ。「ぐ……っ……あ……」 レンの喉から、押し殺したような悲鳴が漏れる。


「レン、話せ! このままでは君の沈黙が君を圧死させるぞ! 言葉は呪いじゃない、重荷を下ろすための手段なんだ!」


 レンは床を掻きむしり、ついに叫んだ。「……管理人が! 裏口から……全部、売ってたんだ! 僕たちは、お腹が空いてるのに……っ!」


 ドォォォン、と空気が震えるような音がした。 レンの体を縛り付けていた見えない重圧が、一気に霧散した。デジタル表示の数値が、四〇、二〇、十……と急速に減少し、最後には「五グラム」で静止した。それは、彼が今吐き出した言葉の、わずかな重みだけだった。


 静寂は破られた。 他の若者たちは、レンを冷ややかな、あるいは軽蔑の混じった目で見つめていた。彼らにとって、声を上げたレンはもはや「汚れた大人」と同じだった。


「……これで満足か、刑事さん」 レンは力なく呟いた。体は軽くなったが、彼の居場所はもうここにはない。「言葉を捨てても、世界は僕たちを放っておいてくれないんだな」


 私は、再び静寂に包まれようとする教室を見渡した。 重くなるのを恐れ、一切の感情を殺して生きる子供たち。彼らが手に入れたのは平和ではなく、ただの「空虚な軽さ」だ。 嘘を吐かないために言葉を捨てる。それは、人間であることを捨てるのと同義ではないか。


 シェルターを出る私の背中に、誰の視線も突き刺さらなかった。 そこには、ただ重力に怯え、石像のように固まった若者たちの、息の詰まるような「無」が広がっているだけだった。 秤の数値がゼロであることと、その魂が救われていることは、決してイコールではないのだ。



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