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5話 「檻」

 第4倉庫の捕り物から2日後。

 捕縛した見張りから吐かせた情報を元に、エスピナ率いる港湾警備隊が隠れ家を急襲した。


 結果は呆気ないものだった。


 ボスとその取り巻きは、蒼炎隊の魔法と警備隊の銃に挟まれて、15分で制圧された。


 蛇と短剣の紋章(エンブレム)を縫い込んだ構成員は全部で11名。

 貿易で食えなくなった商人崩れが、失業者を集めた集団――エスピナが言った通りの連中だった。


 マフィアですらない。

 連中なら、もっと巧みに国のシステムに入り込む。


「……終わりだ。ドブネズミの親玉には、地獄で商売をやり直してもらう」


 エスピナが煙草に火をつけながら言った。


 ボスには国家反逆罪。それに密輸と外患誘致が付く。

 これだけの罪が重なると、前例に準じると、罪状は死刑が確定している。


 他の構成員に関しても、長い懲役刑が科せられるだろう。

 この国は伝統的に、貴族や国への反抗に対しては厳しく罰し続けてきた。


「あの倉庫にあった貴族の家紋の品については? ダルクと銃の取引なんて、ただの商人崩れに出来るとは思えねぇ。多分、裏で海外とつるんでる大貴族様がいらっしゃるぜ」


 ラウルが問いかけると、エスピナの顔が露骨に歪んだ。

 怒りではない。もっと厄介な種類の不快の表情だった。


「『上』からの通達だ。あれらは全て盗品であり、持ち主である貴族諸侯は一切関与していない。これ以上の調査は不要……だとよ」


 煙草の端を持って上を指したエスピナの言葉に、ラウルは黙った。


 煙は天井近くまで上っていって、どこかに拡散して消えた。

 薄れてもう行先は追えない。

 手は出せない。


 盗品。


 そう処理されれば、貴族たちは被害者として家財を取り戻し、密輸への関与は問われない。

 真相がどうであれ、上が「盗品だ」と言えば盗品になる。


「そんなバカな話があるかよ。ここから芋蔓で偉いお貴族様のところに踏み込みだろう」

「落ち着け。貴族はこの程度の証拠一つでひっくり返りはしない」


 エルネストがラウルの肩に手を置きながら言う。

 ラウルの拳は、握りしめられすぎて、指先が白くなっていた。


「……納得できるわけねぇだろ」


 声は低かった。


「あの倉庫には、貴族の家紋入りの銀食器があった。盗品だってんなら、なんで被害届が出てねぇんだ。なんで一件も、たったの一件も」

「ラウル、何度も言わせるな。証拠一つでは無理だと言っただけだ。ならば、証拠をいくつも積み重ねればいい」


 これはエルネストがいつも言っている話だ。

 論理で固めた書類を積み上げて、法と秩序を持ってして、正義を成す。

 ラウルも理屈は分かっている。だが、今回の件はそれだけで追い込める気はしなかった。


 だが、魔法を使って強引に踏み込めば、どんな貴族でも簡単に陥落させられるだろう。

 だからこそ、エルネストの回りくどいやり方が腹立たしかった。


「分かってる。分かってるよ。決定は覆らねぇ」


 ラウルは立ち上がり、壁を拳で叩いた。

 音が廊下に反響して、消えた。


「止めろ。安普請のこの建物が壊れる。力の使いどころくらい考えろ」


