転生したら便所のスライムだったという悲劇
前世の日本には、
『大は小を兼ねる』ということわざがあったが・・・。
ブリブリッ・・・
ボタボタッ!
ジョロロロロ~・・・
ビチャビチャッ!
『あれは・・、
こういう意味だったのか・・・』
頭上から落下してくる大便・・、
それに続き降り注がれる小便・・・。
それらを全身で吸収しながら、
俺はつぶやいた・・・。
――今の俺は、スライムだ。
つい最近まで平凡な日本国民だったのだが・・、
どうやら死んで異世界に転生したらしい。
しかも、
森で目が覚めたとたん、
剣や魔法を使う連中にボコボコにされ、
気が付いた時には、
とある便所の下にあるタンクの中という・・・。
ここで、
上にある便器の穴から落ちてくる汚物を吸収して、
便所を綺麗にするのが今の俺の役割だ・・・。
人間だった俺の・・・。
『畜生・・・』
『???』
『?』
『・・・?』
思わずもれた言葉に、
タンクにいる他のスライムたちが反応する。
目も耳も手も足もない、
巨大な水まんじゅうみたいな身体で、
プルプルと疑問の感情を表現する。
『そうだよな・・、
お前たちは元からスライムだもんな・・・』
『??』
『?』
『・・・?』
『人間だった俺が、
毎日ウンコやションベンを浴びせられる気持ちなんて、
分かるはずないよな・・・』
スライムたちに八つ当たりする、
元人間の俺・・・。
そんな俺を含むスライムたちに向かって、
新たに上から汚物が降り注がれる。
ボタッ・・ボタッ・・・
ジョロロロ~・・・
スライムの身体は、
それを全身で吸収する。
本人の意思とは関係なく。
『畜生・・・、
くそったれ・・・』
――どれくらいの時間が経っただろう。
ある日、
転機が訪れた。
ビチビチッ!
チョロロロ~・・・
俺たちスライムは、
いつも通り上から降ってくる汚物を浴びていた。
すると、
「あっ!」
『え?』
便器の上から、
汚物の主と思われる声が聴こえた。
と同時に、
俺の頭(?)に何やら汚物以外のものが落ちてきて、
かすかにジュッという身体の焼ける感じがした。
『これは・・煙管?』
どうやら、
くわえながら用を足していたら落としてしまったらしい。
「ああ、くそっ!
高いやつなのに・・・」
などと、
便器穴の上から、
持ち主らしき男がこっちを見て毒づいている。
『なるほど・・・』
確かに、
金ぴかの高価そうな品だ。
『残念だったな、オッサン。
ほらほら・・・』
これまでの事で、
完全にやさぐれていた俺は、
男に煙管をふって見せた。
「この・・スライムが・・・」
『いただきま~す♪』
そう言って俺は、
このスライムの身体に煙管を沈めた。
シュワシュワと音を立てながら、
金か何かでできた高価な煙管は、
瞬く間に体内で溶けていった。
男は愕然とした顔でこちらを見ている。
ざまあみろだ。
『ごちそうさまでした~♪』
「こ、この野郎!!」
男が便器穴から顔をひっこめると、
バン!と便所を出ていく音がした。
『あ~、
少しだけすっきりした・・・』
だが、
それで終わりではなかった。
再び扉の開く音がして、
男が顔を見せると、
「死ねっ!!」
男は便器穴を通して何かを突き入れてきた。
『うわっ!』
反射的によけたそれは、
細長い棒だった。
物干しざおでも持ってきたのか、
数メートル下のタンクの底にまで届いてきた。
「この野郎!
スライムの分際で・・・!
死ねっ!
くたばれっ!!」
男は完全にキレているのか、
タンクの中をかき回すように、
棒をグルグルと回し続けた。
『ピィッ!!』
『ピ・・・』
『ピギッ・・・』
他のスライムたちが、
次々に叩き潰されていく。
俺だけは何とか、
タンクの隅へと避難できたが・・・。
『ごめん、
皆・・・』
何故か申し訳ない気持ちになった・・・。
――しばらくすると嵐のような攻撃もおさまり、
「――ハアッ・・ハアッ・・・。
やったか?」
などと、
荒い息遣いが聴こえてきた。
棒の動きも止まった。
便所穴からタンクの底へと続いたまま・・・。
『これは・・・!』
チャンスは今しかない!
俺は素早く棒に引っ付くと、
木登りのように上へと昇りだした。
「なっ!?
この・・・」
それに気づいた男が、
慌てて棒を振って引きはがそうとする。
だが、
『もう遅い!』
便器穴近くまで昇ってきた俺は、
棒から飛び跳ね脱出した。
――やっと出られた・・・!