 エスピナがまたも煙草の煙を吐き出した。

 その煙はやはり天井まで上っては消える。


「坊主。お前が怒るのは正しい。だがな、正しさで飯は食えん。この港には、まだ次のネズミが来る。そっちに備えろ」


 ラウルは答えなかった。

 壁に額を押しつけたまま、しばらく動かなかった。


   ◆ ◆ ◆


 エンリケは港に残った。


「今回の捕り物は、ダルクの間に挟まって儲けていた連中が消えただけだ。次の密輸に備えて、もう少し張り込む。お前たちは王都に戻れ。報告書は纏めておくから」


 桟橋で見送るエンリケの顔は、いつもの陽気な笑みだった。

 だが握手の力が、少しだけ強かった。


「先輩。身体に気をつけて」

「お前もな。帽子には気をつけろよ」


 エルネストは帽子の鍔に触れた後に敬礼した。


「聞いた話だがな」


 ラウルに対しては挨拶の代わりに何か話をするようだ。


「捕まえた構成員の大半は、懲役刑の代わりに炭鉱に送り込んで何年か働かせるようだ。牢屋でタダ飯させるよりは有益な使い方だ」

「炭鉱……」


 炭鉱での労働は過酷だと聞く。

 落盤や粉塵で病気になるなど、死亡率も高い。


「そんな悪いもんじゃない。三食と屋根のある寝床は確保されている。牢屋よりはマシだろう」

「そうか」

「牢屋は既に犯罪者だらけで埋まっていて、懲役刑にするのは効率が悪い。罰金も払えるとは思えないと、エルネストの出した意見が通った」


 エルネストは気まずそうに少しだけ顔を反らした。

 だが、すぐにいつもの通りに氷の仮面を被った。

 感情は表に出さない。


「そこらはさすがお偉い様の貴族ってところだな」

「理を持って正しく手続きをすれば、必ず成果は出せる。当然のことをしたまでだ」


 ラウルはエルネストの顔を見た。

 特に何もしていないと思ったら、裏でしっかりと仕事をやっていた。


 ラウルには出来ない貴族の……否、エルネストらしい法と秩序を重んじた仕事っぷりだ。


「そこはさすがネストってところね。ラウルには無理だ」

「オレだって教えられたらそれくらい……」


 カミラの軽口にラウルはムッとして反論する。そこにすかさずエルネストが割り込んできた。

 

「ラウル、無理に私と同じことをやろうとしなくていい」

「それはどういう?」

「物事には役割というものがある。私は法律の知識や実家のコネを使って、貴族や政治家を動かせる。だが、私にも出来ないことは多い」

「そうそう、私たちはチームなんだから、出来ないことは他人に頼ればいいの」

「そうか……そうだよな。オレがネストと同じことをやる必要はねぇって話だ」

「まあ、無理だけどね。ラウルの頭じゃ」


 またもカミラが軽口を飛ばしてきたので、ラウルは拳を振り上げて追いかけた。


「お前らが楽しそうで何よりだよ。こっちの調査はロートルに任しとけ」


 エンリケがそう言って話を締めた。


 最後にカミラが軽く手を振り、エンリケも振り返した。

 そして、3人は港町トレインを後にした。


   ◆ ◆ ◆


 王都ラルカの街並みは、港町の錆びた空気とは対照的に、不自然なほどの華やかさを保っていた。


 石畳は磨かれ、街路樹は剪定され、馬車が行き交う大通りには、香水の匂いが漂っている。


 嘘みたいだ……エルネストは思った。

 