「なっ・・ななな・・・」
『オラア!!』
「ぐべっ!」
そのまま男に向かって体当たりをくらわせると、
あっさりと壁際まで吹っ飛び気絶した。
『よしっ!!』
俺はそのまま、
開いた便所のドアを抜け逃走した。
廊下に敷かれた赤いじゅうたんに沿って、
俺はポンポンと全速力で飛び跳ねていく。
やがて、
見た感じ屋敷の玄関のような場所に来た。
目の前には、
重厚な両開きの扉が立ちはだかっている。
『このっ、開けっ!!』
バン!バン!と、
扉に全力で体当たりを繰り返す。
だが、
スライムのこの身体ではとても開きそうにない。
・・バスケットボールを体育館のドアにぶつけているようなものだ。
「何だ!?
今の音は・・・」
「玄関のほうだわ!」
屋敷の人間たちの声も近づいてくる。
『くそっ!
ここまで来て・・・』
外は目の前だっていうのに・・・。
「げえっ、スライムじゃないか!
しかも、ヘドロみたいな色をして・・・。
まさか、トイレの中から這い上がってきたのか!?」
「いやっ!!
不潔!!!
汚らわしい!!!!
早く殺して!!」
現れたのは、
便所でのした男の家族どもだろう。
顔と・・体型がそっくりだ。
「旦那様、奥様!
お離れください!
すぐに始末いたしますので!」
そう言って、
いかにも執事らしき格好のおっさんが、
剣を抜いてやってきた!
『やべ・・・』
慌てて俺は扉のノブに飛び乗った。
「む・・・」
『ふふふ、どうだ?
俺を攻撃したら、
ドアノブも壊れるぞ!』
カッコいい彫り物もしてあるし、
高価なドアノブなのだろう。
ためらいを見せる執事男。
だがその時、
「ち、父上!
そいつ、
俺を攻撃してきたんですよ!」
便所でのしたデブ男が、
よたよたとこっちにやってきやがった。
それを聴いたデブ主人は、
「なんだと!?
おのれ、
汚らわしい魔物の分際で・・・」
と、
怒りをあらわにし、
「構わん、斬れ!
扉が傷ついても構わん!!」
と、
執事男に命令してきた。
息子デブめ、
余計な事を・・・!
「はっ!」
言われた執事男は、
剣を大上段に構えて向かってきた!
もう逃げ場はない!
『こうなったら・・イチかバチか!』
俺は全神経(あるのか?)を集中させた。
振り下ろされる刃をよける事なく受け止め、
そして・・・、
『いただきま~す!!』
と、
全力で消化をし始めた。
体内まで斬りつけた刃は、
そのまま俺の中で溶けていく・・・。
「なっ・・・」
切っ先を食われた剣を見て、
デブ家族たちも驚いている。
毎日毎日、
大小問わず汚物を食らい続けていた結果だ。
1秒でも、
一瞬でも早く まとわりついたそれらを消したくて身に付けた消化スピード・・・。
『一日たりとも休まず食らい続けた汚物の境地・・・』
それが今、
俺の命を救ったのだ・・・!
(待てよ・・・)
俺はふと思いついた。
(剣も煙管も消化できるんだから・・、
ひょっとして この扉も・・・)
俺は趣味の悪いデザインの扉に意識を集中した。
すると、
「あれ・・ママ、
そのスライム・・・」
「ああっ!
扉が・・扉が溶けているわ!!」
「よせっ、やめろ!
その扉は・・彫刻にいくらしたと思っているんだ!!」
『知るかバカ』
俺はデブ家族を無視して、
どんどん扉を食っていく。
「何をしている!
早くそいつを押さえつけんか!!」
「嫌です!!
だって、
トイレでウンコを食っていたスライムですよ!!」
デブ主人の命令を、
ためらいなく拒否する執事。
『麗しい主従関係ですな~』
思わず笑顔になりそうだよ。
スライムだけど・・・。
ま、
それはともかく、
『はい、
貫通~♪』
とうとう俺は、
扉の向こうまでたどり着いた。
なつかしい日の光が、
この濁り切ったスライムの肌を射す。
「ああっ!
父上、
あいつ逃げちゃうよ!!」
「捕まえろ!!!」
「嫌ですっ!!!!」
コントを繰り広げるデブ一家をしり目に、
俺はそのまま駆け出した!
石畳の玄関から庭園を抜け、
鉄門をくぐると・・・。
そこには、
道が、家が、
異世界の街があった。
『やった・・、
やったぞ・・・!』
舗装された石造りの道で、
俺は感動に打ち震えた。
スライムでなければ、
きっと大泣きしているだろう。
『よし!
これからは夢だったファンタジーライフを・・』
ガラガラガラッ!
プチッ。
その時、
何か大きな衝撃が全身を襲った。
『あれ・・・?
何で・・急に・・真っ・・暗・・に・・・』
そのまま、
俺の意識はとだえた・・・。
~~~~~~~~~~
ガラガラガラッ!
街の通りを一台の馬車が走る。
御者の男が、
後ろを振り返ってつぶやいた。
「くそっ、
あんなでかいウンコをひいちまったよ・・・」
〈激臭・・もとい、劇終〉