 同じ国の中に、トレインとラルカがある。

 錆びた港と、磨かれた石畳。

 飢えた路地と、香水の大通り。


 繋がっているのに、断絶している。


 もちろん、この王都にも裏の顔がある。

 ラウルが生まれ育った下町などは、あの港町と大差ない。


 中央通りからほんの少し裏通りに入るだけで、あの暗い街が姿を現す。


「なぁ、カミラ。今日はオレの奢りだ。繁華街で飯でも食おうぜ」


 ラウルが、妙に明るい声を出した。

 トレインで見せていた硬い横顔は引っ込めて、いつもの軽口に戻っている。


「奢り? あんたに金があるとは思えないけど」

「さすがに女に飯を食わすくらいは残しちゃいるさ」


 カミラが呆れ顔で笑った。

 ラウルも笑った。


 エルネストはそんな二人を見て、軽く手を挙げた。


「私は別件がある。二人だけで行ってきてくれ」

「別件って何だよ」

「貴族の付き合い……まあ、つまらない社交だよ」

(しがらみ)にガチガチに囚われて、お貴族様は大変だな」

「私も貴族なんですけど」


 カミラがラウルに突っ込みを入れた。


「本当に貴族か? 実は、そこらの飯屋の娘だったりするんじゃねぇの?」

「失礼ね。あんた、うちの実家を知らないでしょう」

「お前の家は知らんが、ネストの実家は知ってるぞ。うまい菓子が出てきた」

「えっ? 私も行ったことがないのに?」

「蒼炎隊に入る前……教習を受け始めてすぐの頃だよ。こいつ、実家から手ぶらで来ただろう。そのままじゃ寮生活も不便だろうって」


 エルネストがラウルを指して言った。


「せめて着替えと、最低限の生活用品くらいはないと困るだろうと、当時の隊長から相談があって、実家に招いて色々と用意させたんだ」

「覚えてる覚えてる。みんな制服を着てきたのに、一人だけシャツ一枚でやってきてた。どこの山猿が迷い込んで来たんだって」


 カミラがそう言うと、エルネストが珍しく、いつもの氷の仮面を破って、吹き出して笑い始めた。


 普段は表情をあまり見せないエルネストの鉄面皮が崩れたことで、ラウルは余計にバカにされたように感じて食いついた。


「嫌なこと思い出させんなよ! 今はこうして軍服の似合う良い男になっただろ」

「相変わらず襟の一番上を開けてるのが合ってるけどね。ネストは逆に襟のボタンは全部詰めているのがしっくり来る」

「いや、ラウルは一番上どころか、二番目まで開けて、鎖骨を見せていた期間が長かっただろう」

「そういやそうだった。あれは何? 暑かったの?」

「暑かったんだよ! 下町時代はずっとシャツ一丁だったからな」

「やっぱり山猿だ」

 

 三人は何気ない思い出話で一通り笑った後に、エルネストがまた氷の仮面を被った。


「思い出話に花を咲かせていると、いつまで経ってもキリがないし、もう行くよ。また明日」


 エルネストは再度断りを入れた後に、二人と別れて、貴族街の方角に歩き出した。


 背後で、ラウルがカミラに「何が食いたい」と聞いている声がした。

 カミラが「あんたの財布で選べる店なんてないでしょう」と返している。


 いつもの二人だ。


   ◆ ◆ ◆


 繁華街の安食堂は、煮込み料理の匂いで満ちていた。


 窓際の席が開いていたので、ラウルとカミラが向かい合って座った。


 ラウルは手早く店の名物メニューを注文すると、すぐにテーブルの上に料理が並べられた。

 安ワインの瓶と、焼きたてのパン。それに、羊肉のトマト煮込み。

 いつも大量に作っていて、それをよそうだけなので、注文するとすぐに出てくる。


 ここは食事の時間は最低限に済ませて、すぐに仕事に戻るための労働者向けの店なのだ。

 

 植民地から入ってきたトマトと芋と唐辛子は、あっという間にこの国の料理を塗り替えた。

 もちろん、伝統にこだわるつもりはない。

 美味ければそれで良い。古くても新しくても、良いものはどんどん取り入れるべきというのがラウルの考えだ。


 基本的に庶民の店なので、テーブルマナーは有ってないようなものだ。

 スプーンとパンで豪快に食べる。


「こんな店で奢るなんて言うから、期待した私が馬鹿だったわ」

「だがな、味は保証する。ナイフとフォークで食事が基本の貴族のお嬢さんには馴染みがないだろうが」

「私は下級貴族よ。お嬢さんなんて柄じゃない」


 カミラがワインを一口飲んで、顔をしかめた。


「……酸っぱい」

「安いからな。二杯目からは慣れる」

「エルネストと同じこと言うのね」

「あいつは何だって無表情で食べるだろ。だけど、知ってるか? 本当にうまかったときとマズかった時だけは少しだけ嫌な顔をする」

 

 ラウルが少しおかしそうに笑った。

 パンを千切って、煮込みの汁に浸す。


「トレインでさ、エルネストのやつさ。帰りの馬車でずっと黙ってたろ」

「そういうあんたも死にそうな顔してたじゃない」


 ラウルの顔から一瞬だけ笑いが消えたが、すぐに笑顔を戻した。


「疲れてたんだよ。港町じゃ、ずっと走り回っていただろ。だから、もう帰る時間だと気を抜いたら、もう眠くって眠くって」

「じゃあ、そういうことにしといてあげる」


 カミラが小さく笑ったが、ラウルとは逆に、今度はすぐに笑みが消えた。


 ワインの杯を両手で包んで、中身を見つめている。

 何かを言い出す前の、カミラの癖だった。


「ラウル、私ね、婚約の話が来てるの」


 ラウルのパンを千切る手が止まった。


「……婚約? 相手は誰だ?」

「北部バルド高地のバルブエナ子爵家。うちの親が決めた話よ」


 ラウルはパンを皿に置いた。

 平民のラウルには貴族の名前を聞かされても、顔すら連想出来ない。


 ただ、北方はダルク連邦の国境が近い。

 戦争になれば、間違いなく戦火に巻き込まれるだろう。


「それは、お前が望んだことなのか?」

「望むも望まないも、私に選択権はないわ。うちは没落しかけの下級貴族。魔法使いの娘を1人嫁がせて、名門との縁を繋ぐ方が、価値がある」


 カミラの声は平坦だった。


 怒りでも悲しみでもない。

 諦めに近い乾いた響きだった。


「魔法使いという『千の力』を維持するより、名門との縁戚関係のほうが、勘定が合うのよ。親にとっては」

「勘定って……お前の人生だぞ」

「私の人生は、家の勘定に組み込まれてるの。ずっと前から」


 ラウルはワインの杯を掴んだ。

 掴んだまま、テーブルの上で指が白くなるまで、杯を握りしめた。


「……蒼炎隊はどうなる」

「今日明日って話じゃないわよ。何年かは続けることになると思う。ただ、そこまで遠くない未来に辞めさせられるでしょうね。嫁ぎ先で杖を振ることは許されないもの」

「許されないって、誰が許さねぇんだ?」

「子爵家よ。時代遅れの魔法使いの戦場に出るなんて、家の体面に関わるって」


 ラウルの顎が強張った。

 口を一文字に閉じて、歯を食いしばる。


「檻だ。それは檻だろ」

「そうよ。檻よ」


 カミラは杯のワインを一息で飲み干した。

 顔をしかめているのは、酸っぱいワインのせいではないだろう。

 何も呑み込めていない。


「でもね、ラウル。檻の中にいれば、少なくとも死なない。蒼炎隊にいたら、いつかあの粗悪品の銃弾に当たって死ぬかもしれない」

「当たらねぇよ。オレたちは――」

「一騎当千?」


 カミラの目が、ラウルを射貫いた。


「あんたとエルネストはね。十数年ぶりの天才魔法使いなんだし、確かに一騎当千よ。二人で組めば世界だって変えていけるでしょうね……だけど、私は違う」


 ラウルは何も言えなかった。


 グレゴリオ隊長の言葉が蘇った。


「才能のない魔法使いから消えていく? 違うな。次は、才能にあぐらをかいている貴様らの番だ」


 カミラは才能がない側の人間だ。

 それを、カミラ自身が一番よく知っている。


 ラウルも、銃に勝てる魔法使いは自分とエルネストくらいだということくらい分かっている。


 特殊な才能と、絶え間ない努力でようやく手に入る能力だ。

 持っただけで強大な力が手に入る銃とは違う。


 港町で地味な捕物をやっているエンリケも、そうやって自分の壁を感じて挫折した人間だ。

 そうやって、蒼炎隊をやめていった人間は数多い。


「私は普通の魔法使い。イネスの分析を聞いたでしょう。あの新型銃が量産されたら、私みたいなのから消えていく」

「……嫌なら、逃げろ」


 ラウルの声は掠れていた。


「逃げてどうするの」

「分からねぇ。だが、檻に入るよりはマシだ」

「マシかどうかは、檻の外で野垂れ死んでから判断するわ」


 カミラの笑いは乾いていた。


「……オレと一緒に逃げろと頼んだら、逃げてくれるか?」

「残念だけど、そこまでの仲じゃないでしょう」


 ラウルは絶句した。


 カミラの指摘通りだ。

 ラウルはカミラとは長い付き合いで、好ましく思っているが、一生を捧げる程の感情はない。


 それはカミラの方も同じだろう。

 ラウルは大切な友ではあるが、愛する人ではない。


 ラウルは……だ。

 ここにいたのが、エルネストならカミラはどういう返事をしたのだろう?


「それに、平民のあなたでは世界は変えられない」

「変えて見せる。いつか大きく羽ばたいて、こんな世界なんて変えて見せる。オレとネストが組めばどこまででも飛べる」

「それは今日明日の話じゃないでしょう。だから無理」


 煮込み料理は冷めかけていた。

 湯気が細くなり、脂が表面で白く固まり始めている。


「ラウル、エルネストには、まだ言わないで。あの人に知られたら、たぶん『それが正しい選択だ』って言うから」


 ラウルの拳が、テーブルの下で握り締められた。


 正しい選択。


 エルネストなら、確かにそう言うだろう。


 いつものように表情を変えず、淡々と

「魔法の時代は終わる。安全な場所で守られて生きるのが彼女の幸せだ」と無表情で語る。


 正論だ。

 正論だからこそ、腹が立つ。


 ラウルの持っていないものを何でも持っているのに、何故か、それを使おうとしない。


 カミラの幸せを、正論で決めていいのか?


 あの若者の希望を、法と秩序で潰していいのか?


 答えは出ない。


 ラウルは冷めた煮込みを、黙って口に運んだ。

 味は、しなかった。


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